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『おちょやん』87 寛治は満州へ向かう

 昭和20年(1945年)3月13日、第一次大阪大空襲は福富楽器店の菊と福松の命を奪いました。みつえと一福は天海家に居候をすることになったのです。

お国のために満州へ

 そんな中、寛治が満州へ慰問へ行きたいと言い出します。日本の芸能史と満州のことは放置してはあかん話ですね。満州映画協会に李香蘭。そこをスルーするつもりはないと。一平は冷静なので負けるからあかんと止めますが、寛治は自分が社会に役立ちたいと目覚めたことを真っ直ぐな目で語ります。
 どうでもいいと投げ出していたけど、一平と千代と暮らすうちに、社会貢献したくなったのだと。それはある意味正しいことではある。日本人としてあの戦争を語る上でつらいのは、当時の人は社会や国をよくするために出征するなり、銃後を守るなりしていたことでして。その結果を非難されたら受け入れねばならないという一方、動機説明がうまくできなくて苦しいんですね。これはナチス時代を語るドイツの人、文革を語る中国の人もそうかもしれない。ヒトラーユーゲントも、紅衛兵も、「これが社会の役に立っとんねん!」と思いつつやっとったと思うんですよ。
 今大河でやっとる水戸学信奉者さんもそうやな。
 真っ直ぐな目で語る寛治を送り出すとき、千代は銃後の母になります。止められません。
 寛治が世の中どうでもええと捨て鉢だったら、満州なんて行かないのに。

 千代は毎月お給金を送るように言いくるめて送り出す。金目当てというよりも、それで無事を確認したいのです。そしておにぎりを差し出す。白いご飯は無理やったけど。百合子と小暮のときを思い出しましょう。あのときは白いご飯のおにぎりで、もっといろいろつけられた。それがもうできない。
 このドラマはどんだけ食べ物がないかを描いていて誠意を感じます。戦争中の記憶ではっきりしているのはそこでして。アニメ映画『この世界の片隅に』のすずさんみたいに朗らかな人は極めて稀。もっとギスギスした話が出てきますわな。
 それから千代は、ちょっとでも危ないと思ったら真っ先に逃げ出すように言います。
 満州でこれから何が起こるかまで知っているわけではありませんが、実践的な助言ではあります。中国の人々を支配しているということ。これは体制がひっくり返ったら襲われるということ。ソ連と国境も接しております。戦闘員じゃないし、そこは知恵使って逃げろというのは正しい。このあたりどう描きますかね。もう蒸し返すのもうんざりしますが『いだてん』では「いきなり中国人が襲ってくる!」という描き方だの、盗撮写真を売っていた男がひょっこり戻ってくるだの。あまりに無頓着な満州描写で気が抜けた記憶があります。『めんたいぴりり』映画版までは求めたらあかんかもしれんけど。

 そして見送り、みつえと並びます。千代は理解しました。福助を送り出したみつえの苦悩を。そのことを素直に語る千代にみつえは「アホ」と返します。
 これもこの時代の怖いところ。
 夫がどこかに言ってしまって戻ってくるかわからない。平時なら気の毒だと思われますが、ここまで戦線拡大すると当たり前すぎて感覚が麻痺します。
 千代が涙声になって、涙がぽたっと落ちる。みつえも目が赤くなって涙ぐむ。演技を超えて、当時の人々の悲哀が乗り移ったようでした。本気で心底悲しい、寂しい、切ないと思った。そういう瞬間だと思いました。でもみつえは立ち上がり、朝ごはんを代わりに作ると言い出す。泣いていることすらできない戦争の日常がそこにはあります。

こんな中、芝居をする者は正気なのか

 桜の花びらが散る中、千代は稽古場に呆然として立ちます。そして取り憑かれたように、一人『手違い話』を演じ出すのです。
 一瞬だけ見える、かつてあった舞台の図。綺麗な色があふれていた。でも昭和20年の道頓堀は何もかもが崩れて茶色ばかり。いつかあの華麗な非日常を取り戻せるのか? 日常がここまで崩れてしまったのに。
 千代が取り憑かれたように芝居を演じていると、警官がやってきます。そして何をしているのかと問い詰めてくる。周囲の野次馬もええ気なもんと罵声を投げかける。しまいには憲兵が危険思想を植え付けられたのかと言ってくる。本土は一奥玉砕、要するに国民全員死ぬ覚悟でなければならんとまで言われる。腕を掴まれ、連行されそうになる。
 無茶苦茶です。でも戦時中ってわけのわからない理由で思想犯にされてしまった人がいるわけでして。空襲だけでなくいろいろ無茶苦茶なのです。罵る人も悪人ではないかもしれない。切羽詰まって八つ当たりしたいだけかもしれない。
 千代が反論していると、万太郎が柝(き)を打ちながらやってきます。
「えろうすんまへんな!」
 そう軽く言い、空襲で逃げる時にこけて頭打っておかしなった。柝の音を聞くと治るとかなんとか言い出します。

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2020年度下半期NHK大阪朝の連続テレビ小説『おちょやん』をレビューするで!週刊や!(前身はこちら https://asadrama.com/

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