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春の夜

コツコツ コツコツと足音が、暗闇の中から私をみつめるようについてきていた。

「またか…」
足音はそうやって私の背後に時々現れた。
気にはなるけれど振り向く勇気もなく、カチカチに力の入った膝でぎこちなく早歩きしているうちに、いつのまにかその音は闇の中に紛れて消えた。
ほっとして歩き出した私の背中を車のヘッドライトが照らした。私の前にすぅーっと伸びる影は私の歩調に合わせてゆらゆらとゆれた。
なんとなく立ち止まると私に一歩遅れて影が止まった…ように見えたのは気のせいか。
私はまた自分の影をみつめながらゆっくりと歩き出した。
ゆらゆら ゆらゆら ゆらゆら ゆららら…
ん?やっぱり私の歩調とそれはすこしズレていた。
私が止まる。影はそれを見てから止まる。
私が歩き出す。影も歩き出す。
コツコツ コツコツ コツコツ コツ…
止まる。…止まらない…
影が止まらずに私の前へとどんどん頭の先を伸ばしていく。
早歩きをすると影も早歩きでついてきた。
コツコツ コツコツ…
いつもと違い、足音はどんどん距離を詰めてくるのがわかった。
私は早歩きをして影から距離をとろうとするけれど、今日はいつもと違って影は距離を詰めてくる。私は恐怖に金縛りにあったように目線だけをキョロキョロとして前に伸びている影を見ていた。
コツコツ コツコツ…
いよいよ影が私のすぐ後ろまで迫ってきている。私は身を固くして目を閉じ、神様に最後になるかもしれない祈りを捧げた。
コツコツ コツコツ コツコツ…
コツコツ コツコツ コツ…
「え?」
コツコツ コツコツ…
私とは関係なく前へとどんどん伸びてゆく影。
私は小さく震えながら影をみつめていた。
影が、影が、いよいよ私の背中のところまで迫ってきた。勇気を出して振り返る。

春の夜の風がひゅるるる〜っと、私を追い越していった。

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