【第6章】少女の休日 (7/8)【申出】
【標的】←
「様子見か? だが、おれっちの間合いだぜ、これがな」
トゥッチは、ドローンのうち一機をマニュアル操作する。接近者の直上で、XY座標を正確に一致させる。
タブレット型デバイスを介した操作に応じて、ドローンが自爆する。風船が、巻きこまれて破裂する。中空に、灰色の石柱が具現化する。
「ハメ殺しだ!」
巨大な判子を押印するかのように、石柱が接近者に向かって落下する。その様子を、周囲の無数のドローンカメラが、機械的に撮影し続ける。
──ズウゥン。
トゥッチの場所まで響くほどの振動をともなって、石柱が地面に突き刺さる。
だが、接近者の身体を叩き潰すには至らなかった。黒髪の青年は、間一髪のタイミングで横に跳び、質量体の直撃を回避していた。
「やるなあッ! だが……次はない、これがな」
トゥッチは、ターゲットの上空にありったけのドローンを集合させる。回避させる余地のない、飽和面攻撃だ。
「んん……なにをしてやがる?」
無人機の空撮カメラは、接近者の行動を捉え続けている。映像のなかで、黒髪の青年は、落下してきた石柱に、くりかえし、くりかえし、拳を叩きつけている。
「気でも触れたか、これがな……まあ、いい。今度こそ、確実に100%、ハメ殺しだァーッ!」
上空で等間隔に整列したドローンに、トゥッチは一斉爆破のコマンドを送る。青い空に火花が飛び散り、漆黒のガスを充填した風船が破裂する。
虚空から生じた灰色の石柱が、間断なく荒野に降り注ぐ。地震のような衝撃がトゥッチのもとまで伝わってくる。空高く、土煙が立ち昇る。
トゥッチは、勝利を確信する。あとは、ドクターの孫娘を保護するだけだ──そう思ったため、土煙が晴れたあとも、異常を察知するのが遅れた。
石柱群の中央、接近者がいた付近の石柱が、斜めに傾いている。逃げ込む場所が生じないように、計算された配置で起爆したにも関わらず、だ。
「んん……まさか!?」
ようやく、トゥッチは気づく。ターゲットがひたすら殴り続けたことで、一発目の石柱はわずかに傾いていた。
ほんの少しだけの傾斜が、後発の石柱と接触し、軌道をずらし、地面に小さな間隙を生じさせた。わずかな空間でも、人が一人逃げ込むには十分だった。
「──ウラアアァァァ!!」
石柱群の中央から、渾身の雄叫びが響く。落下し、接触の衝撃で砕けて生じた巨大な石柱片を、青年が抱えあげ、真上に向かって放り投げる。
灰色の質量体の影から、今度は青年自身が跳躍する。頂点まで昇りきり、落下してきた石柱片に、彼は右脚を叩きつける。
「ウラアッ!!」
「なにぃ──ッ!?」
蹴り飛ばされた石柱片が、まっすぐトゥッチに向かって飛翔する。
「うわベらア!!」
トゥッチは、質量体の直撃を受ける。さいわいにして下敷きとなることはまぬがれたが、そのまま衝撃で後方に吹き飛ばされて、意識を失った。
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黒髪の青年──アサイラは、セフィロトエージェントのもとに近づく。エージェントは、頭皮と編み込んだ毛が縞模様に見える、独特のヘアスタイルをしていた。
エージェントが目を覚ます様子がないことを確認すると、ひざを突き、漆黒の防刃コートのふところをまさぐる。
アサイラは、内ポケットから銀色に輝くネームプレートを発見し、回収する。
「あの……すいません」
背後から声をかけられ、アサイラはとっさに振り向く。戦闘直後の警戒心が勝ったが、よく聞けば敵意も屈託もない声色だった。
「……なにか、用か?」
アサイラから少し離れたところに、サイズの合わないだぼだぼの作業着を来た少年が立っていた。
少年の琥珀色の瞳と、短い栗毛の髪が、この次元世界<パラダイム>、グラトニアの人間であることをうかがわせる。
「僕は、フロルと言います。さきほどの戦いを、見ていました。一つ、お願いしたいことがあるのですが……」
少年は真摯な態度で、アサイラに対する言葉を紡いでいった。
→【家路】
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