【第11章】青年は、草原を駆ける (1/4)【狼藉】
──パンッ。
狭苦しい屋内に、乾いた銃声が響いた。スキンヘッドの巨漢の股間に顔を埋めていた娘の眉間から鮮血が噴き出し、仰向けに倒れ伏す。
すでに奥の部屋では、娘の肉親が血だまりのうえで物言わぬ死体となっていた。
「……こんなものか、と」
男──ラルフ・コルベは、手にしていた小型ピストルを、迷彩柄のジャケットのガンホルダーにしまう。
ラルフは、粗末ないすから立ち上がり、かちゃかちゃ、と金属音をたてながらズボンのベルトを締め直す。
石壁に、木製の家具。電気は通っておらず、照明はカンテラ。当然、村にバイクや自動車の類もない。
「そろそろだろうな、と」
左右のホルスターから、ラルフは主武装である大型拳銃を引き抜きつつ、家屋の外に出る。昼下がりの陽光が、スキンヘッドの巨漢を照らす。
轟音が響いたかとおもうと、巨大な影が村の直上をかすめる。ラルフは、追いかけるように村中央の広場へ足を向ける。
ラルフが広場に出るのと同時に、上空から巨大な生物が降下してくる。
くすんだ緑色の鱗、鰐のような牙、プテラノドンを思わせる翼──この次元世界<パラダイム>の生態系の頂点、ドラゴンだ。
ドラゴンは、ラルフを一瞥すると、村の様子を睥睨する。集落に動く人の気配はない。路地には、無造作に死体が転がっていた。
『この狼藉は……貴様のしわざか?』
巨龍が、くぐもった声で語りかける。ラルフは意にかける様子もなく、サングラス越しにドラゴンを見上げる。
『我は、この村の庇護者である……ここに広がる惨状は、貴様がやったのかと聞いている……!』
語気を荒げながら、龍はラルフに顔を近づける。それでも、ラルフが動じる様子はない。ドラゴンは、巨石のごとき瞳を見開く。
『先刻の旅人は、もう少し謙虚であったぞ。下郎が……ッ!』
「それだ」
ラルフが、ようやく口を開く。
「おれは、その旅人とやらに用がある。そいつは、男だったか? どこに向かった? 村人にも『質問』したが、目的地まではわからなくてな、と」
『質問しているのは、我のほうだ!!』
ラルフの真横に、巨大な質量体が叩きつけられ、土埃が舞う。激昂した龍の尾が、そこにあった。
『……態度を改めろ』
最後通告じみた、重々しいドラゴンの言葉が村に響く。サングラスの奥に隠されたラルフの表情を伺い知ることはできない。
「おのれの言うことに興味はない、旅人とやらについて、詳しく教えろ。それとも、なにも知らないのか?」
『不遜だぞ……人間風情がッ!!』
巨龍は、大剣の刃ほどもある鉤爪の生えた右手を、男に向かって振り下ろす。対するラルフの左腕が、驚くほどなめらかな動きで持ち上がる。
『うガァ……ッ!?』
つんざくような銃声と爆音がほぼ同時に響きわたり、少し遅れてドラゴンが苦悶のうめきをあげる。
「……惰弱だぞ。トカゲ風情が、と」
ラルフは一歩も動かず、傷一つついていない。代わりに、ドラゴンの右手首が消し飛び、村の広場にいくつもの大きな赤い染みを作り出していた。
→【失墜】
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