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【2019忍殺再読】「ザ・リデンプション」

テング・オメーンは全てを覆い隠すか?

 2019年10月16日、何の予告もなく投下されたヤクザ天狗エピソード。ウワッヤクザ天狗だ!と戦きながらも、いつもの調子でキャッキャしながらプラスを観に行ったヘッズを待ち受けていたのは、時をかけるヤクザという連載史を全部破壊しかねない、とんでもない代物であった……。アイサツ無視の不意打ちは確かにヤクザ天狗さんの十八番かもしれないですけれど、地球破壊爆弾を不意打ってくるのはさすがに許されないのでは? ひどいですよ、ほんと。死んじゃうよ、こんなことされたら。初読の際、あまりにも衝撃がデカすぎておもしろいかどうかすらよくわかんなかったですからね。結局そのまま咀嚼し切れず、エピソード人気投票で票を入れることができなかったもん。で、その エピソード人気投票で原作者が「この作品におけるタイムリープ自体は特段新たなコンセプトではなかったことも幸いした」とかさらっと言ってるのもひどい。ザイバツはともかくとして、ロブスター3を前例扱いするのはニューロンがばくはつするからよして頂きたい。

 2011年のネオサイタマへ既存のキャラクターがタイムスリップするという異例尽くしの本作。タイムスキップやコトダマ空間内での時間交差などの前例はあれど、この展開はさすがに例外中の例外であり、作品の基礎となる部分を大きく揺るがすものでした。そのため、本エピソードは強烈な不安に襲われる読み味になっています。前例がないということ、それは未知。「何が起こるかわからない」という恐怖。しかし、私が本エピソードで最も恐怖を感じた点は、それらの未知が呼び起こす不安が、お話の最後で強制的にいつものパターンに落とし込まれてしまうことでした。未知が既知へとすり替わることは、通常、安心として機能するものですが、そこに納得が伴わない時、より大きな恐怖へと進化します。すなわち、「知る」という過程なく、「わかっているな?」と脅されるということ。アッハイと答える我々の目は虚ろです。未知より怖いもの。それはヤクザの恫喝……。

 ヤクザ天狗エピソードは「死の間際のヤクザが、ヤクザ天狗の行動から、聖性を誤読して死ぬ」というフォーマットを持っており、本作ではその主役としてキトーが抜擢されています。主役?誰が?って話なわけですよ。本エピソードにおいて、キトーはそれ程重みのあるキャラクターではありません。お話に関わりこそすれ、目立つものではありません。何より、描かれていることのとんでもなさに対して、彼個人のドラマの決着は、エピソードのオチとして全く釣り合っていません。まるで、何者かが強制的にエピソードを終わらせ、全てをなかったことにするために、手近にいたヤクザをとりあえずひっつかみ、突貫で主役として仕立て上げたような違和感がそこにはあります。姿の見えない、しかし、確かに感じられるはるか上位の「意思」の気配。それは怖い。何よりも怖い。ワンソーの視線を感じ、凍り付いたニンジャたちの気持ちがよくわかる。私はクトゥルフは未履修なんですけど、あれもこういう形でのホラーなんでしたっけ?

ヤクザの肉体は自己の存在を証明するか?

 これは不確かで胡乱なエピソードです。足場は常にぐらぐらと揺れ、腰を落ち着ける安息地はどこにもありません。それは、自らのインガオホーから切断された過去時空へ放り出される、想像を絶する孤独です。自己の世界が誰にも共有されない、外部と共有できる語彙を持ちえないということは、人を発狂に容易く追い込みますし、そもそもの「狂人」の定義自体が、そのような「ただ一人だけの人間」を指し示してもいるのでしょう。信用できない語り手が、信用できない世界を語るエピソードである本作は、無明の狂人の視界を「わからなさ」を通じて読者にも疑似体験させ、震え上がらせることでしょう。……そもそも、ここはどこなのでしょうか。

 2011年世界の住民の視点があり、ヤマヒロ・ヤクザ天狗が知り得ない別エピソードの文章がコピーアンドペーストされている以上、過去の世界であるように思えます。一方で、空に浮かんだキンカク・テンプルと、「磁気嵐の中、乱れた彼の魂は、ヤクザ天狗の狂った自我と接続されていたのだ。」というモノローグは、ここがヤクザ天狗のローカルコトダマ空間「天狗の国」であることを示しています。どちらが正しいのでしょうか? 「ここは2011年のネオサイタマであり。天狗の国そのものであった。」 いや、だからどっちなんだよヤマヒロさん。ローカルコトダマ空間とグローバルコトダマ空間の関わりがその個人の領域に客観性を与え、独立した自我の存在を許したのか? だとすると、それはコトダマ空間が無限を入れ子構造を成し、現実ではあり得ぬ無限の情報量を持ちえないか。そもそも、過去とは現実のどこにも存在しない「記憶」という夢幻であり、タイムスリップとは即ち、誰かのローカルコトダマ空間に入ることに過ぎないのか。真実なるものは、全てローカルコトダマ空間の重ね合わせの濃淡の問題でしかないというのか。

 何もかもが不確かな世界の中で、ヤマヒロを、ヤクザ天狗を繋ぎとめるのが、「ヤクザ」という共有されたミームであり、互いの存在でした。「ソンケイ」は自己観測するもの。「カラテ」は他者観察されるもの。皮膚一枚を、内側と外側か拮抗して押しとどめ、輪郭を固定する二つの力。エピソードの冒頭において、ボーダーの逸脱すら感じさせる二人の肉体的な接触……ヤクザ天狗の逞しい胸は、互いが互いの存在を肯定し、証明しあうことそのものであり、ゆえに、ヴラドに吸血を許すフジキドのような、ミームを互いに相互循環させるガンドーとシキベのような、固形物がドロりと融解し合う強烈なエロさを感じさせます。そして、その相手が消滅すること。死ぬのでもなく、爆発四散するのでもなく、根から「なかったもの」となること。その恐怖は、筆舌に尽くしがたいものでしょう。発狂の一つや二つ、当然だと思う。ヤクザ文脈の中で仲間を求めて跳び回る妖精になって、当たり前だと思う。

カラテは過去改変を起こしうるか?

 起こしうる……と結論付けるしかないでしょう。カラテとは「眼前の壁を殴れば壁が凹む」ということです。意思の力が大きく寄与した、物理的に現実改変を起こす力のことです。それほどどれ程小さいカラテであろうとも、その小ささに対応した改変が必ず発生しうるものです。「タイムスリップをして、過去の世界にいる」という仮定を適用した場合、カラテ者の眼前の壁とは過去時点での事象であり、それは必ず凹みます。また、カラテが起こした現実改変は、実物体に刻まれた物理的な刻印という形で、あるいは他者に観測されコトダマへと置換される形で、必ず後の時系列に影響を及ぼし続けます(インガオホー)。絶対的な現実改変と、影響の恒久的な持続。カラテがこの二つの性質を持つ限り、過去改変を否定することはできません。強いて挙げるならば、忍殺における「過去」がローカルコトダマ空間とイコールであるという説に基づいた反論があるでしょうか。系内で奮われたカラテは系内だけを改変するものであるため、「過去」=ローカルコトダマ空間で奮われた改変は、個人の中だけに留まるというものです。しかし、忍殺において、完全に切り離された系が存在しえない以上、それもまた机上の空論に過ぎないことでしょう。また、バーバヤガが過去改変を防ごうとしたことも、「過去改変は起こりうる」ことを示唆している言えるでしょう。

 ……しかし、しかし、しかし、そんなことが認められますか? 私たちがこれまでずっと読んできた『ニンジャスレイヤー』という小説は、そういうことを許してくれる小説だったでしょうか? 過去にタイムスリップして問題解決! 悲劇も、絶望も、死も、全てがなかったことができる! それは確かに、物語内の登場人物にとっては素晴らしい事でしょう。彼らは当事者だからです。しかし、どうあがいても絶対に傍観者でしかありえない読者にとって……いや、これは主語が大きすぎますね……私にとって、それは、今までの全ての読書体験を、サツバツを、無情を、感動を、ゴウランガを全て陳腐化させ、物語を無意味と無価値の死骸に変えてしまう暴挙です。

 私は、フジキドというキャラクターが大好きですが、彼がタイムスリップして妻子を救い幸福な家庭を持つハッピーエンドを許容することはできません。私は、フジキドではなく、フジキドのお話を楽しむ傍観者だからです。彼を身勝手に定義づけ、大上段から好き放題に読み解いて玩具にする、読者だからです。彼が第三部で最も憎悪し、怒り、殺した者こそが、私であり、しかしそんなフジキドの思いなんて知ったことがない俺は読者だからなガハハ!と無視できるからこそ、私はこの極上のエンターテイメントを楽しむことができているのです。そして、「おもしろいこと」「エンターテイメントであること」は、ボンモーの作劇における大前提であり、それは時に物理法則すら捻じ曲げることがあります。つまり、過去改変は起こり得ない……。

未来へ……

 さて、矛盾が生じました。作中の設定上は過去改変は起こりうると示し、物語としての積み重ねは過去改変は起こり得ないと示します。前者が後者に勝ることは、物語エネルギーを抱え落ちして死んだ多くのニンジャたちの存在が証明しており、後者が前者に勝ることは、物理法則を大胆に無視するボンモーの作劇実績が証明しています。どっちやねん! ……最後に、三つ、ありえる折衷案をご用意しました。長くなりすぎるので詳述は避けますが……「ジ・アブソリューション」での答え合わせが楽しみですね。

①カラテによる改変対象が非常に大きいため、多くの抵抗(他者のカラテ)が発生し、それらの変化の蓄積により最終的に均される。

 理論上は可能だが実践することは事実上不可能という説。アマクダリの敗北が前例として挙げられる。運命打破/世界征服を目論む、ダークニンジャやタイクーンなどはこれを打ち破るプランを持っていると考えられる。

②過去改変発生時点で未来が分岐する。

 極めてオーソドックスな説。パラレルワールド説。アマクダリ次元がある以上、可能性は高い。これを適用した場合、カラテエネルギーの保存は、本編次元内だけでなくマルチバース全体で行われていることとなる。

③過去改変(などの物語の破綻)を発生させたキャラクターは次元からBANされ、マルチバース放浪者となる。

 ザ・ヴァーティゴさん、あんたさてはやらかしたことがありますね?説。ありますね?ってか、一度マジでロブスター1でやりましたよね? ほぼ妄想ですが、AREA4643にヤクザ天狗やプロトニンジャスレイヤーが登場している事実からして、案外あり得る気がするので、怖い。
■note版で再読
■5月10日