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【小説】【漫画】最近読んだアレやコレ(2020.07.31)

 今回は連休の成果報告です。せっかくの長休みなので食べごたえのある小説を読もう……というわけで『図書館の魔女』をずっと読んでました。マジでずっと読んでました。全四巻のファンタジなのですが、とにかく厚い。描写が細かい。本編が終わり、エピローグ宣言が入った時点で、残り200ページもあったのには笑った。いや~、巻が複数にまたがる小説を読むのは数年ぶりの気がします。最近の小説はセールス的な問題により短めになる傾向にあるらしいですが(そうなんですか?)、偶にはこうして長い小説を読み、リソース消費量を短時間に圧縮するのが健康によいですね。脳味噌から地面へとつながる管を、高圧洗浄にかけるような心地よさがあります。あと、サマー・シーズンに、カルピスをちびちび飲みながら、ソファで分厚いファンタジを読むのは、なんというか「完全な体験」でしたね。

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図書館の魔女(1巻)/高田大介

 二人の主人公の内、「図書館の魔女」「高い塔の魔女」と呼ばれる少女マツリカを重点した、「マツリカ編」とでも呼ぶべき第一部。ヒトでありながら書物体系そのものである唖者の少女マツリカと、彼女をただ一人十全に読み取り、翻訳できる少年キリヒトの出会い。図書館と司書、言葉とツール、書物と読み手……幾重にも比喩しうる関係性が、いずれも「書物と言葉」の解題となる。このボーイミーツガールを完成させた時点で、本作はもう勝っていると言えるでしょう。物語の舞台となる「海峡地域」は、複数の国が入り混じる陰謀渦巻く交易地。そのファンタジ世界は重厚広大ですが、第一巻の時点でその舞台は片りんを見せるにとどめられており、ページのほぼすべてが少年少女の出会いの風景と、書物がもたらす、より広く、より奥深い「言葉の世界」の扉を開くことに費やされています。急いて設定を並べ立て、暗記させるのではなく、まずはじっくりと基本原理の理解から。スローペースながらも、強く正しい立ち上がりを見せる第一巻。


図書館の魔女(2巻)/高田大介

 魔女の語り手であり、図書館の読み手であった少年キリヒトの素顔が明かされる、「キリヒト編」とでも呼ぶべき第二部。めくるめくる架空世界と、そこに息づく人々の生活を、自由自在に飛び回ってゆく作者の筆さばきは、緻密でありながらも快活で、読む快楽に身をゆだねさせてくれます。世界観のフレーバーには、ありし日に読んだ数々の海外児童文学を想起させられますが、物語としての本質、冒険譚としての在り様は、もっと後の時代に読んだ……より陰鬱で精算さを伴う青春状態であり……しかし、ゆえに鮮やかに色づいでいたあの講談社ノベルスの……そう、かの新青春エンタ、少年少女が《並んで歩く》「まっかなおとぎばなし」に非常に近い。異なる時代の二つのノスタルジーが刺激される読書体験の幸福度は筆舌に尽くしがたいものがあり、感傷がぐちゃぐちゃにかき乱されます。鼻をすすりあげる私を取り残し、少年少女は言葉で世界を解きほぐし、切り開き、大きな節目を目指してどこまでも駆け進んでゆく。


図書館の魔女(3巻)/高田大介

 ボーイミーツガールとして依然至高の完成度を保ちながらも、複数勢力入り乱れる政治闘争・権謀術数劇としてバチクソに高い完成度をたたき出すげに恐ろしき第三部。無数の思惑が絡み合い戦役の気配が漂い始める海峡地域において、三国和睦会議実現のため一つひとつ布石を打ってゆくマツリカたち。本作には『策謀の都に図書館を守る口のきけぬ魔女。たったひとつの武器は手話。』というクソかっこいいキャッチコピーが付いているのですが、その売り文句には一切の誇張がありません。手紙で、対話で、文献上で……繰り広げられる「言葉の闘い」は、確かな中身をもって展開され続け、安易さや誤魔化しが混じる隙間はありません。一部、二部でたっぷりと分量を割き、言葉のなんたるか、書物のなんたるか、世界のなんたるか、そして登場人物たちの心の仕組みを描き尽したことで、そのネットワークを駆け巡る「言葉」たちは、強烈なREALと確かな力を宿すに至りました。そして、その闘いの形式は、メフィスト賞の血脈ともいえる「推理小説」の作法にすら、ゆるやかに接続されてゆくことになります。


図書館の魔女(4巻)/高田大介

 「三国和睦会議編」「双子座の館編」、そしてエピローグを収録した第四部にして最終巻。言葉が導いた決着と、言葉が導けなかった決着。膨大な分量の言葉を費やし、数多の要素を重ねあげ続けてきた本作は、しかし最後までただの「言葉と書物のおはなし」だけであることを貫きました。その果てで辿り着いた成功と失敗はなんだったのか。図書館そのものであり、書物そのものであり、言葉そのものであったはずの魔女の掌の上からすらも、言葉なき人々の死はすり抜けてゆく。相互理解のツールをもってしても、越しえない境界は残り続ける。しかし、それを言葉の敗北を意味するものとして語るのではなく、あくまでもマツリカが未だ足りぬのだと、彼女は、図書館にも書物にも言葉にも足りぬ少女なのだと叱咤激励するこのおはなしは、語られ紡がれる全てを決して否定することなく、図書館に携わる全員を強く前に向かわせます。読むことと書くことの楽しさをうたい上げ、そしてそれを実作をもって実践し、証明し続けた傑作でした。自分のオールタイムベストに、また新しい一冊が加わりました。


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