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元・アパレルの人間が考える「Supremeはなぜ売れるのか。」

今、世界中で一般販売されるファッションアイテムの中で最も定価での入手が困難なモノのひとつがSupremeのBox Logoシリーズだろう。中でも2016AWのBox Logo Hoodieの販売の際には世界中で約10億ものサイトアクセス、20億ものアクセスリクエストがあった。(当時の世界人口は約73億人)

Box Logoに限らず、ほぼ毎週のように人気アイテムが10秒もかからずに完売していく。では何故Supremeがここまで売れているのか。

一般的に考えられるSupremeの人気の要因としては、スケーターカルチャーに基づいたリアルなストリートのスタイリング、幅広いサブカル要素をサンプリングしたデザイン、名だたるブランドとのコラボレーション戦略などがあげられるだろうし、決してそれらを否定するつもりはない。

しかし、同業にいた個人的な見解としては「Supremeがファッションブランドとして最も優れている点はMDプランである。」と考えている。ここで言うMDプランとはどのアイテムを何点生産するかだけでなく、どの店舗でどのように販売するかまでの包括的な販売戦略の事を指しており、Supremeはこの“いつ、何点、どこ“で販売するのかを構築するのが抜群にうまい。これら3つのポイントからSupremeの人気の真相を考えていきたい。

①販売時期の設定(いつ販売するのか)

SupremeのMDプランにおける最大の特徴として“週1ドロップ形式”があげられる。世界各国に販路をもつファッションブランドであれば、1シーズンあたり1~4回程度のドロップ(新商品の販売)というのが一般的な頻度だろう。これに対し、Supremeは1シーズンあたりおおよそ20回程度と非常に細かく販売日を分割している。これによりシーズンが始まるとほぼ毎週のように新商品が販売されるという状況を作り出しており、タイミングも各国によって固定(日本であれば土曜日の11時)されている。

この定期的な販売は大きく消費者心理に影響を与えている。アメリカの心理学者スキナーが提唱した“強化スケジュール”(=報酬をどのような間隔や時間で与えるかによって反応を強化する理論)に当てはめて考えれば、この“週1ドロップ形式”とは【定時隔スケジュール(=ある一定の時間間隔で刺激を与えることで反応を強化する)】であるといえる。

この【定時隔スケジュール】最大の特徴は「刺激(イベント)の直前になると反応が強まること」である。つまり、定期的な商品販売を行うことで顧客の中に“土曜の11時=Supremeの販売がある”という意識付けが行われているのだ。具体例として下記の動画を見て頂きたい。

おミュータンツch |【supremeの店員モノマネ】(あるある)『土曜の11時に様子がおかしくなるsupreme大好きな彼氏』

もちろん誇張されたモノマネ動画ではあるが、心理学的な観点から考えれば、【定時隔スケジュール】の特徴として非常に的を得ているといえるのではないだろうか。

まとめ:“週1ドロップ形式”という定期的な販売によって、顧客が能動的に商品情報を収集したり、購入に向けた準備をする状況を作り出している。


②生産数の設定(何点販売するのか)

生産数について考えるにあたり、一般的に理想とされるのはトヨタのカンバン方式のように需要量と供給量をぴったり一致させ、無駄な在庫は無くしながら最大限の売り上げを確保することだとされている。しかし、Supremeの創業者、ジェームス・ジェビアは、「誰も欲しがらないものに手を出したくない」という理由で製品の小ロット生産を行っていると明らかにしている。

Supreme 創業者 ジェームス・ジェビア

冒頭に述べた2016AWのBox Logo Hoodieの販売の際に10億ものサイトアクセスがあったことを考えれば、少なく見積もっても1億枚は余剰在庫になることなく完売できるだろう。しかし、誓ってもいいが翌シーズン以降のBox Logo Hoodieについても、その1万分の1(=1万枚)も存在しないだろう。つまりSupremeは需要よりはるかに少ない供給という状態を意図的に生み出している。

こうした徹底された生産数の管理は、顧客が自分の望んだ商品を購入できるか分からない状況を作り出し、この不確実性が【変比率スケジュール(不定期・不均一に刺激を与える)】という新たな強化スケジュールへと繋がっていく。この【変比率スケジュール】は強化スケジュールの中でも最も強力で依存性が高いとされており、パチンコなどのギャンブルやソーシャルゲームの課金システムがこれにあたる。欲しい商品が中々購入できない状況で、自分の狙っていたものが購入出来た時の高揚感はギャンブルの当たりと酷似している。言い換えるならば、顧客にとってSupremeでの買い物は単純に商品を入手するという事だけではなく、購入に至るまでのプロセスにも一喜一憂する特別な体験が含まれているのである。

まとめ:需要量>供給量の状態を常に維持することで、顧客が商品を購入できるかどうか分からない状況を作り出している。そして、その不確実性が商品に対する異常な熱狂へと繋がっている。


③販路の設定(どこで販売するのか)

販路について考えた際にSupremeの比較対象として最もふさわしいブランドがStussyだろう。ジェームス・ジェビア自身が働いていた経緯があり、同じニューヨークのスケーターカルチャーをバックボーンに持つブランドではあるが、今日の両者の位置づけはかなり異なっており、特に日本におけるStussyの評価は海外と比べるとかなり低い。

Stussyの創業者、ショーン・ステューシ―(左)とジェームス・ジェビア(右)

個人的にはこの最大の要因が“販路の設定”にあったと考えている。Supremeは創業当初の1990年代後半から有限会社ワングラムを日本の正規代理店としており、日本全国の小売店でも取り扱いがあった。現在では考えられない状況だが当時は街中のスーパーにあるようなお店でSupremeが購入出来た。ただし、これらの状況を重くみたジェームス・ジェビアはその後有限会社ワングラムを自身が代表を務めるKMD株式会社に統合しており、現在では基本的には日本全国で6店舗しかない直営店のみでの販売となっている。

対してStussyを運営する株式会社JACKは販売当初から卸販売とライセンス事業によって事業を拡大していった。(2018年には国内企画の商品を中止し、グローバル展開商品へ切り換えたが、その際には売上高は17.1%減となってしまった。)だがこうして拡大した販路によってStussyは“どこでも買えるブランド”になってしまった。

自分がアパレルにいた際にあるブランドのオーナーと話しをする機会があった。その際「いつでもどこでも買える商品を誰がほしいと思うのか。」と話していた事が非常に印象的で今も心に残っている。見落としがちではあるが、ブランドにとってどこで商品を販売するのかという事はそれだけ重要な要素だという事である。

少し考えてみて欲しいのは一流ブランドの洋服がタグのない状態で路上で販売されていた時に、あなたはその価値を正しく見抜くだけの審美眼があるだろうかという事である。

実例としてあげたいのは、2018年に販売され現在でもリセール市場で10倍以上の値段で取引されているUNION x Air Jordan 1。このキャンペーンの一環として、その現物が販売開始前に路上のフリーマーケットでゲリラ販売された。

多くの通行人が困惑する中で、ヴィンテージショップ"ROUND TWO"の経営者:ショーン・ウェザースプーンも登場するが、NIKEとのコラボレーション経験もある彼でさえこの1足が本物であるのか判断が出来なかった。

また、ワシントン・ポストが行ったある実験でグラミー賞の受賞経験もある名ヴァイオリニスト、ジョシュア・ベルが地下鉄で演奏を行った際に集められた金額はたったの32ドルだったが、その後の彼のコンサートは1,000ドルのチケットが即完売となった。

つまり、ほとんどの消費者にとって商品そのものの価値を正確に見極めるという事は非常に困難であり、それがどういう場所で売られているのかという環境的要因は非常に大きな要素なのである。

まとめ:Supremeは早い段階で卸売業から撤退し、直営店での販売に切り替えた事で商品が販売されている環境を整え、ブランドイメージを高めることに成功した。


④総括

ここまでをみて、Supremeの“いつ、何点、どこ“で販売するのか”というMDプランが消費者心理の面においても、ブランディングの面においても非常に的確に機能している事は伝わっただろうか。しかし、それと同時にここまでの項目は別の観点から考えればこう言い換える事も出来る。

①他ブランドが販売時期をまとめることで削減している輸送費や人件費などのコストをSupremeは負担している。

②Supremeは売る事が出来ていたはずの商品の販売機会の多くを喪失しており、1つのアイテムあたりの数が少ないため、型代等の開発費も多く発生している。

③卸販売やライセンス事業によって生み出される莫大な利益を逃している。

何が言いたいかというと「Supremeは儲かっているのか?」ということである。本記事の根底が揺らぐような疑問だが、商品が売れている事と企業として利益が出ている事は必ずしもイコールではない。特に同業にいた立場から見れば、その売り方で利益が出るのだろうかという疑問符が出てしまう事がSupremeにはしばしばある。

そうしたブランドの裏側が少し垣間見えたのが2020年のVFコーポレーションによるSupremeの買収である。VFコーポレーションが長年良好な関係を築き上げてきたThe North Faceの親会社であることやジェームス・ジェビアの続投から敵対的な買収ではないとは思われるが、その背景にはもしかしたら資金的な面の苦しさがあったのかもしれない。(もちろんただの憶測にすぎないが。)

毎シーズン人気を博しているSupreme x THE NORTH FACEのコレクション


こうした商業的なセオリーやしがらみについてジェームス・ジェビアはGQのインタビューの中でこう語っている。

「スケートボードの世界から生まれるモノにはいつも魅了されていたんです。商業的じゃないし、エッジがきいているし、”ファックユー”(ふざけんな)っていう負けん気が感じられる」
「なにかの枠にはまったり、市場からの過剰な要求にとらわりたりしたくない。もちろん売り上げを伸ばしたいとは考えているけれど、それもシュプリームならではのペースのものであって、急成長を望んでいるわけではない。ゆったりとした、しかし、ファンのニーズを満たす程度には速い成長を望んでいる。」

こうしたインタビューから見えてくるジェームス・ジェビアという人間像は、緻密なマーケティング戦略に基づいた手法で成功したやり手のファッション実業家などではなく、純粋にスケートボードとそのカルチャーをこよなく愛するひとりのファッションフリークの男の姿である。

確かにSupremeの販売戦略は多角的な視点からみても非常に優れたものであり、ジェームス・ジェビアがマーケティングのセンスに溢れた人間であることは疑念の余地もない。だがそれらはあくまで結果論に過ぎず、彼の行動理念はもっとシンプルなものである。クールなモノをつくりたい、カルチャーにとって良い影響を与えたいという純粋で熱量に溢れたその想いこそ、Supremeが我々を魅了する最大の要因ではないだろうか。

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