川を挟んで向かい合う街〈後編〉 トゥルーヴィル
ドーヴィルの対岸にある街がトゥルーヴィル。
橋を渡れば10秒で行き来ができる。
トゥルーヴィルに来てみたかった理由は三つある。
一つは、ドーヴィルとの対比だ。
ドーヴィルが高級リゾートならば、橋を渡ったトゥルーヴィルはもっと気軽な大衆リゾート。
そう聞いていた。
至近距離にそんな対照的な二つの街があるなら見てみたい。
その違いを確かめてみたい。
来てみると・・・
うーん、確かにドーヴィルに比べれば庶民的な雰囲気はあるけれど・・・
イギリスでいえばスカーバラ、日本なら熱海とか別府のような、けばけばしいネオン看板を想像していたのだけれど、そういうわかりやすく大衆的なアイコンは見当たらない。
むしろ、海辺に出るとこの街もじゅうぶんにハイソだ。
一軒家の別荘が多い分、こちらのほうが高級に見えなくもない。
上流と大衆というヨーロッパ的なわかりやすい階級区分を期待していた分、少し肩透かしを食らう。
二つの街のコントラストは、少し大げさに伝えられているように思う。
二つ目の目的は、レイモン・サヴィニャック。
コミカルな商業ポスター画家として長らくパリで活躍した。
フランスで彼の名を知らない人はいない。
日本でいえば「トリス」を手がけた柳原良平みたいな、という説明がわかりやすいのかわかりにくいのか。
晩年はパリを離れてトゥルーヴィルに住んだサヴィニャックに敬意を込めて、街のあちらこちらに彼の絵が描いてあると何かの本で読んだ。
まあ、確かにちらほらと。
あちこちに、ではなく、ちらほらと。
海岸沿いの遊歩道には、確かにポスター絵が並ぶ。
しかし、彼自身が描いたものではなく、彼のポスターを印刷したもの。
というわけで、思っていたほどには「サヴィニャックの街」というわけでもなかった。
それがわかっただけでも、わざわざ来た甲斐があると思うことにする。
三つ目の目的は、ウジェーヌ・ブーダンだ。
クロード・モネの師匠筋にあたり、印象派を先駆ける画家だった。
オンフルールに生まれ、ル・アーヴルに住み、ドーヴィルで亡くなった。
ノルマンディーが誇る芸術家の一人だ。
モネの絵をみるたびに、ブーダンの影をみる。
ブーダンの絵をみるたびに、モネを思い出す。
モネほど有名ではないけれど、二人の絵は本質的な部分においてとてもよく似ている。
オルセー美術館などでブーダンの絵をみるたびに、彼が描いたトゥルーヴィルという海辺の街にいつか行きたいと思っていた。
こちらはトゥルーヴィルの海を描いたブーダンの絵。
ル・アーヴルのアンドレ・マルロー美術館に展示されている。
雲の濃淡は少し誇張しすぎではないか、と思っていたけれど・・・
実際、この街の雲は本当に濃淡がある。
光のせいだろうか、海の色、雲の色の濃淡がはっきりしている。
ちなみにアンドレ・マルロー美術館はブーダンの絵を100点以上も所蔵しており、世界最大のコレクションとのこと。
もう、わんさかと並べてある。
こちらはトゥルーヴィルの魚市場の風景。
市場は現存している。
魚屋と魚料理店になっているが、オフシーズンということもあり、にぎわってはいなかった。
リンクを貼ることはやめておくが、ルイ・ヴィトンのバックにドーヴィルとトゥルーヴィルという二つの対照的な街の名前がついたモデルがあるらしい。
ドーヴィルにはトゥルーヴィルの1.5倍の値段がついている。
なんと品のないことをするのだろうか。
ルイ・ヴィトンよ、なんてことをするのだ。
二つの街は同じ海に面し、同じ空の下にあるというのに。
ブーダン、モネ、コロー、サヴィニャック、、、19世紀から20世紀にかけて、多くの画家がここを訪れ、住み、絵を描いた。
彼らはドーヴィルではなく、対岸のトゥルーヴィルを懇意にした。
僕にはまだ見えていない決定的な違いが二つの街にはやはりあるのだろう。