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忍耐シール

5年ほど前から通っているラーメン屋がある。通っていると言っても、2ヶ月に1度程度なので、常連かと言われると怪しい。カウンターのみの、大きめの屋台のような店内。一年中クリスマスのような装飾が、店の外でピカピカ光っている。柔らかい雰囲気のおばちゃん店主がほとんど一人で切り盛りしているラーメン屋だ。

カウンター席に座ると、厨房のステンレスの冷蔵庫の扉に、オレンジ色の下地に黒い筆文字で"忍耐"と書かれたシールが目につく。「…忍耐?」と疑問を感じながらラーメンを食べて退店。帰り道も自転車を漕ぎながら、"忍耐"という言葉が離れない。

鍵を開けて”忍耐”。手を洗って"忍耐"。うがいをして"忍耐"。シャワーを浴びて"忍耐"。布団に入って"忍耐"。

数日後、食生活の乱れなど気にせず、そのラーメン屋に入店。いつもの右から2番めの席に着席。ない。"忍耐"シールがない。厨房内を舐めるように探すがどこにも見当たらない。質問しようにも「変な質問をしてくるお兄ちゃんと思われたくない」という自意識が働き、結局聞くことができなかった。

店主には、もうあのシールは必要ないのだろうか。

仕事を辞めたくなる時、その"忍耐"シールを思い出すようにしている。いたずらっ子の小学生のように、店主が僕の背中に、そのシールをこっそり貼ってくれたように感じるのである。

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