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桜の咲く部屋を 中原道夫句集『九竅』を読む(4)

「銀化」主宰・中原道夫の最新句集『九竅』(2023年9月発行)を毎月一句ずつ、12回に亘って鑑賞していきます。今回はその第4回です。

骨壺の中に桜の咲く部屋を
              中原 道夫

中原道夫句集『九竅』所収

 死後、自分の魂はこの世に留まらない(留まりたくない)と思っているので、これまで自身の葬られ方について真剣に考えたことがなかった。先祖代代の墓に入り、子子孫孫まで墓参と墓守を要求する旧来型モデルには少なからず違和感を持っていたが、少子化著しい現代にあっては、もはやそれも典型とは言えなくなってきた。ただ、なにぶん泳げないし、何と言っても舟虫が恐いから、海への散骨は嫌だ。というわけで「樹木葬」という選択肢に辿り着いた。四季折折の草花に囲まれて永遠の眠りに就く——毎年、桜の時季を楽しみにして「私が死んだら桜のきれいなところに葬ってほしい」と言う妻とも利害が一致している。

 妻や自分がそうであるように「桜の樹の下に葬られたい」というのが、日本人としてのごく普通の発想だ。しかしこの句は「桜花に囲まれた遺骨」というものを詠んではいるが、実のところ全く似て非なる景である。掲句が描くのは「骨壺の中に」小さな部屋があって、なんとその小部屋の中に美しく咲く桜の樹がある(あってほしい)というものだ。かつて『ウルトラQ』という往年の空想特撮テレビドラマに、将来の人口爆発に備えて人間とその生活環境全体を八分の一の大きさに縮小してしまう話(『1/8計画』)があったが、それと同じくらいあり得ない、ウルトラC級の発想である。

 骨壺の中に桜の花を咲かせるという発想は、ずばり日本人のアイデンティティーを詠んだものと言っていい。この句は、作者・中原道夫の超越した想像力を見せつけながらも、読者である私たち日本人にどこか懐かしさや安堵といったものを抱かせる不思議な魅力を湛えている。それは私たちが、この句に「日本人の原風景」を見出だすからにほかならない。
 難解な語や言い回しがあるわけではない。どちらかといえば平明な言葉のみで書かれてあり、読んで意味が理解できないという人は恐らくいないはずだ。しかしながらその発想において、この句はやはり凄いと言わざるを得ない。
 けっして作者、単なる花咲か爺さんではない。(了)

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