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卒業論文 序章「インターネット・社会運動の時代」

序章‐インターネット・社会運動の時代

 本稿では社会運動を、「社会のある側面を変えようとする試み」であると定義する。街中でのデモや署名、ストライキやロビイング活動のような集合的な行為から買い物でフェアトレード商品を選ぶといった個人でもできる行為、あるいはTwitterでのハッシュタグ運動のようなインターネット上の行為などあらゆる手段が考えられるが、いずれにせよ人々がもつ社会に対する不満や問題意識を社会に向けてぶつけていく行為である。しかし、そういった社会を変える行為への忌避感は次第に高まっているばかりか、とりわけ日本では相対的に社会を変える意識が低いとされている。昭和の時代は70%を記録していた投票率が50%前後を行き来する³のが当たり前になりつつある今日、「若者の政治離れ」として嘆く声は多い。日本財団の第20回「18歳意識調査」によると、「自分で国や社会を変えられると思う」人は5人に1人、残る8カ国で最も低い韓国の半数以下にとどまっている⁴。また、内閣府の「我が国と諸外国の若者の意識に関する調査(2018年度)」によると、「私の参加により変えてほしい社会現象が少し変えられるかもしれない」という項目における若年層の回答も、先進国7カ国中で日本は最低の水準(30.2%)となっており⁵、日本の若年層が他国に比べ社会を変えられると思う意識が低いことを示している。ただ、日本の若年層に限らずとも一般的に日本は他国よりも社会運動への参加は少ないとされており、朝岡誠(2014)によればinternational social survey programme(国際社会調査計画、通称ISSP)におけるデモ参加率で、フランス、スペインでは55%程度、オーストラリア、ブラジル、アメリカで20%前後、各国平均が23.8%の中、日本のそれはわずか8.3%である⁶。
 こうした社会運動への参加の低さは私たちにどんな問題を投げかけるだろうか。社会運動が起こりづらいという背景を考えることでその問題はより深刻に受け止められると私は考える。社会運動を発生させる根本要因はまず社会の矛盾の発見や社会的な課題の発見である。ところがたとえ社会に強い不満があっても、それを「変えたい」とか「変えられる」と思える主体がいなければ社会運動は発生しない。社会は常に矛盾や問題をはらむ存在であるという前提に立てば、不満はあるが「仕方がない」と諦めたり、声をあげにくかったりする社会的要因が社会運動を起こりづらくしているのではないだろうか。これについては1章で考察していくが、そうであるならば、自分たちの社会の問題を、自分たちで考え、自分たちの力で解決していくという民主主義は機能せず、安易な解決や救世主を求めさまよい続けたり、どこか生きづらさを抱えたままの個人がい続けたりしてしまうだろう。言い換えれば、社会運動の低迷とはデモクラシーの危機である。
 そんな中で、オンライン署名サイトchange.org(2007年設立)の2020年活動報告書によれば、日本は2020年にオンライン署名で声を上げた人の増加率が世界一だとされており、立ち上がったキャンペーン数は2773件、ユーザー数は280万人、そして前年比のキャンペーン数の増加率が2.5倍であった⁷。2020年5月9日にはTwitterでハッシュタグ「#検察庁法改正案に抗議します」がわずか一日程度で470万件を超え、政府がこの法案の成立を見送りにしたことで注目を集めた。その他にもBLM(ブラック・ライブス・マター)運動や「#MeToo」運動などの世界的な広がりを見せたSNS上の運動もあり、インターネットの世界が、社会を変えようとしたり、現場の声を届けようとしたりする人々の運動を後押しているようである。対する「私たちの運動(ヨーロッパ留学生)」はLINE、Facebook、InstagramにTwitterといったSNSや、YouTubeにオンライン署名で社会に訴え、終始インターネット上で行われた。それによって変化をもたらしたことを考えれば、インターネット上の社会運動(以下、「ネット社会運動」とする)は、社会を変える運動を後押しし、よりよいデモクラシーへと導く可能性を感じさせる。
ところが、実際にネット社会運動をともにした3名への個別インタビュー⁸からは、その可能性だけではない、課題点が示唆されている。イギリスに留学していたが運動後に帰国したS氏によると、「自分一人ではなく大勢を助けられてよかった」と、個人的な行動ではなくインターネット上で周囲を巻き込みながら発信した私たちの運動を評価した。一方、自身の大学から運動に対する批判を受けて精神的に追い詰められたことから、「事前に大学の事務局の関係者らにも相談をしたうえで、できるだけ『敵対的』に映らない配慮が必要だった」とし、運動における利害関係者への配慮と事前準備についての改善点を挙げた。さらに、「運動中に『自分自身のこの活動の核って何だ?』と思うことがあり、運動の目標や全体の方向性を早い段階で確認、共有することの重要性」を指摘した。この運動の目標に関する早い段階での擦り合わせを指摘したのは、フランスに留学して運動による変化によって残留し続けたY氏も同じであった。Y氏もまた、とりわけ外出規制の厳しかったフランスにおいて「自宅から出られない生活であったが、世の中が変わっていくのを感じられたし、フランス、イギリス、ポーランドに日本と離れた場所にいた私たちが各々の役割を果たして良いチームワークをとれた」とインターネットを利用することでコロナ禍のような規制下であっても、また会ったことのない人とでも連携を図って社会を変えられたとしてこの運動を評価しつつ、「チームとして運動の最終目標をどこに設定するかという点で多少のズレがあった。(運動の途中目標を達成したY氏は)自分は自分のためだけにやったし、まだ運動を継続しようとするシュウト(筆者)やH氏とははっきりと認識のズレを感じたし、同時に最後まで寄り添えなかったことを申し訳なくも感じた」として、「できることなら最初の時点でもう少し認識をすり合わせておくべきだった」と急いでしまったことを反省しつつ、「とはいえ、勢い任せで始めてしまったからこそ世の中を変えられたと思う」として「当時の難しい状況の中ではベストな運動だった」と振り返っている。最後にドイツに留学していたが進路変更によってパンデミックの影響以前に帰国をして、自身の留学をおえていたH氏は、「私たち日本人留学生のことなんてマイナーな問題なのに、あらゆるツールを駆使した結果、メディアに注目され、国会でも取り上げられるほど広がった」としてこの経験を振り返り、「小さなことでも社会にとりあげられるといった“ネット・デモクラシー”をリアルに味わった」と、現代におけるネット社会運動の可能性を評価した。一方で、H氏が積極的に取り組んだ「日本人留学生の実態調査」における母集団の偏りなどの不十分さや学生がネットで全体を把握することの限界を指摘しつつ、だからこそ「私たちが調査した留学生のデータは全体の一部の話なのに、SNS上で流行った私たちの声が全体を象徴(代表)してしまった。そしてそんな一部の事実が世の中に反映されてしまったことに危機感を感じた」とし、「ネットでの発信はものすごく速いスピートで広がったので『すごい』と思ったと同時にだからこそ『危うい』とも思った」とまとめた。加えて、私たちの運動は「盛り上がりも早かったが、盛り下がりも早かった」と振り返り、「自分の目的を達成した者が安易に抜けられるから」として運動の単発さについても疑問を呈した。
 こうした3人の運動に対する評価は私のものとも重なっている。私たちがインターネット上で声をあげた結果、それが国会で取り上げられるようになり従来の方針を覆した点で、この運動は社会運動の成功談として見られ得る。現に私たちの運動を、「声をあげることは無駄じゃない。日本人留学生の彼はいかにして日本政府を動かしたのか」(表6)と題して、社会を変えた成功事例として取り上げるメディアもあったほどである。ところが運動後に私が抱いたものは、成功としての喜び以上にどことなく拭い切れない課題感であった。本稿においては、この課題意識が出発点となる。多くの注目を集めて覆るはずのなかった事態を変えたにもかかわらず、私が抱き続けた「もやもや」は一体なにだったのか。筆者は、自らが起こしたネット社会運動を今一度分析することによってこの課題感と向き合っていく。そして、その課題感がネット社会運動の可能性以上の危うさであることを指摘し、ネット社会運動への期待が高まる今日への警鐘とすることを狙いとしている。
本稿の主たる対象は、そうした私たちの経験を基にしたネット社会運動の危うさである。その背景は、「待つ」ことができない、「待つ」必要もない現代社会にあると捉え、いかに乗り越えられるかを検討していく。運動への忌避感が依然として強い日本でネット社会運動の可能性は認めつつも、私が感じた課題意識とは、ネット社会運動における「成果」が社会課題の根本的な解決に向かうのか、また、それをもってよりよい社会へと向かうのかという疑問である。本稿は、筆者が実際に行った社会運動の経験を基に考察するという点で、多分に運動主体としての見方が入り込んでいるであると思われる。しかし、一定の成果をあげた社会運動の当事者が、それを批判的に考察するというのは社会運動研究の領域においても新鮮な視点を提供できるであろう。そして、本稿の主眼はネット社会運動の危うさとそれをいかに乗り越えるかについて考察するものだが、同時に世界的なパンデミックという未曽有の事態の中で、留学していた日本人留学生がどのような困難に直面したのかについてできる限り詳細に記すことで、この先の日本人留学生や大学、奨学金機関および政府の関係者らの参考になるように残したいという筆者の思いも込められている。


スクリーンショット (101)



1.National Library of Medicine(アメリカ国立医学図書館)
WHO Declares COVID-19 a Pandemic - PubMed (nih.gov)
2.筆者はYouTubeにて動画を投稿(2020年3月21日)留学生むけ奨学金一律停止について - YouTube
また、他の日本人留学生と「ヨーロッパ留学生」としてオンライン署名を展開(2020年3月22日‐2020年4月4日)キャンペーン · 新型コロナウイルスによる海外留学奨学金の支援中断について、 奨学金支援の継続を要望します!! · Change.org
3.総務省|国政選挙における投票率の推移 (soumu.go.jp) 
4.日本財団「18歳意識調査」第20回 テーマ:「国や社会に対する意識」(9カ国調査) | 日本財団 (nippon-foundation.or.jp) 2019年月下旬から10月上旬にかけてインド、インドネシア、韓国、ベトナム、中国、イギリス、アメリカ、ドイツ、日本の9か国における17~19歳各1000人を対象に行われた。
5.内閣府「我が国と諸外国の若者の意識に関する調査」 (平成30年度)令和元年6月
6.朝岡誠「誰がデモに参加するのか?」(2014年)を富永京子が引用「みんなの『わがまま』入門」(2019)p68
7.Change.org「活動報告書2020」p3 japan-2020-report.pdf (change.org)
8.ネット社会運動をともにした「ヨーロッパ留学生」3名への個別インタビューは
 ビデオ通話にて筆者が各々へ「運動はどのような経験であったか?」、「今振り返って、運動をどのように評価するか?」という質問をしたものである。
 ①S氏(インタビュー日 2021年11月29日)
 ②Y氏(インタビュー日 2022年1月11日)
 ③H氏(インタビュー日 2022年1月11日)


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