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【2019忍殺再読】「バトル・オブ・フォート・ダイナソー」

かっこよく、そしてカワイイもの

 満を持してダイナソー・クランの連中が暴れ出す、サワタリ・カンパニー日常回。しかしなんとまあ、物騒で楽し気な日常があったものよ。主人公役が忍殺キャラカワイイ部門トップ10に入るだろうハイドラが務めていることもあり、終始ほのぼのしているものの、よくよく考えてみるととんでもない数の人間が死んでおり、忍殺世界は本当に住みたくねえなって感じ。名探偵コナンのノーマル殺人事件回が「日常回」って呼ばれてるの思い出す。ダイナソー連中との出会いの話は、別エピソードでじっくりやるものと思っていたのですが、本作中でその辺についてがっちり過去描写がなされていますし、切り出されることはないんでしょうか? ストライダーとフジキドの出会いについては、確かエピソードが存在するんでしたっけ?

 しかしハイドラはカワイイですね。あざとい。本エピ中でその由来が明かされ、彼の正体が「古代の超生命体を外宇宙の科学技術で蘇らせたもの」だと判明し、お前それカンゼンタイよりよっぽど完全体じゃねーの?とかそれシーズンのラスボスを務めてもおかしくないレベルの超スペックじゃねーの?とかいろいろ頭をよぎりますが、当の本人を見るとなんか普通にダイナソーにぼこぼこにされてるし、先輩風らしき微風を吹かせてるし、うまそうに飯を食っている。あのさ、ハイドラくん、きみね、「琥珀スリケンのダイナソー細胞DNAベースに改造を施し、ヨロシバイオ再生能力を組み合わせた、無敵のバイオニンジャ戦士」って銘打たれてるのに、同じ研究チームが作ったノーマルダイナソーバイオニンジャにカラテ負けるのはやめないか? 死の間際にぶち上げた研究チームがかわいそうすぎないか? いやしかし、バイオホラー文脈の「研究員の遺した書」を、それの被害者ではなく当のクリーチャーが読んで実家を感じてるのすげー間が抜けてておもしろいですよね……。ホラー作品の二次創作ギャグ四コマみたいなことを大真面目に本編でやっている。

 余談ですけれど、冒頭の「た、た、大変だぜーッ! 大将、緊急事態だーッ!」と駆け込んでくるハイドラ、サワタリ・カンパニー二次創作の導入として汎用性が高すぎるので軽々しく乱用されて欲しいです。「た、た、大変だぜーッ! 大将、緊急事態だーッ!」「それで、今回の緊急事態は何だ?」「ミゲルの店のはす向かいにウェルシー・トロスシが出店したんだ!」「何だと!?」サワタリの目つきがおかしくなり始めた。「さては、ベトコンの襲撃か!?」とかいかがでしょうか。

おそろしく、そしてカンゼンなもの

 フロッグボーイ誕生の下りから以下引用。「バイオフロッグが持つヘソの緒状のバイオ器官の先に、小さなバイオニンジャが生えてきていたのだ」「ユカノもまた、この神秘的な現象を前にして大いに感嘆し、「産みの苦しみだったようですね」と安堵の息を吐いた」 いやいやいや……ユカノさんさらっと流してますけど、これとんでもないことじゃないですか。ミーム生物であるはずのニンジャがジーンによって子孫を産んでいる。フロッグボーイの素体となったフロッグマンのソウルは既に爆発四散によってキンカクへと回帰済み。だとすると、フロッグボーイは「ソウル」と共に誕生したのか、それともエルドリッチやジョウゴ親王のような「ソウルなきニンジャ」として誕生したのか、あるいは、ニンジャと名前がついているだけの「リアルニンジャでもモータルでもない」別種なのか……? フロッグボーイ、バイオインゴット代替物の材料を分泌したり、バイオニンジャの中でも非常に特例的なんですよね。というか、ハイドラではなく、こいつこそがバイオニンジャの「完全体」じゃねーのかという気もします。(シャード(33)にある通り、カンゼンタイもまた有機体を吸収することで自らバイオインゴット成分を生成できる)

 素体となったフロッグマンがそれほど特殊なバイオニンジャでなかったことも輪をかけて不気味ですよね。この変化は「取締役会を飲み込んだ」という極めて単純なアクションによって生じているわけで……つまり、ヨロシサンって、作ろうと思えば簡単にバイオインゴットを必要としないバイオニンジャを作れるんじゃないでしょうか。ヨロシサンの特色として「完全なものを作らない」というものがあると思ってまして……それはたとえばバイオインゴットを必要とするデザインだったり、寿命が短いクローンヤクザだったり、ヨロシ・ジツであったり……とにかく管理のために制限をかけることを徹底している。ヨロシサンはもしかすると、とっくの昔に「完全体」は得ているのかもしれません。4643年を支配するヨロシサン・ロブスターは、原典の劣化コピーであり、デッドコピーでありました。バイオニンジャの杯とはトランスペアレントクィリンのガンマバーストによって何かを歪めて作られたものでした。カンゼンタイの本来の生態は、無尽蔵に有機物を吸収し、惑星環境そのものとなるものでした。彼らの母星、その正体。「本物」の、「完全体」。しかし、それを知りながらも、あくまでも「完全体」ではなく「カンゼンタイ」を求める姿勢こそが、母なるもののイミテーションであり、新たなオリジナルでもある彼らの在り方なのかもしれません。そしてそれは、究極の兵器として開発されながらも暢気に飯を食ってるハイドラや、バイオ生命体でありながらも自らを野生の恐竜だと自認するダイナソー・クランに結びつく価値観でもあるでしょう。

わすれっぽく、そしてプリミティブなもの

 これは、ハイドラが「地下遺跡のことはすっかり忘れてしま」うまでのお話です。原典からの連続性を忘却したとき、模造品はオリジナルとなるというお話です。つまり、バカはフリーダム! バイオの証である緑色の血を流しながら「俺たちは、お前たちバイオをあなどっていた」と述懐し、並び立つ恐竜とニンジャの絵画を眺め、(おそらく)恐竜の方に感情移入するヘルレックス。野生で自然なプリミティブな強さが、タルサドゥームの如き文明野郎をぶっ潰す!まるでそんな風にお話を語り上げながらも、実は野生の象徴であるかのように描かれている彼らの方こそが、生体工学という文明の精粋であるというバグり具合。これは、定義のミルフィーユの中層にナイフを滑らすような、言語SFさながらの難しいテーマであり(言葉を使って「言葉が正常に機能しない」話を書くことは難しいと思う)……しかし、本エピは、それを「忘却」という具体的な形で作中に落とし込むことで、おバカで愉快なドタバタエンタメに仕上げてしまっています。これは、はっきり言って無茶苦茶です。魔技の類です。なんでこんなことができるんですか? 小説ぢからが最早彼岸の領域に達している。私はボンモーが怖いよ。

 このエピの一番好きなところは、「奴らとは一度カラテでわかりあったが、彼らは頭が悪くてそれを忘れてしまう」というサワタリの問題提起から始まった癖に、「カラテでわかりあったから問題解決大団円!」で幕を下ろすところです。地の文までプリミティブになっちまったのか? 「話し合いで解決せよ」もほとんど実践されてないし、ダイナソーは最終的に「怪しい奴は殺すのがいい」とか言っている。なんも解決してないどころか悪化している。けど飯がうまいし今が楽しいから問題ないぜ! ……きみたち、頭コミタくんかよ……。全くどうしようもなく暢気で、そして危険な奴らだぜ。つまりは、「ルーツに関係なく、彼らはカラテとカラテで理解しあった」「そしてそれが尽きたらどうなるか……ダイナソーたちは深く考えていなかったのだ」なんですな。過去を忘れ、未来を考えず、現在という一点だけに、その幻のような概念上の点に満ちる「楽しさ」だけに、彼らは雄大な身体を横たえ、ゆったりと肉と草を食む。

 獣は時間の概念を持たないって書いてたのは京極夏彦でしたっけ? 彼らにあるのは、蓄積された結果としての「現在」であり、その一点だけに存在する本能という判断材料に則り、刺激に対して反応を返す。プリミティブとは、連続性を持たないということであり、それはつまり、相手の物語質量をまるまま無視できるということでもある。これはミーム生物・ニンジャの闘いにおいて大きな有利であり、それはフジキドが格上のサザナミ・ニンジャを破ることによって証明してくれています。ただ、フジキドは「自分の物語質量はそのままに、相手だけを無視する」というウルテクを使ってたので、ダイナソー的手法よりはるかに格は上ですね(ダイナソーにインガオホーは使えないが、フジキドは使える)。野生の強さを解析し、より強い形に作り替えてしまう。その過程を連続性をもって引継ぎ、必ず完成へと到達する。野生も強いけど、文明ってやつもやっぱすげえもんだぜ。

 あー、文明で思い出しましたけど、論理聖教会の教えって案外ダイナソー連中の価値観に近いのかなって話を最後にしようと思います。「わからない。やはり殺すしかない」とは、すなわち不明を全てを塗りつぶせは世界は理解に満ちるという単純化であり、それは世界に値段をつけて(数字の大小のみに還元して)全部わかるようにしちゃおうという論理聖教会の教えとほぼ一致しています。ダイナソーたちは頭が悪いから教会にたぶらかされたわけでなく、そもそも似通った土壌を持っていたということですね。ただ、教会はあくまで恐竜ではなく人間の知能に向けて宣教を組んでおり、それは「祈れば実利が舞い込む」という単純な因果であるわけですが……前述の通り、彼らにとって「因」は忘却するもので……。ある意味、教会自身よりも純粋に教会の教えを実践していたダイナソーたちにとって、彼らがよかれと思って付け加えた肉付けは全てノイズでしかなかったのでしょう。本質はブレないながらも硬軟使い分けることができる教会の強さ・したたかさが、完全に空回りした格好になったのだと、私は考えています。

未来へ…

 タイクーン五芒星の一端がアマゾンに置かれていることもあり、俄然本編登場の熱が高まってきたカンパニー。今後の取り扱い方が読めないという点では、やはりダイナソーの面々の活躍が気になりますね。全部忘れてしまっているのか、それても蓄積した果として彼らの「現在」と「本能」に何かしらの変化が生じているのか。三人の中では、ロングモーンさんが特に好き。あの立ち位置のキャラなのに、わからないことを素直にわからないと言って困るのが好感度高すぎる。参謀要素が首が長くて物事を俯瞰できるという点しかないのがおもしろすぎるし、何なら空を飛べるウイングドテラーさんの方が俯瞰能力は高くないか……? 

 あと気になるのは、ユカノですね(そういえば「忘却」は彼女のテーマの一つでもありますね)。メインドージョーは相変わらずささやかなカルチャーセンターに留まっているようですが、ニンジャピルやユカノ・アンなど、彼女のミームが彼女のあずかり知らぬところで拡大しているのは興味深いです。ユカノの物語において、彼女から切り離された「彼女」はおおよそトビゲリすべき敵となっているわけですが(ティアマト、アムニジア、ドラゴン時代の邪悪発明品の数々……)、これらはどうやらそういうわけでもなさそうで。特に、ユカノ・アンは相当デカいギミックを用意してそうなんですが、今のところ全く本編に絡んでこないんですよね~。

■note版で再読
■4月4日