ワッフルのあれ 中原道夫句集『九竅』を読む(2)
「銀化」主宰・中原道夫の最新句集『九竅』(2023年9月発行)を毎月一句ずつ、24回に亘って鑑賞していきます。今回はその第2回です。
パターンデザインの定番である格子柄の歴史を繙けば、その源流は多く英国にあるようだ。殊にスコットランドでは、格子柄は階級や家柄を象徴するもので、七千種もあるパターンの一つ一つに名が付けられ、スコットランド政府がそれを登録・管理しているという。いわゆるタータンである。
筆者が三年間通った幼稚園の園服が千鳥格子だった。千鳥格子の発祥もやはりスコットランドで、犬の牙のようなギザギザ模様からハウンドトゥースと呼ばれる。70年代には、タータンチェックの衣裳を纏った英国のロックバンド、ベイシティローラーズが日本で爆発的人気を博し、一大センセーションを巻き起こした。90年代になると、女子高校生たちの間でバーバリーチェックの襟巻が大流行する。
記憶に新しいところでは、東京2020オリンピックの公式エンブレムに市松模様が使われ、話題となった。市松模様は、江戸時代中期の歌舞伎役者・初代佐野川市松が袴の柄に用いて流行したもので、チェッカーボード(碁盤柄)と呼ばれる。英国マンチェスター発祥とされるギンガムチェックは18世紀中頃が起源らしいから、もしかすると日本の市松模様が影響を与えているかもしれない——そう思うと愉快だ。
さて、ワッフルだが、その名は「蜂の巣」を意味するオランダ語「wafel」に由来するらしい。そもそもは生地への火の通りをよくするために細工された鉄板型の焼き跡であることは明らかだが、しかし、あれを一つの意匠として見れば、慥かに格子柄である。ワッフルを見て「何格子?」という発想は、美術畑を歩んできた作者の面目躍如たるところであり、習い性と言っていいかもしれない。
「ワッフル」「雪が降る」と韻律を奏でることで、寒いはずの雪夜にワッフルの温もりと、綿雪のやわらかさを感じさせる。どこにも夜とは書かれていないが、この句には「あたたかく穏やかな夜」が感じられるのだ。もっと言えば、口語の表現が美大生らしき若いカップルまでをも連想させる。これこそ銀化の俳句、中原道夫の俳句である。(了)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?