【第6章】少女の休日 (2/8)【麦畑】
【少女】←
「んん……っ」
ゲートをくぐったララを、視界一面の麦畑が出迎える。吹き抜ける風が、麦の穂と、少女の髪を撫でていく。少女は、帽子を手で押さえる。
一帯の麦畑は、この次元世界<パラダイム>にセフィロト社が入植する前から現住している人間の食糧となっている。
一方、都市へは、一部の天然食材をのぞき、セフィロトの子会社が運営する食糧工場から供給される。
「そこらへん、システムを統一したほうが効率的だと思うんだけど……」
ララは、率直な意見を口にしながら、歩き始める。はじめてみる麦畑は魅力的な風景だが、少女の目的地はもっと先にある。
広大な次元世界<パラダイム>だ。リゾート都市から離れた場所では、セフィロト社の資本によって、工場地帯や採掘施設も開発されているらしい。
一時間ほど歩いただろうか。ララは、ようやく麦畑地帯を抜ける。舗装されていた道路は、土を踏み固めただけの原始的なものに変わる。
「わあ……わあっ! すごい!!」
少女は、瞳を見開き、歓声を上げる。緑色の下草が生えた荒野、所々に露出する石灰岩、その果てにはめまいを起こすような地平線がまっすぐ伸びている。
記録映像以外では、ララがはじめて見る光景だった。
「たたっよ、たったたたっ。もう少し」
少女は、鼻歌交じりで、足取りも軽く歩き始める。そして、問題に直面する。
「……どっちに進めばいいのかしら?」
荒野に踏み出したララは、早々に方向感覚を喪失した。人工の居住区で育った少女に、野外の探索経験はない。
そうでなくても、広大な平地で目印となるものも少ない地形では、道に迷うのも無理はなかった。
「GPSを使うと、ララの居場所が一発でバレちゃうだろうし……」
ララは、うらめしく自分の端末を見つめると、周囲を眺めやる。
「……迷子になったら、人に道を聞け、ということね!」
周囲に、人影はない。それどころか、都市を出てからここまで、人の子一人、見てはいない。
「原住民の人に、教えてもらえるといいんだけど」
ララは、目的地への道程を尋ねるために、あてもなく歩き始める。ところどころで、放置され、朽ちかけた石造りの遺跡を発見した。
「もったいなあ。資料価値は、高いと思うんだけど」
少女はつぶやきながら、原住民の家屋跡と思しき建造物を見やる。
やがて、脚が疲れを覚えはじめたころ、ララは荒野の片隅にぽつんとたたずむ人影を見つけだした。
「わあっ、やった!」
心なし早足となりながら、少女は一直線に向かっていく。近づくに連れて、風貌が見えてくる。
サイズの合わない、だぼだぼの作業服を着た少年だった。年の頃は、ララと同じか、もしかしたら年下かもしれない。
少女は親近感を覚え、自分と反対方向を向いていた少年の背に声をかける。
「こんにちは!」
「ぎゃむっ!?」
少年は、露骨に驚き、あわててララのほうを振り向く。少女は、屈託のない笑顔を浮かべて、少年と目を合わせる。
「驚かせて、ごめんなさい。あのね、ララ、道を教えて欲しいんだけど……」
少女の問いかけに、少年は首をひねる。ララは、うなずきを返す。
「この近くに、セフィロト社が入植するまえの、グラトニア共和国時代の遺跡があるでしょう? ララね、そこに行きたいの」
少女の言葉を聞いて、少年は顔をしかめる。ララがきょとんとした表情を浮かべると、少年の瞳には困惑の色が浮かぶ。
「うん、知っているよ……わかった、案内する。ついてきて?」
「わあっ、やったあ! あ……お名前を聞いても、いいかしら?」
「……フロル」
「フロルくんね! ララの名前はね……」
「ララ、だよね?」
少女は、舌を出し、頭に手を当て、照れ隠しの表情を浮かべた。
→【史跡】
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