ホテル203号、恐怖症
「お前が一番怖いものは何だ」
質問は右横から。焼けた声。俺を囲み腹に靴先をねじ込んだレンゲとかいう名前のヤクザ。頭部に衝撃。殴られたのだ、と遅れて知覚する。
「もう一度聞くぞ。五秒以内。右腿の肉、いくからな」
「レンゲさん、ガムテープ」
ああそうか、とレンゲは呟き、直後、唇に痛みが走った。
「……雀蜂です」
数時間ぶりに吸う新鮮な空気にむせこみながら私は答える。
「子供の頃、刺されたんです。親父にあと一回刺されたら死ぬぞって」
「あー、そういう思い出話はいい。蜂ね。前よりは難しくなさそうだ。なあ、センダ」
虫嫌いなんですよね、と野太い声。聞き覚えがない。
「とりあえずお前のこれからの話をする。今、この車は郊外にある潰れたホテルに向かってる。お前はセンダを連れて203号室に入る。そしたら、雀蜂が襲ってくる。一時間経つ。それでおしまい」
「巣があるんですか?」
「違う。そういう部屋なんだ。だから潰れた。フォビアって言うのか?それが『出る』」
前の奴は一時間かけて天井に潰された、とレンゲは笑った。
「でも安心しろ。組のみんなもただ処刑するのは飽きてな。ワンパなんだよ。怯えて泣き叫ぶだけ。サディストの変態は喜ぶだろうが、俺たちはつまらない。今は趣向が違う。お前の蜂とセンダが戦う。果たして二人は生き残れるのか? ファイト! な、こっちの方がおもしろいだろ?」
「生き延びたら……」
逃がしてやるよ、とレンゲは言った。
「ただセンダの連れが生き延びることはほぼないな。こいつはお前を利用して戦うだけだ。一度、デカいワニが出てきたことがあってな。あれは見ものだった。連れの足を切断して餌代わりに釣って締め殺したんだ」
「私は彼が助かる確率を上げようとしただけなんですがね」
よく言うぜキチガイがよ、とレンゲが笑う。
「センダはうちの用心棒なんだ。怖いもの知らずって言うだろ?あの部屋で熟睡できるイカレ野郎なのさ」
【続く】