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【2020忍殺再読】「キタノ・アンダーグラウンド」感想

何?

 ニンジャスレイヤーAOM、プレシーズン4。長い旅路を経てついにピザ・タキに再集合したマスラダ一行。彼らを中心に、ネオサイタマの日常が描かれる……? 市民が生きたまま火炎放射器で焼き殺されるのを日常だと言い張ってくることに対しては、私もまあ、10年近くヘッズをやっている訳なので特に異論はないわけなんですけども、懐かしき我が家に帰りつき、まず最初にカメラに映しだされたのが便器にこびりついた汚れのドアップだったみたいな、無表情な笑顔を浮かべてしまう何らかの何かがありますね。しかし、そう言ったわかりやすいツッコミどころ以前の問題として、もっと根本的な部分において、本作はただならぬ迫力を帯びています。隠しきれぬ瘴気が、行間から漂っています。「変」を通り越し、「癖(くせ)」と言ってしまいたくなるほどの奇妙さが、このエピソードを傑作足らしめている。

 この奇妙さを言葉にするならば、「どこまでボンモーがマジなのかがさっぱりわからない」というものになるでしょう。『ニンジャスレイヤー』のトンチキエピソードとして、ヘッズ間では「マグロ・サンダーボルト」「ノーホーマー・ノーサヴァイヴ」などが挙げられることが多いですが……個人的には、実はそれらはそこまでトンチキだとは思わないんですよね。いずれのエピソードにおいても、ボンモーの理知と計算、目論見と情熱が隅々まで行きわたっていることが感じられ、彼らとまっすぐに目が合いますから。ずれた正気ではあるかもしれないが、正気には違いない。ボンモーは、いつも真摯に小説を書いている。しかし、本作に関しては、ボンモーの表情は霞がかったように隠れています。目が合わない。もしかすると酒をキメながら書いたんじゃ……。ちょっと? ボンモー? これは何? 扉をノックしても答えは返ってこない。強いて近いエピソードを選ぶのであれば、私は第1部の「ガイデッド・バイ・マサシ」を提示します。あれも読んでると尻がむずむずするんですよね。均衡が崩れ、明らかに度を越した傾斜が生まれている。

殴ったり蹴ったりした」、じゃないんだ。やっぱり酒飲みながら書いてない?

誰?

 様々な点でアンバランスな本作ですが、その最たるものがネゴシエイターであることに、異論をはさむ者はないでしょう。邪悪なジアゲ計画を企むニンジャの正体は……旧名鑑に登場していたあのアマクダリ残党ニンジャだった!……しかもそれはクルーカットだった!という無法の二段どんでん返しの衝撃はとんでもなく、読んでいて思わず拳を突き上げてしまいますが……ますが……なんなんでしょうか、この釈然としない気持ちは。贅沢なギミックに違いはないですけど、その結果出てくるのがあのクルーカット。これまでのニンジャスレイヤーの歴史を体現するドラマには違いないのですけど、それがあのクルーカット。あの、ネゴシエイターさん、君どうやらドラゴンベインを抜いて登場から爆発四散まで最も長く活躍したニンジャになったっぽいですよ。いや、不満はないんですけどね。不満はないんですけども、そうか、クルーカットか……うん……。

 う、うーんと首をひねる部分がありつつも、マスラダとの死闘を通じて語られてゆく彼の来歴、彼の思想には、やはり胸の火を灯されるものがあります。「なせば成る」。恐らくラオモトが、ネコソギ・ファンドの奴隷たちを体よくこきつかうために発していた欺瞞でしかないその文言を、10年間、まっすぐに信じ抜き、「人生をやり直」した彼は、紛れもなく本物です。磨きぬいたカラテは、紛い物を本物に変える。空虚な言葉も、繰り返せばやがて血が通う。彼はその1点においては、間違いなくラオモトを越えたニンジャでした。オムラ・エンパイア、論理聖教会、タイクーン、そしてニンジャスレイヤー。AOMの世において、オリジナルとなった模倣品はいつだって主役を務め、そして、ネゴシエイターもまたそんな1人です。

 「月を背に稲妻を槍めいて掲げる聖ラオモトのウキヨエ」を思うと、私は目頭が熱くなってしまいます。ラオモトの死とネコソギ・ファンドの倒産……アイデンティティが根元から崩れ去り、その放浪先のアマクダリすらも再度滅びるという不幸。チリングブレードめいた絶望の中で、残骸と化した過去の全てを、それでも捨てず、繋ぎ合わせ、今の自分を自分足らしめる力に変えた。言葉に変えた。全てに、意味を持たせた……。その歩みは、邪悪であるとはいえ、トリロジーの最後にフジキドが得た「意味」と比べても、何ら見劣りするものではありません。かつて、ラオモトの奴隷として中年個人事業主の尻をヌンチャクでしばいていた紛い物は、今、積み上げたカラテとコトダマによって、自らを自らの足で立たせ、中年個人事業主の尻をヌンチャクでしばいて……ああ、うん、そうか、結局、中年個人事業主の尻をヌンチャクでしばいてるのか……そう……。

 だからなんなんだお前はよ。「ライズ・アゲンスト・ザ・テンペスト」を連想させる得物で、中年男性のケツをしばくのはやめろ。……ネゴシエイター、いや、クルーカット、何も君のことをバカにしてるわけじゃないんだ。『ニンジャスレイヤー』において、時にモブは主役よりも重要な役割を持つ。君の人生を思うと、その皮肉な最後には思わず涙してしまいそうになる。なりはするが、その時に脳裏に浮かぶ在りし日の思い出が、中年男性をの尻をしばいてるところと、ナムアミ・ダ・ラオモト=サンとか言いながらゲロ吐いて転げ回ってたところしかないんだ。なんなんだ。ボンモーは私にどう思って欲しいんだ。クルーカット、お前は誰なんだ。しかも、お前、本編と特に関係ないし、ボスですらないってなんなんだ。どういうことなんだ。なめてんのか。オブジェクトの見た目と重量が一致してなさすぎて気持ちが悪いし、あまりのわからなさに手に取ろうとすると、その感覚のずれのせいで危く足に落として怪我をしかかる。やめてくれ。気が狂う。

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 アンバランス。それはネゴシエイターだけではありません。『ニンジャスレイヤー』は一部のエピソードが「撮影の予算」を設定するという縛りの元で書かれているそうですが(該当記事見つからず。何かのN-Fileでの言及でしたっけ?)、本作は物語の前半と後半で、その予算設定が明らかに変化しています。KOLが登場するシーンから、明らかにかかっている予算が増大しているのです。

 改めて読み返してみると、「クローンヤクザに火炎放射能力を持たせる」という所だけは、前後で変化がないのがくらくらきますね……。ふざけたシナリオに、予算をいきなり投入するな。同じエピソード内で、スポンサーをつけて作品をリメイクするな。『ニンジャスレイヤー』は複数の要素が混じり合う小説です。複数のジャンルが1つのエピソード内で混じり合いますし、感動と爆笑が同時に刺激されるリッチな読書体験を読者に与えます。しかし、従来「ケオス」として我々に与えられていたそれらは、ボンモーの手によって極めて精緻に調整をかけられたものだったことを思い知らされました。『キタノ・アンダーグラウンド』で描かれたのは、そういった遺伝子組み換えの成されていない、正真正銘、素の混沌であり、すっぴんのネオサイタマの光景であり……それが何かといえば、やはり、日常と言わざるをえないでしょう。

 エピソードとは、ある意図を持ってネオサイタマから切り抜かれた断片です。もしそこに意図が介在しなければ……物語的なバランスを考慮せず、無作為にネオサイタマの街角を切り抜いたどうなるか。作品として美しく映える位置からトリミングは大きくずれ、隠すべき境界線や不必要な物体が写真の中には映り込む。ネゴシエイターは画面端に一部を切り抜かれてしまった、本来それ単体で成立しうるエピソードの種であり、カタナ参戦の一幕は本来なら一度大道具を片していた暗幕の裏を写してしまったものだった。ランダムに押されたシャッターには、おはなしではなく、日常が写し取られる。『キタノ・アンダーグラウンド』とは、物語を物語足らしめる計算を意図的に放棄することで、ネオサイタマの生きた姿を描き得たエピソードではない何かであり……そして、やはり、「計算を意図的に放棄した」ように見えるよう計算づくで組まれたエピソードだったのだと思います。ボンモーという創作者は、「『しない』をする」程度の処理であれば、間違いなくやってのけるでしょうから。きっと、酒は飲んでいなかった。はずだ。たぶん。

未来へ…

 ピザ・スキ社員のコンビが死んでしまったことが、普通にちょっと悲しい私です。特に、チャノ・センパイが悲しい。チャノさん、ちょっとした出番しかなかったけれど、行動の端々から強い善性が感じられるんですよね。ピザ・タキ内のゾンビ(ゾンビではない)に気がついて震えあがっている時も、腰を抜かしたノリタケさんのことを見捨てず、忘れずピックアップしている。ノミタケが顔を焼かれてしまった時も、我が身の安全すら忘れて必死に救命行為をしておられる。ノミタケくんは、会社の上下関係うんぬん関係なく、人間としてチャノさんをもうちょっと尊敬した方がいいと思う。でも、ノミタケくんも悲しいことに死んでしまったんですよね……。

 と、思ってたら、生きてましたねノミタケくん。ただこの様子だとチャノ・センパイはやはりお亡くなりになってそう。ヤンナルネ。

■2021年11月11日にtwitter版で再読。