見出し画像

なぜRaf Simonsは評価されるのか。

先日のミラノファッションウィークにて、PRADAのクリエイティブディレクターとして初のメンズコレクションを発表したRaf Simons。さらには2021年1月22日にRaf Simons archive reduxと冠して、過去のアーカイヴ作品の復刻版を再販し、世界中のショップで即完売となった。ではなぜRaf Simonsが近年ファッション業界で話題の中心になり続けているのか、その要因について、3つのポイントからその真相に迫りたい。

PRADA - 2021FW Collection

①クロスカルチャーの隆盛

2017年6月に発表されたラグジュアリーブランドの最高峰であるLouis Vuittonとストリートブランドの代表格Supremeとのコラボレーションに代表されるように、インターネットやSNSの発達も寄与し、異なるカルチャーを組み合わせるという事が今日のファッション、また他分野においても主流となっている。

Louis VuittonのVirgil Abloh、DiorのKim Jones、GucciのAlessandro Michele、BalenciagaのDemna Gvasaliaと大手メゾンのほとんどがクリエイティブディレクターとしてファッションだけでなく他文化への造詣も深い人物を据えているのもそれが要因だろう。

その流れで言えば、PRADAの傘下であるJIL SANDERで2005年から6年半に渡りクリエイティブディレクターを務めた経歴もあり、これまでのクリエイションで多岐にわたるカルチャーへの情熱と敬意を払ってきたRaf SimonsのPRADAへの就任はある種当然の流れと言えるだろう。

それではRaf Simonsがいかにそのような他のカルチャーの要素を洋服のデザインに落とし込む技量に秀でたデザイナーであるのかを過去のコレクションと共に振り返ろう。

Raf Simons - 2000SS ”Summa Cum Laude”

ストリートカルチャーの代名詞ともいえるオーバーサイズのシルエット。今見ると違和感を感じないが、20年以上前の当時、Hedi slimane率いるSaint LaurentやDiorによって、体のラインを強調する極細のシルエットが世間を席巻していたことを踏まえれば、このシルエットがどれだけ異端なものであったかが理解していただけるだろうか。

Raf Simons - 2003FW “Closer”

イギリスのテクノロックバンドNew Orderの1989年発売のアルバム「Technique」と、その前身となったロックバンドJoy Divisionの1979年発売のアルバム「Unknown Pleasures」のジャケットイメージを配したモッズコート。ミュージシャンや写真家など他のアーティストの作品を大胆に自身の服にそのまま落とし込んでしまうところもRafの作品の特徴と言えるだろう。

Raf Simons - 2004SS “May the Circle Be Unbroken”

様々なグラフィックが施されたフーディ―。このシーズンは小説家、Hermann Hesseの”Siddhartha”(シッダールタ=釈迦)をテーマにしており、このグラフィックは死後の世界を表現しているといわれている。時折、Rafの作品には暗号のように配置されたアートワークが登場し、ファンの間で物議を醸している。

その他にもRafのコレクションはそのほとんどが他の文化やアーティストを着想現にしている。今日では当たり前になりつつある“異文化同士の組み合わせ”を常に実践し続けてきたのがRaf Simonsというデザイナーなのである。



②アーカイヴブームの到来

冒頭にも述べた通り、2021年1月22日にRaf Simons archive reduxと称されたコレクションが世界同時発売され、全ての店舗で即完売となった。ここでは、このコレクションがこれほどまでに人気となった要因を探っていきたい。

きっかけは稀代のインフルエンサーであるKanye WestがRaf Simons - 2001AWのMA-1(通称:ボマージャケット)を頻繁に着用したことから始まる。

世界有数のセレブリティであり、自身のファッションブランド“Yeezy”も経営する彼が公私問わず同じアイテムを着用し続ける事はそうそうない。しかし、その後Travis SchottやRihannaといった世界的なファッションアイコンもこぞってRafに限らず様々なデザイナーズブランドのアーカイヴ作品を着用するようになった。

その背景にはDavid Casavantという男の存在がある。

David Casavant Quoted by “OR NOT”

彼は20代前半にしてRaf Simonsだけでなく、Helmut Lang、Gucci、Diorを中心としたアーカイヴ作品を貸し出す会社「The David Casavant Archive」を立ち上げ、彼の私物を数多くのセレブリティに貸し出してきた。

これだけ聞くとマーケティング能力に長けたスタイリストがセレブリティにうまく自身のコレクションを着用させ、その価値を高騰させているようにも聞こえるが、実態はかなり異なる。日本のアーカイブ商品を販売するECサイトであり、ファッションメディアでもあるOR NOTによる彼のインタビューに次のようにある。

私にとってアーカイヴというのは、トレンドでも何でもありません。そして僕たちは、シーズン毎に「買っては捨てる」を繰り返す、ファストファッションの時代に戻ることはないと思っています。人類があんな無駄なことを繰り返すとは思えませんし、特に若者たちはそんなことはしないと思いますね。それに今ではインターネットやSNS上で、1998年のRaf Simonsと2020年のGucciのランウェイ画像が隣り合わせで表示され、彼らはそれらを脳内で区別しないはずですよね。新作とヴィンテージの境界線も曖昧になり、両者が一つになっていくというのが僕のファッション感で、若者たちもそれに近い感覚を持っているんじゃないないかなと。
さらに現在のメンズウェアの基礎を作り上げたのは、ラフ・シモンズやエディ・スリマン、ヘルムート・ラングなどで、彼らこそが現代男性が着飾るということを開拓したデザイナーですよね。それは決してドレイクが着たからではなく、世界中でアーカイヴが本当に愛されているんです。このムーヴメントが消え去るなんていうことは決してないと信じています。

つまりあくまでもDavid Casavantという男はデザイナーに対して最大限の敬意を払い、ファッションアイテムに対して多大なる情熱を注ぐ、一人のファンにすぎないのである。彼の功績はデザイナーズブランドの過去シーズンのアイテムに“アーカイヴ”というキャッチコピーを与えた事である。それまで「シーズンを過ぎた古いもの」であった過去の作品が、“アーカイヴ”と称されることで「現在では手に入らない希少なモノ」へと評価を変えたのである。常にハイブランドの最新コレクションに身を包んでいたセレブリティが、10年以上前のアイテムを何度も着用する事などこれまでなかった。DavidがKanye Westに過去のアーカイヴ作品を着用させたのではなく、逆にセレブリティの方が彼の“アーカイヴ”コレクションに興味を示したのである。

少し話が横道にそれてしまったが、こういったアーカイヴブームの中でもRaf Simonsが別格の支持を受けているのはその普遍性によるところが大きい。先述のPRADA 2021FWコレクションにおいて、彼はRaf Simonsでも頻繁に使用してきたオーバーサイズのMA-1を発表した。もちろんPRADAのハイエンド素材を用い、パターンもこれまでの物とは異なっているとはいえ、その根底にあるスタンスは変わっていない。

過去のコレクション動画を見れば分かるがRaf Simonsのコレクションには良い意味で時代性が全くない。私が衝撃を受けたのは2004SS “May the Circle Be Unbroken”のコレクションムービーである。

シルエット、デザイン、素材、演出、どれをとっても今シーズンの物だと言われれば納得せざるを得ないし、今すぐに着てみたいと思えるアイテムばかりである。

つまり世界的なアーカイヴに対する評価が変わり、その中でもタイムレスなRaf Simonsのコレクションが非常に高い評価を受けているという訳である。


③時代への適合性

このセクションではこれまでの2点を踏まえた上でRaf Simonsというデザイナーと今の時代の関係性について言及したいと思う。

まず一つ言える事は我々消費者の変化である。David Casavantの言うように「買っては捨てる」を繰り返すファストファッションの時代への疑問が我々には既にある。それは環境問題に根差した意識かもしれないし、あるいは個人の美意識の問題かもしれない。ただ我々消費者が新しいだけの商品を追い続ける時代は過ぎさり、その商品の背景にあるストーリーを欲する時代になった。その観点からすればRaf Simonsというデザイナーは常にストーリーテラーであり、過去のアーティストや他文化に対してのリスペクト、社会に対する問題意識を想起させてくれる非常に稀有なファッションデザイナーなのである。

次に言える事は現代のトレンドとRaf Simonsがこれまで行ってきた事がマッチしているという点である。「オーバーサイズ」「グラフィックアート」「アーティストとのコラボレーション」、現代のファッションシーンのマーケティングにおけるキーワードとRaf Simonsのクリエイションには共通する部分が非常に多い。Raf Simonsがこれまで20年以上継続してきた事と今の時代が求めている要素がマッチしているのである。あまり陳腐な言い回しはしたくないが、それでも彼が自身のコレクションの売上不振などから01SSシーズンを活動休止したことや、CALVIN KLEINをわずか2年4カ月で退任させられたことを踏まえて、あえてこうまとめさせて頂きたい。

時代がようやくRaf Simonsに追いついたということなのだろう。

最後にPRADAでの初のメンズコレクションの後、彼はミウッチャ・プラダと共に受けた学生からのインタビューのひとつに対してこう回答している。

「私が良いと思ってデザインしているものは、大多数の人たちに常に求められるようなものではないのかもしれません。でも、私自身はそれがより多くの人にとって良いものであるという事を理解しているので幸せだと感じています。」(意訳)

きっと我々がようやく追いついたと思っている今この瞬間にも彼は進化を続けていることだろう。


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?