【第4章】彼は誰時、明けぬ帳の常夜京 (2/19)【飢餓】
【符術】←
残された者たちが八角堂を出たときには、すでに中納言たちの姿は無かった。
ミナズキは、部下の符術巫たちに宮中への報告に向かうように命じて、自身は食糧を運ぶ検非違使の一行に同伴する。
食糧を満載した牛車と、それを取り囲む騎馬が、葉のない樹々の森を抜ける。左右に
田園が広がるが、放棄され、田植えはおろか水すら張られていない。
(『常夜の怪異』が起こってから……およそ一年くらいかしら)
日の光のように美しく、聡明な帝の治世で平穏に満たされていた都は、かつて『陽麗京』と呼ばれていた。
しかし、一年前、突如として夜が明けない怪異に呑み込まれた。太陽は昇らず、やがて月も消え、ここ最近になって星々の輝きも弱くなっている。
「お疲れさまです、検非違使之輔さま!」
都の西門にさしかかり、警備の者が一行に声をかける。牛車と騎馬の群は、楼門をくぐり、かつて『陽麗京』と呼ばれていた場所へと入る。
ミナズキとシジズたちは、東西をつらぬく大路を直進する。一年前とは違い、往来を行き来する人の姿は全くない。
土塀に力なく寄りかかり、生きているのか死んでいるのかも定かではない浮浪者の姿を見つけ、ミナズキは顔をしかめる。
ごみはおろか、死体が転がっていても、片づけられるほうがまれだ。寺社や橋が破損しても、修復の手は回らず、ほったらかしにされる。
都の住人である貴族は、怪異をおそれ、各々の屋敷に引きこもっている。悪夢のような現実から逃れようと、享楽的な宴にふけるものも少なくないといううわさだ。
先の見えぬ闇に呑まれた人々は、恐れ、おののき、かつて栄華を誇っていた都も、いまやあざけり混じりで『常夜京』などと呼ばれているありさまだ。
やがて一同は、東の楼門をくぐり、ふたたび都の外へと出る。
「どれ」
シジズが、小さくつぶやく。検非違使之輔は、長弓をかまえ、矢をつがえる。引き絞った弦を放てば、矢は風切り音を立てて、飛翔する。
矢は、茂みの奥へと飛び込む。少し遅れて、人とも獣ともつかないうめき声が聞こえてくる。
「ギギイ……ッ!」
食糧をねらって待ち伏せしていたのか、小柄な影は肩口をおさえながら闇の中へと走り去っていく。
ミナズキは、目を細める。哀れな狼藉者の姿が、飢えた人なのか、はたまた人を惑わす妖鬼なのか、区別もつかない。
石の転がる荒れた道を進めば、やがて都の東北に位置する寺院が見えてくる。道の両脇に身を横たえた貧民たちが、力なく顔をあげる。
かつて、都の鬼門封じとして建立された寺院は、『常夜の怪異』のあとは貧民たちに対する炊き出しの場となっていた。
騎馬と牛車の群は、寺社の前で歩みを止める。
「どれ。それがしは、報告に都へと戻る。警護の検非違使は置いていくぜ」
「はい。シジズさま、お気をつけて」
「ミナズキもだぜ」
ミナズキは、馬を駆る検非違使之輔の背中を見送ると、寺の僧侶たちの出迎えを受ける。境内には、あふれんばかりの貧民たちが群がっている。
→【炊出】
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