【第11章】青年は、草原を駆ける (3/4)【対峙】
【失墜】←
「馬と一緒に逃げてくれれば、しとめやすかったんだがな、と」
ラルフは小声でつぶやくと、自らもドラゴンの背から草原に飛び降りる。ずしんっ、と重苦しい音を立てて、足下の土が大きくへこむ。
本社から命じられたミッションは、『イレギュラー』と呼称されるターゲットの排除。殺害ではなく生け捕りであれば、査定にボーナスがつく。
「だが、生還第一だ、と」
すでにターゲットは、同様の任務を帯びたエージェントを複数人、撃退している。ラルフは、最低限のミッション達成と自身の生存を優先する。
「おれは、そうやって生き残ってきた、と」
「……おまえ、セフィロト社のエージェントか?」
ぶつぶつと独り言を口にするラルフに対して、青年が問う。
「そのように認識してもらってかまわないぞ、と」
ターゲットは、それ以上の言葉を向けることはなく、徒手空拳をかまえる。限りなく自然体に近いが、隙はない。
しかし、互いの距離は、きっかり20メートルある。拳銃の間合いだ。
草原に轟音が響き、ラルフの左手の『対龍拳銃<ミンチメーカー>』が火を噴く。トリガーが引かれると同時に、青年も駆け出す。
銃弾は、命中しない。ターゲットは、ガゼルのごとき機敏な動きでジグザグに走り、ラルフとの間合いを詰める。
ラルフは、相手の方向転換にタイミングをあわせて銃弾を放つ。二発目の弾が、一発目同様に虚空を穿つ。
「速すぎるぞ……と」
そうつぶやきながらも、ラルフは汗粒一つ浮かべずに涼しい顔をしていた。
そもそも『対龍拳銃<ミンチメーカー>』は、その名の通りドラゴンのような大型生物に使うための携行武器だ。人間に使用するのは想定外。
そうでなくても、龍の革と鱗を貫く威力を追い求めた結果、弾道のブレが激しく、精密な射撃はとうてい不可能だ……通常であれば。
「だからこそ、『ドクター』はこいつをおれに持たせたのだな、と」
ラルフの武器は、『対龍拳銃<ミンチメーカー>』のみではない。
『重双義腕<アームドアームズ>』。過去の任務で両腕を失ったラルフに、『ドクター』が与えた機械の腕だ。
ジェネレーターを内蔵し、それ単独で重機ほどのパワーを発揮するのみならず、熱源、振動、電磁波に対する精密センサーが組み込まれている。
得られた外部情報をAIが統合し、ラルフの戦闘行動を半自律的にサポートするのだ。
「そも『重双義腕<アームドアームズ>』がなければ、『対龍拳銃<ミンチメーカー>』をまともに撃つこともかなわなかっただろうよ、と」
この短時間で、機械の腕のAIはターゲットの身体能力に対する補正計測を完了した。ラルフは、左の銃、最後の一発を放つ。炸裂音が、草原を震わせた。
「ぐぅ、グヌギギギ……ッ!」
ターゲットが、苦悶のうめき声とともにひざをつく。その右肩を銃弾がかすめ、大きくえぐり取っていた。
「なかなか、こいつは驚いた、と」
ラルフは涼しい顔をしながらも、内心で舌を巻いた。
「とっさに急所をそらすとは思わなかったし、右腕が吹き飛ばなかったのも予想外だ。おのれ、頑丈すぎるぞ、と」
青年の傷口からは、赤い鮮血のかわりにタールのようにどろりとしたどす黒い粘液があふれ出す。
闇色の液体は、無数の糸のように分かれ、伸び、結びあって、肉体の破損部位を修復しようとする。
「本社で確認した戦闘データどおりの能力。驚異的な再生速度だが、それでも完全に傷口がふさがるまでには、なかなかの時間がかかるんだろう、と」
青年は、額に脂汗を浮かべながら、苦痛に歪んだ顔でラルフをにらみつける。
ラルフは、撃ち尽くした左の拳銃を投げ捨て、右手の拳銃のグリップに左手を添える。確実にヘッドショットできる距離まで、慎重に間合いをつめていく。
「……さよならだ、と」
→【疾駆】
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