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【忍殺】オハギ、恐るべきその実態

 お盆休みなのでフィスト・フィルド・ウィズ・リグレット・アンド・オハギを読み返していたのですが、「オハギ」って第一部の昔から登場している割には未だ自分の中の認識が上書き保存されていないなあと気づきがありまして。そういえば、「ウェルカム・トゥ・ジャングル」で監禁されたモニカさんがオハギ漬けにされる痛ましいシーンでも「ウワッ、えぐいな……」という忌避感の後にそれがオハギであるというおもしろさにクスリと笑ってしまったんですね。いや、先に忌避感が来る時点でたいがいおかしいんですけども……。

■オハギとは?
ニンジャスレイヤーに登場する違法薬物。ドラッグを「オハギ」と言い換えているわけではなく、忍殺世界ではマジで「オハギ」がドラッグと同じ効果を持っている。オハギの何がそんな麻薬成分として働いているのか、アンコの甘さなのか、だとしたら饅頭もドラッグなのか、規制すべきはオハギでなくてアンコなのではないのか、ガンドーさんはオハギは嗜まないのか、興味が絶えないのでシャードを楽しみにしております。

 ヘッズ(ニンジャスレイヤーのファン)の重篤化を表す指標として「マルノウチ・スゴイタカイビルで笑えなくなる」というものがあることは大変有名です。ニンジャスレイヤーは本当にこういうのが多くて、ある言葉・ある物事に対する読者の認識に上書き保存をかけてくる小説なんですね。その例として一番代表的なものは言うまでもなく「ニンジャ」でしょうか。この点については語り始めるとキリがなく、シナリオ面に巧みに取り込んでいたり、根っこの作品テーマとも大きく関わっていたりするのですが……今回はあくまでも、「トンチキ」が「トンチキでなくなる」までの過程のお話。

 段階としてはざっくり三つに分かれるでしょう。①トンチキで笑える ②真面目にとらえるが冷静になるとトンチキで笑える ③真面目にしかとらえられない の三つです。ここでこれを、①左 ②中央 ③右 と呼称しましょう。現状の私は、マルノウチ・スゴイタカイビルは右、オハギは中央にあるわけです。オハギはどうしても現実のオハギが脳裏にちらつくので、まだ右には動かしきれない状態、といったところでしょうか。同じ現実日本語ベースであってもカブキは右ですが。これは、私にとってオハギは日常の一部であり、歌舞伎は非日常であるという証左かもしれません。

 私にとってのオハギを始め、中央状態に位置する物々の存在は、忍殺を読む上でこの上ない楽しみを与えてくれます。物語世界にのめり込んだ状態において、ぐらりと足元がゆれるということ。架空の世界を旅の途中で我に返ってしまうことは、おおよそフィクション作品において悪いことのように語られますが、ニンジャスレイヤーにおいて、それは「醍醐味」の一つと言っていいでしょう。それは下手をすれば物語への熱中を阻害する危険な要素となりえますが……危険であるがゆえにたまらないスリルを我々にもたらし……また、原作者により自分の認識と語彙が汚染されてゆく背徳的な快楽も伴い……アアー……憎くて黒いその甘味……。


 最後に蛇足になりますが、この左から右への移行状態、ヘッズ間で比較したらおもしろいのではないかと思ってます。言葉への認識っていうのは、その人間の個性・体験を強く表す要素の一つでもありますし、何というか自己紹介に使えそうですよね。ヘッズの平均と自分を比較して、自分の中での忍殺の位置を見つめ直すのも楽しいかもしれません。たとえば、シュギ・ジキは多くのヘッズにとって未だ左だと思うんですが、私にとってはガチガチの右なんですね。ヘヴィレインの最後によって完全に上書きされてしまいました。逆に、ヌンジャはまだ①ですね。ヌンジャって言葉の響きがおもしろすぎてどうしても右に動かすことができない。それにしても、全てが③に至っている恐るべき重篤理論値ヘッズは実在するのでしょうか。さすがに原作者以外存在しないと願いますが……。