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【2018忍殺再読】「ハート・オブ・ダウントロッデン・ソウルズ」


運命に抗えってな!

 AOMシーズン2、第5話。シトカ編のライバル枠・ザルニーツァとの決戦が描かれ、同時に謎の孤児・ゾーイの由来に迫るエピソード。ザルニーツァは、常時フルメンポでイクサ中にそれが割れて素顔が明らかになるという点で、当時からダークニンジャと並べて語られることの多いキャラだったと思います。ただ、彼女は「父殺し」の意識や、自身をとりまく運命への反抗心はまだ形になってないんですね(5話時点では)。恐るべきはシンウィンターの娘溺愛力と言うべきか。ワンソーも運命ガイド役をスポスポワープ巨大獅子舞ではなく、ミステリアスで豊満なおねえさんとか偉そうだけど恥じらいのある少女とかにしてもっとフジオを甘やかすべきだったのだ。

 で、本エピソードでザルニーツァと並べて語られるのはゾーイなんですよね。シーズン2は、二人の孤児の少女の対比と相互影響の物語でもあるわけです。親を持たない孤児でありながら、「父」という形をとった運命に支配され、己の出自に縛り付けられた二人の少女は、かすかなシンパシーで結びつきながらも、決して相いれることなく反目する。タイトルに冠された「虐げられた魂」とはまさにゾーイとザルニーツァのことでしょう。また、二人の大きな差異として、ゾーイには檻から出ることを助けてくれる現実の友人と、彼女を助けに来てくれる夢の王子様がいるんですね。ザルニーツァは、自室(鎧)にこもって親戚のお兄ちゃんたちと遊ぶことしかしなかったから……。

 あと上段落の「夢の王子様」のくだりを書いていて思いついたんですけど、今のシルバーキーってゾーイが能力で取り出したコピー・シルバーキーだったりしませんかね? 放っておいたら死ぬところも、彼女が生物を取り出したときのルールと似てますし。ハーミットって名乗っていたのは、自分がシルバーキーの別個体であることを自覚していたからとか? 

シンウィンター、会話が下手すぎる

 ザルニーツァが娘であることが明かされ、「家族」と「所有物」の違いが彼自身の口から語られ、徐々にそのニンジャ性が明らかになってきたシンウィンター。数多くの要素が盛り込まれているシーズン2ですが、その中で自分が最も好きなところ、おもしろいところが何かと問われると、私は「シンウィンターという男である」と答えます。私は忍殺の悪役は個々人ではなく「組織」という枠ごと好むタイプなのですが、シンウィンターというキャラクターは単体のニンジャとしてもとても好きですね。ニンジャスレイヤーのボスの中で一番好きかもしれない。

 彼が熱弁する家族への愛、娘への愛は、確かに彼自身の気持ちがのったものであり、偽りなき正心なのですが、どうしようもなく空々しく、空虚です。その背景に「物語」がないんですよね。「設定」だけの愛と言いますか。「家族は大事」の理由が、「家族は大事なものだから」でしかない。ザルニーツァという人間個人に対する気持ちはそこにはなく、「娘は大事だから」という決まり事しか存在しない。それが嘘偽りない彼の愛である以上、どれほど寒々しくとも根っこから否定されるべきではないと思うのですが、彼が強大な暴力によってその「気持ち」を領土として拡大し、シトカ全域に強いているのは大迷惑の極みと言わざるを得ません。シンウィンター、殺すべし。

 とにかく自分しかないんですよこの男。ゾーイ&ネルソンさんとの会話シーンとか本当にひどすぎて何度読んでも笑ってしまいますからね。自分の言いたいことしか言ってない。キャッチボールをしろ。コミュニケーションクソ下手か。でも、それこそが「強い」ということであり「暴力」だと思うんですよ。言葉は必要なく、ただ自分の「気持ち」の通りに行動すれば望みが叶う。組織運営も戦術も必要なく「ゾーイが欲しい」「ニンジャスレイヤーがうぜえ」とお気持ちを表明すれば、殴りつけてわからせてやった所有物たちが勝手に結果を持ってくる。他者を理解する必要も、共感する必要もない。「大体わかった」を必要としない、ワガママをごり押しできる「強さ」。そしてその押し通すワガママが実は空虚でがらんどうであるという、底抜けの無為。シンウィンターは、まさにコールド・ワールドに君臨する真冬の王なんですね。

キリング・フィールド・ヒーローショー

 フジキドの話をしましょう。ニンジャを殺すこと、それが副次的に影響を及ぼすこと、その影響が偶然「誰かを助ける」という結果をもたらすこと、しかし当然それは「無関係な誰かを殺す」にもなりうるということ……原作者、ほんやくチーム、ヘッズすらも巻き込み、賛否両論の嵐でもがきながらも問答をやり通したフジキドが、ついに「襲われている娘を助けるために悪を討つ」を、副次影響でも誤読でも舞台裏ではなく、純ヒーローとして堂々とできるようになったことは感慨深くて涙がこぼれてしまうのですが、ですが、ですが、ですが……いくらなんでもやりすぎでは?

 娘と悪漢の間に割り込んで飛んでくる飛翔武器 +100点!

 シルエット×高所登場でコンボボーナス +500点!
 「私が相手だ」×「何奴」でコンボボーナス +500点!

 カワイイマスコット動物の援護 +100点!
 名乗りと共に背景爆発 +10000点!!!

 なんですかこの面倒くさい手続きが不要になったんだからもう思いっきりフジキドをヒーローとして活躍させてやるぜ!ヒャァァ!という原作者の魂の絶頂が感じられる爆発濃縮ヒーロー描写は。おもしろすぎる。初読時にもゲラゲラ笑ったし、再読した今回もゲラゲラ笑った。時代劇めいた定型ヒーロー構文に巻き込まれてサイグナスさんが「何奴!」とか言ってしまってるの本当に好き。

 あと、この後のサイグナス・オーガフィスト戦、またエピソード前半のザルニーツァ戦でも思ったのですが、シーズン2中盤以降のカラテ描写絶品ですよね。シーズン1がコンセプト重視のイクサが多かったので、その反動もあるんだろうか。一打一打の見せ方やイクサ運びの緩急、映像をバリバリ喚起させられるアクション描写が本当に凄い。オーガフィストさんのボックスカラテがなー特になー。オーガフィストさんって、ワイズマンなのに結構楽しそうにしてる少数派なんですよね。気持ちと仕事を割り切り職務を全うして殉死したサキュバスと違い、本人もわりと楽しそうに殉死をキメている。彼なりのヤクザの論理が、シンウィンターの暴力とうまくかみ合ったって感じ。

■note版で再読
■11月10日