インドネシアの華人

 20年近前、インドネシアのジャカルタへ旅行した。一番の目的は台北で知り合って僕と半同棲生活をした後、インドネシアへ帰国したインドネシア華人の彼女に会うためだった。ジャカルタ滞在中ホームステイさせてもらったお宅は彼女の親戚で客家系華人の家だった。
 そこの家のお爺さんが「自分の人生は常に権力者から言葉の習得を強要された人生だった。母語は客家語だが最初はオランダ語、次にジャワ語、日本語、インドネシア語の習得を順番に強要された。最近では華語(共通中国語)を勉強しろと言われている」と語っていたことが強く印象に残っている。
 そのお爺さんは僕の彼女の叔父さんの奥さんのお父さんだった。その家の主人は彼女の叔父さんで、彼女の従姉妹や奥さんのお父さんや他の親戚も一緒に暮らしていた。
 叔父さんと叔母さんはインドネシア語も中国語も客家語も潮州語も話せたが、従姉妹たちの中でもまだ小学生や中学生だと、中国語はほとんど理解できないようだった。そして、親たちの母語である客家語は聞いてわかるけど、うまく話せないようだった。でも英語はかなりのレベルを身につけていた。
 僕の彼女は父親が潮州人だった関係で、普段は潮州語のほうをよく使っていたが、客家語も話せた。他に中国語、英語、台湾語、少しの広東語も話せた。僕は彼女と付き合っている時に潮州語と客家語を少し覚えた。

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