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【Bistrot du maquis】早くも難題に突き当たってしまう。

あまり気が乗らなかった。
どうも好きになれそうになかった。
自分で選んでおきながら、行く前は外れの予感が充満していた。

この日は部屋にこもって書き物仕事をつらつら。
朝は近所で買ったクロワッサンを。
昼は昨晩の残りを温める。
ほとんど外に出ていない。
せめて夜くらいはちゃんとしたものを食べたい。

選んだ店はモンマルトルのBistrot du maquis。
https://www.bistrotdumaquis.com/
もちろん、ミシュラン掲載店だ。

昼も夜も前菜+メイン(もしくはメイン+デザート)で30ユーロ。
パリのミシュラン掲載店でディナーが4,000円以下というのは、かなり安いほうだ。
ホームページにわずかに掲載されている写真をみてみる。
味の想像がつきそうな料理。へえって感じ。
気分があがってこない。
でもいいや。今日はもうこれ以上探す気力が湧いてこない。
ネットでささっと予約してしまう。

モンマルトルは雨模様。
日曜の20時だというのにどの店も賑わっている。
みんな明日から仕事でしょう?

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Googlemapを頼りに歩く。
急な坂道を登ったり下ったり。これはこれで楽しい道中だ。
丘をストンと下ったところに店はあった。
場末とまでは言わないが町外れだ。
先ほどまでの観光地の賑わいはない。

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ん?
営業している?
あっ。しているか。
でも客がほとんどいない。
がっらがら。

入店して名前を告げる。
あれ?スタッフは日本人?奥にもアジア人らしき人の姿がみえる。
日本人の店なのかと、ちょっと身構えるが、違った。
スタッフ同士が中国語で会話している。

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メニューの黒板を撮影したiPadが運ばれてくる。
ハイテクなのだかローテクなのだか。
辞書を片手に解読。
すごーくオーソドックスなビストロ料理だ。
フォアグラ、テリーヌ、鶏、サーモンのマリネ・・。
どこにでもありそうなものばかり。
特に惹かれるものはない。

僕の入店を追うように、他の客がぞろぞろと入ってくる。
なんだか密になってきた。
隣に座ったおじさまたちの吐く息が、もわんと伝わってくる。
ささっと食べて早く帰ろう。

前菜にはビーツのガスパチョを選んでみる。
ガスパチョはスペインの夏の料理で、灼熱の夏に体温を下げるために食べるもの。
冬のパリなので温かく仕上げてみました~みたいな遊び心に賭けてみる。

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すぐに運ばれてきた。
うん。すごーく冷たい。
そりゃそうだ。ガスパチョだしね。
でも写真映えはしそう。

そして、恐る恐る、口にしてみる。

ガスパチョらしいビネガーの酸味が最初につんと来て、脳を刺激する。
すぐに心地よい塩味が追いかけてくる。
クルトンみたいなサイズの牛肉が味に深みを与える。
ものすごくおいしい。
計算しつくされた配合なのだろう。
色んな風味や香りが口と鼻のまわりで踊っているのだけれど、おいしいの領域からは1mmたりともはみ出ることがない。

メインには肉を。アントルコート。
選ぶのに疲れてしまって、一番無難なものにしてみた。

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あまりにもベタな見た目に、しばし苦笑。
前菜の少しイマドキな感じとはうってかわって、料理事典に載っていそうな教科書的な外見。
頼んでおいた赤ワインを待つのにくたびれて、食べ始める。

おいしい。
すごくおいしい。
ソースは黒胡椒としか書かれていない。とてもおいしい。
ミディアムで、とお願いした通りの肉の焼き具合。
ゆっくり食べても、少し冷めた最後のひとかけらまで実においしい。
食べ飽きることも食べ疲れることもない。

人参とジャガイモの付け合わせも、ただ色合いのために並べてみましたというのではない。
それが決まりだから当たり前のように添えましたというのでもない。
この肉にあわせて、この人参とこのジャガイモをこの量で、この味付けで食べてほしい、という気持ちにあふれている。
心が伝わってくる。

なんというんだろう。
料理が生きているんだな。
そう、料理が生きている。
それを僕はおいしいと感じるのだろう。

再訪を心に決めたので、欲張るのはよそう。
デザートはパス。

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会計とともにお茶菓子が運ばれてくる。
ん?
他のテーブルにはないサービス。
デザートかコーヒーを頼んだ人にだけ提供するであろうものが、なぜだか僕にまで運ばれてきた。
挙動不審ぎみの新人スタッフがおそらく間違えたのだろう。
幸福な偶然に恵まれたようだ。
うーん、これまたとってもおいしい。
片手間でつくったような雑な見た目だけど、ものすごく上等な味。
同時に家庭的な優しさがある。
素朴だけれど、印象に残る味。

気がつけば店内はいつの間にか満席になっている。
恐るべしBistrot du maquis。
シェフの André Le Letty氏はトゥールダルジャンなどで働いた名うての料理人らしい。
http://www.gillespudlowski.com/104967/restaurants/paris-18e-le-letty-a-pris-le-maquis-bis
愛想がよくて働き者の女性が奥様のShuquinさんのようだ。
中国系なのだと思うけど、とてもきれいなフランス語を話していた。
たどたどしいもう1人のサービススタッフは彼女の親戚だろうか。
グラスワイン1つちゃんと注げないほどのずぶの素人だが、なんだか微笑ましかった。
なにせ彼のおかげで、僕は極上のビスケットを口にすることができたのだ。
こんな店に出会ってしまうから、食べ歩きはやめられない。

しかし、困ってしまった。
この店のよさに、事前の情報からは気がつけなかった。
写真だけでは、ピンと来るものはなかった。
頭を抱えたのは、自分の勘の鈍さだけではない。

ミシュランガイドはそもそも、あらゆる店について「おいしいかどうか」は評価しない。
そもそもおいしいって何なのか。
おいしさを評価することはできるのだろうか。

「味覚は人それぞれだよね」。
あの呪いの言葉を、どうすれば乗り越えることができるだろう。
今回の旅で考えようとしている難題に、早くも突き当たってしまった。

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