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電車内で死にそうになった件

以前、武蔵小杉から新宿まで移動する機会があり、電車に乗った。

武蔵小杉にはどうやら以下の3種類の電車が来るらしく、特徴は次の通りである。

上 : 新宿を通り、トイレが付いている
真ん中 : 新宿を通るが、トイレが付いていない
下 : トイレが付いているが、新宿を通らない

新宿に向かいたいぼくは当然上か真ん中のどちらかで早く来た電車に乗るのだが、その日は真ん中の緑の電車だった。
これが地獄の始まりであった。

扉が閉まり武蔵小杉を発って数分、耐えがたい腹痛に襲われたのである。
地震と腹痛は時間と場所を選ばないと聖書にも書かれていたが、まさにその通りだ。
次に扉が開くのは大崎駅、ここまではまだ数分の道のりである。しかしこの数分が長い。脂汗をダラダラ流しながら腹痛と便意との一進一退の攻防を繰り広げていた。

そして大崎駅にたどり着いたのだが、ある事実を思い出す。
それは、新宿駅で中央線に乗り換えるのだが、あまりにもそこでの時間に余裕がないということである。

大崎駅で少し調子が良くなっていたぼくは、駅でトイレに行くのではなく、続行ですぐやってくる写真上の電車を待ち、そこで用を足すことにした。
これで新宿での乗り換えにも間に合う完璧のプランであった。

ぼくは事前にトイレのある号車を調べ、その号車に乗り込んだ。
しかし、トイレにはカギが掛かっている。中に他の乗客もいない。どうやら点検か故障かわからないが使えない状態になっていた。

トイレが使えないとわかった途端、突然腹痛がぶり返してきた。
切羽詰まった状況、グリーン車である隣の号車のトイレを使わせてもらおう。本来一般車両の乗客がグリーン車に進入することは褒められることではない。ただ状況が状況である。車内で脱糞してしまうよりはマシだと思い連結部の扉に手をかけた。
すると、あろうことかその扉にもカギが掛かっていたのである。一般車両の利用者を絶対にグリーン車に入れさせないというJR東日本の粋な計らいによって、ぼくのトイレは阻まれたのである。

大崎から新宿まで恵比寿、渋谷と停車駅はあったのだが、そこでトイレに行くと新宿での乗り換えは絶対に不可能であった。
また、そこでわざわざ降りてトイレに行くのであれば大崎駅で行っておけという話になってしまう。その自己矛盾を回避したいという謎の意地によって、新宿まで10分ほどであろうか、我慢のときを過ごすことになった。

腹痛によって全ての景色が色を失って見え、全ての音も遠くに聞こえるようだった。
とうとう自分は電車内で脱糞という信じられない汚名を手にしてしまうのだろうか、そうなると大学も退学になってしまうのだろうか、と今後に想いを馳せながら、なんとか新宿まで辿り着いた。

中央線にも現在多くの車両にトイレが付いている。そこに駆け込もうと中央線のホームまで走った。
しかし、待ち受けていたのはトイレがまだ付いていない電車であった。

現実とはなんと非情で冷酷なのであろう
急いでいるときに限って信号はいつも赤だし、用を足したいときに限って電車にはトイレが付いていないのである。
この世の全てがぼくに敵対しているかのように思え、絶望の底へと叩き落とされた。

すでに渋谷で限界を迎えていたぼくの身体はこの電車に乗り込むことを拒否した。
こうしてぼくは用事に電車1本分遅れることと引き換えに、新宿駅のトイレでこれでもかというほどスッキリした。

視界が明るく見えた。あらゆるものがぼくに微笑みかけている。世界というのはこれほどまでに暖かいものだったのか。忘れかけていた感情を取り戻し、ぼくは目的地へと向かったのであった。

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