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【小説】ビロウパズル

 新年の小説読書キックスタートは何にしようかと迷って、今、白井智之の連作長編推理小説『お前の彼女は二階で茹で死に』を読んでいるのですが、これがまあ読み始めのめでたさもへったくれもないクソえげついない品性下劣なアレでしてもう最高でこの三連休ずっとゲラゲラ笑う破目になりました。去年読んだ『少女を殺す100の方法』もマーベラスでしたが、これはそれ以上ではないか? というか、白井作品、刊行数を重ねるごとに完成度と面白さがパワーアップしてるんですよね。ヤバい。いや、まだ読み終わってないんですけどね。読み終わってないんですけど、この楽しさをリアルタイムのままnoteに落としこんでおきたかったし、皆にもどんどん読んで嫌な気分になって欲しいのでこうして筆をとっている次第です。いいから読めよ。おもしろいし胸糞悪いしで最高だぞ白井作品は。

 白井作品の特徴は二つあり、一つはパズラーであるということです。このnoteの最大読者層はたぶんヘッズ(ニンジャスレイヤーファン)だと思うので説明しますけど、実は私もこういう用語はふわっとしか理解してないので合っているかわからないのですけれど、一言でいうならばパズルのように精緻に組まれた推理小説だということです。作中の描写の全てはパズルを完成させるためのピースであり、言い換えると、無駄な描写というものは一切ありません。今、あなたが読んでいるその文章は、必ず真相を看破する上で意味をもった描写であり、それは探偵の推理に組み込まれることが保証されています。いわゆる、『このミステリーがすごい!』とかが定義する広義のミステリではなく、より推理ゲームとしての遊戯性の高い奴、まあ、本格推理小説って奴ですな。

 二つ目の特徴は、品性が下劣だということです。何を言っているかわからないって? わからないなら例をあげましょう。本作はいわゆる特殊設定ミステリ(現実とは異なる特殊設定のある世界での推理小説)で、そういうのはまあ普通吸血鬼が存在するとか死んでも蘇るとかそういうのなのですが、白井作品は違います。例えば本作収録作の一つはこれです。「股間から油脂が排泄される奇病にかかった男を監禁し、その油脂で料理を作る中華料理店」 なんか……汚い。おかしい……僕たちの愛した推理小説はもっと上品で知的な思考ゲームだったはず……。が、白井作品は全編通して下品です。衛生観念は最悪で現場は大体糞尿とゲロと精液でドロドロだし、倫理観もぶっとんでおり乳幼児が登場すると大体ゴア死するし女性はねっとりとした不快描写を伴って強姦されます。オチは大体ろくでもないし嫌な気分になります。そも、名探偵が拉致監禁されて数年間暴行を受けながら推理を強要されている奇形児って設定だし、主人公がその拉致監禁犯ですからね。なんたるろくでもなさ! こんなひどいシーン読み飛ばすしかないぜ!!

 ……が、読み飛ばせないのです。わかりますか。先に述べた通り本作はパズラーです。残念なことに、心苦しいことに、腹立たしいことに、読みたくもない品性下劣描写には全て推理に必要な手がかりなのです。我々はそれがいくら汚くとも、うんこと精液とゲロでできたピースを手に取りパズルを組み立てざるをえない! しかもそのパズルが腹立つことにとんでもなく完成度が高い!推理小説ファンとは「ふ~んよくできてんじゃん。でもこの描写には必然性がないね。瑕がある以上本格とは言えないね」とか上から目線で作品にマウントとる集団なのですが(そんなことないよ)、白井智之はそんな連中の様子を見て邪悪ににやりと笑い、こう言うのです。「は~んじゃあ必然性があるなら読むんだな? 読めオラ!オラちゃんと読め!(読者の顔を便器につっこみながら)」と。白井作品を読んだとき、我々は初めて気が付くことができるのです。推理小説の読者とは、解決編を人質にとられた弱者なのだと。作者の提示する要求を、全て飲まざるをえないのだと。そして、実は自分たちは、それが大好きな人間なのだと。