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【2020忍殺再読】「レリックブレイカ:ハードタイム」感想

暴力関数

 故買仲介業を努めるヒガ・シロキことルイナーを主役としたレリックブレイカ・シリーズの1つ。本エピソードにおいては、その助手(?)であるヤコ(ラスウェイブ)との出会いが描かれる。2人を否応なく巻き込んでゆく形で、舞台ヨハネスブルクの暴力沙汰が描写されてゆく本作ですが、ネオサイタマとはまた違う低体温なアトモスフィアがとてもクールでおもしろい。ネオサイタマの暴力は、どこかコミカルさが伴うケレン味に溢れたものが多く、打ち上げ花火のようなめでたさがありますが(当然、冷酷でおぞましいものとして描かれるエピソードも多々ありますけど)、本作ヨハネスブルグの悪党たちの奮うそれは、ひたすらに冷酷で、乾いていて、そして日常の延長線上にある嫌な生々しさを伴います。言わば、ハレの暴力とケの暴力ですね。そして、後者を最も強く体現しているのが、前編で活躍するモーグマンというニンジャでしょう。

 モーグマンは囁き、立ち上がった。ヤコは泡を吹いて痙攣していた。モーグマンはヤコを見下ろし、抑揚のない声で言った。暴力の意志が強まるほどに、その感情は爬虫類じみて淡白になってゆくようだった。
……「レリックブレイカ:ハードタイム」前編 より

 モーグマンがヤコに対し、がっつり長尺で拷問・脅迫を行う一幕は、本エピソードを代表する名シーンだと思います。人間の精神的な退路を断ち、一歩一歩追い詰めてゆく様が極めて丁寧に描かれており、これはおそらくtwitter連載では見ることのできない部分なんじゃないでしょうか(140字ペースでこれを流されると、さすがにくどい気がする)。いいですよね、モーグマン。ほんのちょい役でしかない彼ですが、個人的には本エピソードの登場人物の中では1番好きですね。ヤコにニンジャソウルが憑依した時の「今、なりやがったのか? 珍しい事もあるもんだ」という淡々とした感想や、ヤコのキックを受けての「ヤコ! テメェ……! いいキックしてるじゃねえか……」という兄貴分めいた感慨など、今の今まで自分が拷問した相手に対して、奇妙な親しさを見せている台詞まわしが素晴らしい。

 殴り合いも殺人も、拷問も脅迫も、モーグマンの世界の中では当たり前の日常で、それをやったりやられたりする関係性も、彼の中ではごく普通の人間関係にすぎないのでしょう。我々が当たり前に行っているコミュニケーションは、彼と彼の暮らす社会という関数を通すことで暴力に変換されている。モーグマンがヤコを舎弟だと語る台詞に対し、ルイナーは「そうは思えなかったがな」と返していますが、案外、モーグマンの中では本当にそういうことになってたんじゃないでしょうか。勿論、モーグマンはヤコの命や健康なんて鼻紙のように踏みにじるでしょうし、その関係性に全くリスペクトはないでしょう。ただ、殴りつけ、踏みにじる悪意と殺意に満ちたその関係性は、彼の中ではごく当たり前のものであって、それが「親しい」ことや「舎弟」であることとは矛盾はしていない。利用して殺してしまう人間であっても、「舎弟」になりうる世界観。暴力の世界に暮らす人間の、「日常」の恐ろしさを、彼は身をもって体現してくれました。

ルイナーも歩けば棒に当たる

 レリックブレイカ・シリーズなのに、主役のお前はレリックブレイカじゃねーのかよ!という感じのルイナーさんです。故買の仲介業という、なんというか絶妙に目立たない立ち位置が実に彼らしくて味わい深い。さすが長年シマナガシの中で一番地味な役どころをやってきた男は格が違った。フードとれ、フード。顔見せろ。また、シマナガシのメンバーの中では、最も暴力に精通した(暴力を体系だって学習し、技術として習得している)立場でありながら、一番それからかけ離れた職に就いちゃってるのもおもしろいですね。スーサイドと仕事を交換した方がいいんじゃないでしょうか。

 私は再読するまで、このエピソードを「お人よしのルイナーが、ついヤコを助けてしまってトラブルに巻き込まれる」話だと思い込んでいたんですが、読み返すと全然助けてなくて驚きました。モーグマンとの接触ではヤコを完全に無視して自分の持ち物を持ってさっさと帰ろうとしていますし、その後の展開も全て身に降りかかった火の粉を払ったのみです。忍殺のメインキャラクターたちは、何だかんだでお人好しな側面を見せることが多いですが、その中で「ギャングに痛めつけられる子どもを見捨てることができる」彼のドライさは、目立った個性であり、強い魅力であるように思います。勿論、道端で気絶してるヤコを拾って治療をしてやるなど、「イクサを伴わず、自分の身に危険が及ばない程度の人助けならばやる」という当たり前の善良さを備えてはいるのですけれど。でも、その線引き自体がドライですよね。かっこいい。

 作中に置いて、徹底してクールな態度を示しているにも関わらず、なぜか「お人好しのルイナー」のイメージがついてしまう理由としては、やはり、ヤコが悪いでしょう。改めて読み返すと、こいつ想像以上に無茶苦茶やってて笑ってしまいました。我々読者はこいつによって、完全にルイナーの印象操作を受けています。ナメられたらおしまいのルイナーにとっては、ヤコの文脈構築能力は、恐るべきジツ、恐るべき強敵と言えるでしょう。「アンタはさ、どうして俺の事助けたんだ?」とい王道の台詞を吐いていますが、ルイナーもさぞ「助けてねえよ!」と言いたかったことでしょう(ルイナーはお人好しなので、そうは言わず、今後の身の振り方を丁寧にアドバイスしてしまうのですが……やっぱりお人好しなのでは?)。中でも、個人的に特に好きなのが以下の一幕です。

「俺の事、ラスウェイヴって呼んでくれねえか、ルイナー=サン!」
「アアッ!?」
「や……やっぱ今はいい」「……」

……「レリックブレイカ:ハードタイム」後編より

 ブチギレてるルイナー、めちゃくちゃおもしろい。何度読んでも声に出して笑ってしまう。この話は別に「お人好しの兄貴分が未熟な弟分を助けて、一人前と認める」話でもなんでもないんですよ。それは全部、ヤコくんが勝手に思い込んでることであって、ルイナーからしてみれば完全に冤罪。見捨てたガキのせいで、家が爆破されてなくなった挙句、その当人から「さすが兄貴はすげえや……いつかは俺も……」されたらそりゃあキレますよ。ハードタイム(苦労)が過ぎる。ヤコの作った文脈がバイアスのかかったものであるのなら、実際のところ、この話は一体何だったのか。「お人好しの兄貴が人をつい助けたこと」がトラブルに巻き込まれた原因じゃないのだとしたら、それはもう「ヤコに荷物を盗まれたこと」でしかないでしょう。道を歩いているだけで、荷物が盗まれ家が爆発する男、ルイナー……。

「で、その荷物をヤコに盗られたマヌケってわけか。ハハァ……」
「まあ、そういう事だな」

……「レリックブレイカ:ハードタイム」前編より

 総評すると、本エピソードは、道をぼんやり歩いていたニンジャがマヌケだったので、荷物を盗まれ家を失った話となります。本当にかわいそう。是非、シマナガシ・メンバーの中で回し読みして頂きたい名短編だと私は思います。

未来へ……

 レリックブレイカなのに、まだ肝心のニンジャレリックが出てきてねぇし、ブレイクもしてねぇ! ということで、今後の楽しみとしてはやっぱりルイナーとヤコに、レリック探しの冒険をしてほしいですよね。ウミノ先生たちともどこかで絡んでくれると嬉しいのですけれど。また、レリックブレイカというシリーズタイトルは、忌まわしきニンジャレリックから世界を守るために破壊して回る、みたいなコンセプトを感じるのですがどうなんでしょうか。後に公開されたホロウシンガー編は、実際そういう味付けでしたけど。なんにせよ、今後の展開が楽しみなシリーズの1つです。

■2021年4月3日にnote版で再読