【第11章】青年は、草原を駆ける (2/4)【失墜】
【狼藉】←
「トカゲだけあって、おつむが足りないようだな……もう一度だけ言うぞ、と」
硝煙を帯びた大口径の銃口が、巨龍の眉間に向けられる。
「おのれの言う旅人とやらに、おれは用がある。この村に立ち寄ったことはわかっている。そのあと、どこに向かったか。それを知りたい、と」
詰問するラルフを、ドラゴンは苦々しく見下ろす。かまえられた大型拳銃の照準が、下にずれる。
『オぐぅ……ッ!!』
銃声、爆発音、そして苦悶。巨龍の左手から、鮮血が飛び散る。
「ああ。すまないな、と」
ラルフは、無感情に言った。
「指一本にするところ、加減を間違えて二本吹き飛ばしてしまった。どうにも拷問は苦手でな、と」
王者であるはずのドラゴンの瞳に、おびえの色が混ざり始める。ラルフは、左右に一丁ずつ握りしめた特大口径拳銃をかかげて見せる。
「こいつの扱いに不慣れなのもある。『対龍拳銃<ミンチメーカー>』。おのれみたいなデカブツ相手のために用意した、『ドクター』の特注品なんだが……」
ラルフは、自分よりもはるかに巨大な生物に対して、サディスティックな笑みを浮かべる。
「……どうやらオーバースペックだったようだな、と」
ドラゴンは戦意を失い、無言で頭を垂れる。
「時間を節約しよう」
ラルフはふたたび、銃口を巨龍に向ける。
「おれを乗せて、旅人とやらを追え」
『……断れば?』
「おのれの頭がミンチになる」
巨龍は観念したかのように、その場に身を伏せる。ラルフは、警戒を解かず、銃口を向けたまま、ドラゴンの側面に回る。そして、龍の背によじ登る。
「いいぞ、飛べ」
ラルフは、ドラゴンのたてがみにしがみつき、延髄に銃口を突きつける。巨龍は大きく翼をはばたかせ、直上へと浮揚する。
そのまま、村のうえを旋回すると、太陽の沈む方向へすべるように飛翔する。
(豊かな次元世界<パラダイム>だな……と)
ラルフは、ドラゴンが妙な動きをとらないよう注意を払いつつも、眼下の風景を見やる。村の周辺に広がる麦畑は、あっという間に後方へと流れ去った。
かわりに、見渡すかぎりの大草原が広がる。ところどころに灌木の林が点在し、放牧していると思しき家畜たちが草を食んでいる。
思えば、先ほどの村の連中も、質素ではあったが、貧しいというわけではなさそうだった。
(……本社の連中が、欲しがるわけだ)
ラルフは、一人ごちる。眼下の風景と、はるか昔の故郷の記憶が、重なって見える。空から見れば、自分の故郷もこのように見えただろうか。
ラルフの夢想は、数秒で中断される。地平線の手前に、小さな黒点が見えた。家畜でも、野生の獣でもない。
騎馬だ。上に人が乗っている。草原を横切る川に沿って、走っている。
ラルフは、さらに先へと視線を向ける。草原は、緩やかな盆地状の地形。川の先に、やや小さな湖がある。
「高度を下げろ。水場の付近で、やつの前に回り込め」
『……グぐぅ』
ラルフの簡潔な命令に、ドラゴンは不承不承したがう。低空飛行に入り、騎馬の頭上を龍の巨体がかすめる。
鞍にまたがる若い男と、ラルフの目があった。
黒髪、蒼黒の瞳。現住民のような旅装に身を包んではいるが、この次元世界<パラダイム>の住人ではない。ターゲットだ。
「よし、よくやった……と」
ラルフは、ドラゴンの後頭部に突きつけた銃の引き金を引く。轟音と共に肉片と鮮血が飛び散り、龍はバランスを失って落下する。
屍体となったドラゴンは、失墜し、大地を鳴動させて、巨岩のように馬と乗り手の進路をふさぐ。
ターゲットを乗せた馬が、混乱し、いななき声をあげる。騎乗していた青年は、馬を逃がし、自らは龍の屍に相対するよう地面に降り立つ。
→【対峙】
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