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薄火点

 ゴン、ゴン、と遮温服を叩く音がする。

 白い雪を見たことがない。どこまでも広がる雪原も、降りやむことのない雪も、全ては煤と油の混じった薄灰色をしている。それでもリィが遮温服を脱いだ時、濡れた黒髪にはらわれた雪はとても綺麗だった。リィは優秀な隊員だった。雪に含まれる廃油が人肌程度の温度で発火することも、雪原で肌をさらせば何が起こるかも、隊の5人の中で一番よく知っていた。

 遮音服は施錠されており、自由に脱ぎ着はできない。彼女はたぶん、ナイフで肉ごと裂いて脱いだのだ。僕は最後尾にいたから全てが見えた。フラッシュを焚いたような光と共にリィの全身が燃え上がり、その熱を服が感知して消火薬を爆散させた。彼女の体は粉になった。火は延焼し、延焼は火雪崩になる。この雪原で消火は全てに優先される。任務の成功よりも、僕たちの命よりも……。

 ゴン、ゴン、と遮温服を叩く音がした。

 目を開く。着ぶくれした宇宙人が拳で僕のメットを打っている。隊の仲間だ。爆発に巻き込まれ、僕は失神していたようだった。溶けて粘性になった雪をぬぐい落し、身を起こす。3人が僕を取り囲んでいた。サクとバンとビス。顔部分には失明防止用の減光膜が塗られており、誰が誰かはわからない。

『大丈夫、無事だよ』

 音声が通じた様子はなかった。通信機が壊れたらしい。僕の様子を見て、3人もそれを理解したようだ。引き起こされ、歩くよう促される。僕が立ちすくんでいると、後ろから背中を叩かれた。4人目。顔は見えないが、その陽気な素振りですぐわかる。バンだ。わかったよ、と僕は笑い、歩き出す。

 そして、また立ち止まった。

 4人が不思議そうに僕を見た。サク、バン、ビス、そしてあと1人。全員の顔は遮温服で隠れ、誰が誰かわからない。通信で確認することもできない。僕たちの隊は5人いて、1人が欠けた。僕の目の前で、火になった。それなのに、僕たちの隊は、まだ5人いた。


【続く】