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【2019忍殺再読】「アイアン・アトラス・バトルロイヤル!」

高解像度混色暴力混沌ピタゴラ装置

 繁華街レイド・チョウを代表する四つのギャングの抗争、そしてそれを裏から操る邪悪不良ニンジャコンビと、劇場版不良ドラマの王道をゆくアイアンアトラスシリーズ初長編。私はHiGH&LOWシリーズは履修してないので、IWGP(池袋ウエストゲートパーク)シリーズを想起したのですが、まあ、これは無知能暴力短編なので、IWGPのようにお行儀もよくなければ道徳を説くこともないわけで。(でも、マグナカルタさんの「相手のフッド(地元)やカルチャーをディスったらマジの戦争だろうが!」はちょっとIWGPにありそうなセリフじゃない?)あと、どうでもいいですけど、マグナカルタさんの名前、マグナニムさんと混同しがちなんでなんとかしっかり覚えたいですね。

 ボンモーはよく、長編を十作はかけるだろう情報量を1エピソード内に詰め込む大贅沢をかましてくるんですが、本エピソードもまたその典型。登場する四つのギャング……四二円茶(ラップ)、ツルワカメ(ホスト)、カジュアリティーズ(人体改造)、スカルボーン(ライダー)は、いずれも独特の文化背景を持っており、何より1シーズン支えるに足るドラマ爆薬を抱えた魅力的なクズ共。ヤクザたちの「ソンケイ」とはまた少しずれた四つの思想・道徳が高解像度のまま超圧縮された前半の情報量濃度は原酒のように濃く、ゆえに、ただ目の前の人間を殴るbotでしかないアイアンアトラスの飛びぬけた情報量の少なさが際立ちます。というか、そのために意図的に情報量を増やしたんじゃないでしょうか。アイアンアトラスはそれ単体ではドラマも何もないただ前進する拳でしかないですが、その周囲を彼以外の情報でぎっしり埋めることで(普段はコミタくんの懊悩がその役割を果たしていますね)、彼ではなく、その周囲にドラマが生まれる。いわば、ルーブ・ゴールドバーグ・マシンに落とされたパチンコ玉なんですな。パチンコ玉は、あくまで転がっているだけなのである。

アスタロスとユーチャリス

 初読の時も再読の時も思ったんですけど、アスタロスとユーチャリスのコンビがめちゃくちゃいいですね。至尊。聖典ヒュージ&アースを筆頭に、様々な名コンビを輩出してるニンジャスレイヤーの敵チームですけれど、AOM入ってからはより火力が増している気がするぜ。いわゆる、ジャイアン・スネ夫型のコンビであり、戦力としても格としても圧倒的にアスタロスの方が高いんですが、コンビとしての主体がユーチャリスにあるのがおもしろい。というか、アスタロスには何もないですからね。瞬間瞬間の快楽に飛びつくだけの虚無の暴力。過去と未来という概念を持たない、刺激と反応だけの獣であるアスタロスの人間性を担保してくれるのがユーチャリスなんですね。ウィルムケープにヘコヘコしながらも、レイド・チョウへの憎悪を語る時だけ温度が上がるユーチャリスさんは大変かっこいい。彼の野望は、おそらくアスタロスの興味の外でしょうし、そもそも非常につたないもの。アスタロスは、それが自分の欲望を満たせる最善手でないにも関わらず、「ユーチャリスだから」というだけの理由でそれに乗っかっている。

 繰り返しますがアスタロスは虚無です。目の前にスシがあるから食べ、目の前に女がいるから抱くだけの獣です。刺激と反応の暴力装置。目の前にいる奴を殴るbot。はい、実質アイアンアトラスですね。彼らにほとんど違いはありません。いずれも極端に情報力が少ないキャラであることも、その同一性を加速させています。しかし、アスタロスには知能があった。ゆえに、立ち止まり、それが虚無であることを気が付いてしまった。そして、虚無を他者の物語で埋めてしまった。余計なジツを得てしまった。拳に付与された物語は、カラテをけばだたせ、摩擦を増やし、速度を落とす。理論上の摩擦ゼロ、一切のドラマもなくぶっとんでくるアイアンアトラスの拳に、彼の拳が打ち負けるのは、少なくとも「アイアンアトラスシリーズ」においては必然でしょう。しかし、アスタロスはその敗因である物語性……人間性……「アクマ・フィーンド・ジツ」……「カラテを持ってる奴を、アゴで使う力」の体現ともいえるユーチャリスそのものと言えるジツを決して捨てはしないんですね。瞬間瞬間の欲望に生きる獣が、その選択だけは別の指針で選択をしている。「スシを食べよう」と未来の話をしている。アスタロスはユーチャリスの夢の体現であり、ユーチャリスはアスタロスの最後に残った人間性なのです。すげえいいコンビだ、本当に。

目の前にいる奴を殴るbot

 本エピソードの最も凄いところは、主役であるアイアンアトラスが本編と徹底して無関係であることだと思います。こいつ、目の前にいる奴をなんとなく殴ってるだけですからね。無知能ゆえに本質をつくだとかそんな軟弱なブレすらなく、マジでただ殴ってるだけ。その辺歩いてるモブペケロッパの方がまだ情報量がありますよ。なんなんだこの主人公。アスタロス以上の刺激と反応だけの獣であり、コミタくんの「今が楽しければそれでいい」を助長するバカであり、それを虚無だと認識する脳味噌すらない無知能、それがアイアンアトラスです。「この世はクソだ」「退屈で死んじまう」「尊い刺激が必要」と語るアスタロスさんに「?」ってなってるのほんと最高。「刺激を望む」時点でアスタロスさんは頭がいいんですよ。真の情報量空っぽ野郎は望まない。ただ、刺激に返すだけです。botです。この世はクソだと気がつく頭がなければ、人生の全ては幸福で埋め尽くされる。周囲を囲む境界線を知らなければ、世界はどこまでも無限に広がっている。ビガーケイジスを打ち破る、たった一つの冴えてない方法がここにありました。

 目の前にいる奴を殴るとより強い奴が殴り返しにくるのです。ギャングを殴ればギャングのボスが、ボスを殴ればケツ持ちのヤクザが殴り返しにやってきます。一般人であっても、警察がやってきます。インガオホーと古事記に書いてあるし、やったらやり返されるとシャーマンキングにも書いてあるし、作用反作用と物理の教科書にも書いてある。普通の人はだから途中でやめるんですね。キリがないことがわかるから。しかし、アイアンアトラスには未来を想像するという頭がない。無知能のあるがままに、組まれたプログラム通りに、目の前の奴を殴り、やってきたより強い殴り、さらにやってきたよりより強い奴を殴る。アイアンアトラスシリーズは、その暴力のエスカレートを描くシリーズ(モータル→ギャング→タランテラ→アスタロス&トップギャングニンジャズ)であり、レイド・チョウという狭い箱の中でそれをやってきました。今回までは。

 いやー、出てきてしまいましたねソウカイヤ。私はね、アイアンアトラスは相対的に強く見えているだけで、底辺ニンジャの部類だと思ってたんですよ。戦闘が本職ではないですしね。でも今回それが間違っていることが示された。一線級のヴァニティとバチバチに殴り合っている。ヤベーですよこれは。暴力のエスカレートが箱の中で完結しなかったってことですからね。辿り着いちまいますよ頂点に。ラオモト・チバを殴るアイアンアトラス?呆けたこと言ってるんじゃありませんよ。カツ・ワン・ソーまで行っちまうって私は言ってるんです。だって、アイアンアトラスに躊躇はありませんし、情報量の少ない者が勝つアイアンアトラス時空において実質無敵の無知能チャンピオンですよ。このまま何事も起きないと、間違いなく事態は父祖殴りにまでエスカレートする。頼むUNIXマン。奴の友達になって、奴の情報量を上げてくれ。このままじゃ時をかけるヤクザのせいでただでさえ大ピンチの本編が輪をかけて無茶苦茶になる。お前が奴のユーチャリスになってくれ。

未来へ…

 とはいえ、一足飛びでソウカイヤとの殴り合いになることもないでしょう。ギャング編が今回で終了だとして、順当に食物連鎖を駆けのぼるなら、次はヤクザ編でしょうか。スズメバチの黄色の連中とか出てきてくれたら嬉しいですが。ただ、オニ・ブリゲイド方面に行く気もするんですよね。アイアンアトラスにぶん殴られるアナイアレイター見たくないですか?あいつ結構ごちゃごちゃ難しいこと考える奴になっちゃいましたからね。間違いなく殴られますよ。

■note版で再読
■2019年11月30日