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【2018忍殺再読】「ドラゴン・インストラクション」

白鳥と鸚鵡

 AOMシーズン2、第8話。サツバツナイトが燃料を放り込んだマスラダ暖房の温風が、凍える真冬の王国に行きわたり、静止した時間とドラマを溶かしはじめる。また、ザルニーツァとカシマールが過冬という枠を超えた存在になった今、純粋な過冬戦士ワイズマンとのイクサは本エピソードで幕となります。「ウェルカム・トゥ・ジャングル」から長らく活躍し続けた、サイグナスさんとも残念ながらこれでお別れ。「アルター・オブ・マッポーカリプス」を踏まえて読むと、ヒャッキヤギョを食い止めるべく奮闘する彼は全くもって「正しい」んですよね。動機が完全に主人公。混沌をもたらす邪悪な探偵に立ち向かえ僕らの分身ヒーロー! ただ、その「正しさ」は、「シンウインターの支配ならばリアルニンジャからシトカを守れる」を絶対の真として組み上げたものであり、その点、彼も正しくワイズマンだったんだなあと思います。そこを真とできないサツバツナイトとは当然相容れませんわな。

 シンウインターに敗北し、彼の「力」を前に打ちひしがれた/魅了された諦念の戦士ワイズマン。彼らによって明確になった過冬という組織のカラーですが、その中でも例外と言えるのがカシマール、そしてカークィウスでしょう。カークウィスだっけ? 好きなキャラなのに名前が覚えにくいぜ、カークウィクス……。彼のドラマは悪鬼マスラダの手によって強制打ち切りをくらったので(変身バンクに割り込んで殺すの本当にひどい)、もう妄想するほかないんですが、彼、ただ一人「力」ではなくシンウインター本人に忠誠を誓っていた男だったように思うんですよね。そして、シンウインターは当然、彼のことも所有物の一つとしかみなさかったでしょう。語られぬままに終わった二人の関係性ですが、その周囲を埋めるピースによって、ぼんやりと輪郭だけは見えており、それはとても歪で乾いた魅力をほのめかしています。

加熱、伝播、振動

 「ドラゴン・インストラクション」の題通り、先代から当代へカラテ極意の伝授が行われる本作ですが、それがわかりやすい教えの形をとっていないのが実に忍殺らしいところ。「教える」という行為は、たとえばシルバーカラスがヤモトに行ったアレであり、ただゲンドーソーの言葉を伝えただけのフジキドは確かにセンセイではないんですよね。その言葉の解釈も実践も全てがマスラダに委ねられている。九九を暗記させるも、掛け算の本質が何かは伝えていない。そも、フジキドからしてゲンドーソーからカラテを教わった期間はたったの三日。その短気間で綿密なレクチャーが受けられたはずもなく、彼が今持っている「ドラゴン・インストラクション」は、彼がイクサの中で自分流に解釈してこねあげたほぼオリジナル二次創作なわけです。言葉は人の間を伝わり、そしてそれぞれの語彙の違いにより、どこまでも誤ってゆく。翻訳され、改変され、誤読され、伝播するミーム。「教え」ではなく現象として、接触する二者の間をカラテは熱伝導するのです。

 また、このエピソードタイトルはゲンドーソー→フジキド→マスラダだけでなく、シトカ全域に伝わってゆくカラテ熱伝導も指したものでしょう。それはたとえば、ゲンドーソー→フジキド→マスラダ→スーサイド→オールドストーン→シトカであり、ゲンドーソー→フジキド→マスラダ→ゾーイ→ザルニーツァでもあります。世界とは、無数の小世界がすし詰めになった満員電車であり、一人の行動は本人の意思と無関係に、必ず隣接する小世界に影響を与え、変化を及ぼします。誰もが世界と対峙する孤独なカラテ者でありながら、「ただ一人」であることは許されないそんな仕組み、そんな作り。翻訳・改変・誤読と「意味」を変じながらも、熱/振動だけは変わらずにどこまでもどこまでも伝播し、真冬の王国・シトカの氷の溶かし始める。停止した時間を再度動かす行為は、ほぼ間違いなく破滅をもたらすものですが、それが誰かの意思によって起こされたものでない以上、1+1=2と等しい道理に則る現象である以上、最早止めることはできません。「ドラゴン・インストラクション」を熱く描き出すと同時に、それを止められない怖さも、このエピソードはしっかりと描いており、そこが好きです。

冷却、遮断、停止

 熱の伝播は敵味方を問わず、接触者同士の間で問答無用に受け渡され(ネヴァーダイズで鷲の戦士たちが恐れてたカラテ汚染ってこれのことでしょうね)、それは当然敵側でもあるザルニーツァにすら届きます。そして、ザルニーツァの小世界に隣接するのは、シンウインターの小世界であり、ゲンドーソーを発端に、マスラダが過熱したカラテの熱は、ついにコールド・ワールドの王すらも……動かさない。シンウインターは変わらない。絶対に変わらない。真冬とは低温であり、低温とは静止であり、それは全ての熱を遮断し、隣接する小世界の熱をも冷ましてしまう。文脈をつなぎ、盛り上がったザルニーツァのドラマを強制的に停止させてしまう。不変不動の冷え切った男。魂の震えることのない絶対零度の王。最高です。大好きだシンウインター。誰も止めることのできない「ドラゴン・インストラクション」という現象を、彼だけが殺すことができる。ニンジャスレイヤーに殺すに相応しい、ニンジャスレイヤーに殺されるに相応しい、まさに宿敵に足る虚無を押し付ける邪悪。

 シンウインターというキャラクターの魅力について本格的に語るのは次話の感想の際にしようと思うのですが、ザルニーツァとシンウインターの会話パートが絶品であるということは言及せざるをえません。互いに父と娘という「役割」を遵守する駒でありながら、娘はまだその本質を理解せず父親を真似ているだけに過ぎない。ゆえに二人の間に会話は成立しない。文化が違う。語彙が違う。相手が何を言っているのか、さっぱりわからない。

 ここのシンウインター、本気で困ってるんですよ。娘が何を言っているのか本当に、心の底から理解できなくて焦っている。苛立っている。まるで、私たちのよく知る父親のように、娘との会話に苦心している。シンウインターの家族愛は、決して欺瞞ではなく、彼の正心であるということは何度も言及してゆきたいです。彼は「家族愛」を利用して他者を操る邪悪ではない。自分独自の「家族愛」を他者に押し付ける邪悪なんですね。

 また、ヒャッキヤギョへの警戒心をつけこまれ、カシマールとサツガイに逆にヒャッキヤギョの鍵となるゾーイを渡してしまったのには、ああああこいつ本当に会話が下手なんだなあああああ!!って感じです。あまりにも交渉に弱すぎる。暴力の男・シンウインターですが、彼の最優先事項は家族の守護であって、暴力はあくまでそれに最適だから選び取った手段に過ぎないんですよね。なので、交渉が必要なら交渉する。ただ、彼にそれができるわけがないんですよ。彼はザルニーツァの言う通り、サツガイをその暴力でぶちのめし、言葉を交わすことなく己の望みを押し叶えるべきだった。宝も力も総取りするというワガママを通すべきだった。それができないほどサツガイが強いのだとしても、そうするべきだった。彼は、それしか持っていない空っぽの男なのですから。

■note版で再読
■12月29日