無題

夕暮れ爆弾はおそろしい

 顔面をすりおろされた女の横で、弟はペットボトルに小便をしていた。

「竹郎にいちゃん、おわったんだけどさ、このひと誰だったの」
「『ふひひほひはひ』」
「なにそれ」
「知るかよ。ヤクの打ちすぎで呂律がアレだったんだと」

 ふうんと弟は首をかしげ、指についた小便を舐めた。

「梅郎の頭に包丁叩き込んだのが俺の人生で一番の成功だよ」と親父は言う。癇癪持ちで頭が悪い。作るラーメンはドブみたいな味がして客も来ない。息子もニート二人にヤクザ一人のクズ揃い。そりゃあキレても仕方ないし、母さんのことを尋ねた梅郎にも非はある。だが限度ってあるだろ? 

 割れた頭から脳みそをこぼして以来、弟は倫理観をどこかにすっとばし、排泄物を流すことをやたら怖がるようになった。親父の親父の親父がやっていたというこの電気屋は、イカレた梅郎を飼うための小屋で、小便入りのペットボトルと糞入りのタッパーが山のように積まれている。あと仕事場。アウトソーシングだと親父は意味もわからず胸をはる。兄貴からもらった仕事だ。拷問。脳みそが足りない弟には、それができた。

「ふひひさんはなにをしたの?」
「会長に息子がいるだろ。10歳の」
「星雄くん?」
「そう。公園でな、チワワを木に吊るしてライターで炙ってたらしい。ふひひのお姉さんはそれを見てブチギレて、殴った」
「星雄くんが悪いんじゃん」
「会長の息子を殴るのが悪いんだよ」
「で、そのチワワってのがそれ?」

 俺が岡持ちから引きずり出したぷるぷる震える動物を指さし、弟は言った。今回一番得したのがこいつだ。助けてもらった上、飼い主もできた。俺も一度くらい顔面を炙られてみるか。運がまわってくるかもしれない。

「えっ、オレが飼うの?」
「名前つけろよ」

 熟考の末、〈ゆうひ〉がいいと弟は言った。焼かれた顔の肉が夕陽みたいで綺麗だからと。弟はやっぱりイカれてる。だが、俺はその肉まんじゅうみたいな笑顔が嫌いじゃなかった。

【続く】