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『ゴールデンカムイ展』は始まりに過ぎない

『ゴールデンカムイ展』に行ってきました。どういけばいいのか、どんなグッズがあるか、推しのこと。そういうのは誰かしら書くので敢えて省略します。面倒くさいことも書きますので、そういうノイズが嫌な方は他のレポートをご参照ください。

私はこういった漫画作品の展覧会は初参加になります。

混雑状況や入場について

SNSではともかく混雑しているというレポートがあり、正直に言えば行くかどうか迷いました。チケット払い戻しができないので、気力を振り絞って外出したといったところです。
ただしこれは心配し過ぎていました。入場はスムーズです。QRコードを事前に準備しておくこと。注意事項はそのくらいでしょう。

スタッフの皆様は明るく、親切、丁寧で、大変素晴らしい仕事ぶりでした。ありがとうございました。

最終回まで展示されます

パネルの説明文はだいたいが作中で読み取れるもので、ガイドブックがそのまま展示になったようなものでした。それぞれの登場人物の名場面が並んでいるので、完結後の余韻と共に眺めるのであればよいと思います。
逆に言えば、これから読む人には不向きです。最終回まで展示されているため、単行本派やアニメ派にも厳しいかもしれません。その対策のための無料公開かとは思いました。
「展示会にくるならば、無料公開がありましたよね」
こう返すことはできると。

あくまで“漫画”の展示です

歴史系の展示会と比較しますと、資料は少なめです。といっても、野田先生はよくぞここまで集めたとは思います。あくまで漫画の展示ですので、歴史系の展示ではあるような、こういうものはありません。

会津兼定無銘
土方歳三が愛用していた会津兼定と同時期、同一刀工が鍛えたもの。幕末の会津藩士某が所有していた。

土方歳三の愛刀現物展示はないのです。貸し出しがされなかったか。そもそもが申し込まなかったということでしょう。そこは日野市の土方歳三資料館に行けばよいのです。が、それは承知で、歴史系の展示会ですと、本物と共通点があって似ているものを参考として展示することもままあるわけです。
会津兼定は刀剣としては安価ですし、会津藩士定番のものなので数も出回っています。見つけてくることはそこまで難しくもないはず。
そうそう。そのためか、『燃えよ剣』といったフィクションでは二代目兼定「之定」にされたのはどうかと思っていました。最近はその認識も薄くなって何より。会津藩士と同じ刀を松平容保から下賜されるなんて、最高じゃないですか!

門倉父のモデルは会津藩士・秋月登之助あたりじゃないかと私は推察するのですが、作中に門倉父が出てきて、かつ愛刀の描写があれば、そういう展示もできたかもしれないのですけれどもね。そこまで門倉の背景を本編でも描いていないわけですし。
これはあくまでないものねだりです。漫画の展示会なのだから、そこは当然限界はある。ただ、写真の展示パネルだけでも欲しかったとは思います。

そしてこのあくまで漫画の範囲内というところは重要です。もっと知りたいなら、別の展示会にも足を運ぶなりすべきということでしょう。

三八式歩兵銃が思いのほかつらかった

この展覧会についていえば、こういうタイトルの記事が出てくる。

『ゴールデンカムイ』の展覧会が炎上! 大日本帝国の軍服礼讃は不謹慎?

敢えてリンクは貼りません。「大日本帝国の軍服礼賛は不謹慎?」というのは、発端の美術展ナビのツイートとともにそりゃ問題視されるのもやむを得ないとは思っていまして。
ちなみに明治軍服の展示は、明治時代がテーマの施設ではままあります。見る側が「かっこいい!」となっても全くおかしくはない。軍服はそういう意図を考えてデザインしてはいるものでして。
これも漫画の展覧会ならではの問題だとは思った。それこそ歴史系の展示ならば、軍服の正式名称とともに展示するでしょうからね。それを「鶴見の軍服」にしたら揉めるのは仕方のないところだし、展示キャプションにせよ、ツイートにせよ、不注意だったとは思います。せめて「鶴見の軍服作画の参照」あたりにすればよかったかもしれない。

何が正解なんでしょうね。
この前、宝石の展示会に行ってきました。どう考えてもアフリカ大陸から搾取してヨーロッパ貴族に届いたであろう「血のダイヤモンド」もその中にはある。でも、キャプションに「この公爵が愛用したというダイヤモンドの背景には、血塗られた労働搾取があり……」とまで書かねばならないものでしょうか?
これは過渡期ということかもしれない。近年、我が国の発展の背後に奴隷制度があったこととか。そういうことをテーマにした展示は増えてきているとか。アイヌへの差別と北海道開拓の歴史を併記することは、ノイズでもなんでもなく、むしろこれから求められることだと私は思います。下手に隠すよりも、検証した方がよいことはたくさんあります。

そう戸惑いつつ見ていったのですが、尾形の三八式歩兵銃展示を見て悪い意味でハートを撃ち抜かれましたね。
『ゴールデンカムイ』という作品だけで考えるならば、尾形が後半に持っていた銃で正解です。ただ、三八式歩兵銃は悪い意味も大きい。杉元のころは最新式の銃だろうけれども、問題はその子の世代、要するに第二次世界大戦でまで現役だったということです。
日露戦争まで日本の兵器開発は世界的に見ても優秀なこともあった。劇中でもアレンジされてでてきた有坂は優秀でした。それがどうにもおかしくなる。日露戦争後に野心とプライドだけは高まってゆくのに経済成長はできないし、技術は不足するし……だったらもう無茶苦茶な精神論で補うぞ! 魚を食うから日本人は強い! 大和魂があるから日本人は強い! 婦人参政権運動なんざを起こされてカカアの尻に敷かれっぱなしだから、英米なんてダメだ! 我々は強い! そうダメなところを日本スゴイ論で埋め尽くし、破滅するのが、杉元たちのあとの世代です。このあたりは早川タダノリ氏『日本スゴイのディストピア』でもどうぞ。
展示では「未来へ」と明るく締めるしかない。そうするしかないという意図はわかるけれども、未来はどん底ですからね……。

三八式歩兵銃というのは、大日本帝国の栄光と凋落の象徴みたいなもの。そういうことを抜きにして「尾形の銃」とまとめられたことにモヤモヤ感は募りました。
もしもこの展覧会が海外展開するのであれば、キャプションはもっともっと長くなることでしょう。そうしなければ展示してはいかんものもあったと。
要するに、第二次大戦で日本と対戦した国では全地域そうしないといけないということです。めんどくさかろうがそこはクリアしないと、絶対によろしくない。
日本でもこの展示会がもっと前、2000年代だったら、こうもスムーズにいかなかった気がします。

そうそう、夏になればみなさんお住まいの地域でも、「戦争展」があるのではないでしょうか。図書館や公民館の片隅で、入場料もない。そういうこじんまりとしたものでも、是非とも足を運んでいただきたいのです。
軍服もあるかもしれない。鯉登と同じカーキ色の軍服の生地を見てください。『ゴールデンカムイ展』で見たものと比較してあきらかに薄くなっていると思います。それが国力の限界。こういうものは読むより見て実感するのがよいと思います。めんどうくさいと言わずにやってみませんかね?
で、そういう展示会にいる歴史付きな年配の方に「三八式歩兵銃ってどういうものですか?」とでも聞いてみてはいかがでしょうか。これはすごく大事なことだと思うのです。
これはあくまで始まりであり、アイヌのことにせよ、日本近代のことにせよ。いろんな展示に足を運んでみたらどうでしょう。きっと楽しみが広まります。『ゴールデンカムイ』はそういう一歩踏み出すきっかけを作るという意味で、秀逸なコンテンツでした。
フィクションならば山田風太郎の明治ものはどうでしょう。『地の果ての獄』は北海道網走監獄が舞台です。漫画版が連載中の『警視庁草紙』を読むと、尾形の母のような女性の悲劇が登場します。

個人的なことを書きますが。もういい歳なので、漫画にそんなにハマってどうするのかという迷いはずっとありました。それでもアイヌのことをはじめ、勉強するきっかけになるからよいと。そう言い訳しながら楽しんだコンテンツなんですよね。

展覧会の図録は是非とも

物販も充実しています。図録は実質大判ファンブックで、イラストのみならず時代考証担当者のインタビューもありますので必須です。

ただ、グッズ販売にも不満がないわけでもない。もっとアイヌの意匠を生かしたものが欲しい! 漫画の展覧会ならばおもしろいフキダシ付箋や絵皿で十分だとは思います。けれども、せっかくならアイヌ工芸が欲しいという気持ちは湧いてきます。

わかってます。それを求めるのならば、そういう専門店に行けということでしょう。それはわかっているんだけれども、それでも敢えて言いたい。
アイヌの意匠をちゃんと許可を取って作ったもので、かつ売上の一部がアイヌ振興に役立つようなものを販売すれば、本当の意味でよりよい未来へつながったんじゃないかなと。
コラボカフェも、コースター付きドリンクとか。そういういつものものでなくて、アイヌ料理をアレンジしてでも出したものがあればいいなと思ってしまうんですよね。
和人だって散々戦国武将や新選組モチーフのお土産を作り、販売し、観光資源にしているのだから。そのくらいやるべきだ! もうすでに取り組みはあるわけだし、アイヌの歴史は交易の歴史でもあるわけだし。いや、そういうことをしてどんな罵詈雑言を浴びているか。そういうことはSNSなんかで目にしているから気軽には言えないけど。私はそういうものがあったら欲しい。そこは強く言いたい。

ここまでめんどくさいことを書いているとは思う。でも、できることなら、この作品で動く何かはアイヌ振興に結びつくような仕組みがあれば、いいことづくめだと思うんですよね。そういう利益ではない、啓発いう意味で役立っていることはよくわかるんだけれども。

でも、近代史フィクションを増やすならば通らなければいけないことはあるし、ルールやガイドラインがあった方が絶対にいいから。そこは議論を重ねて前進することが大事だと思う次第です。

近代を舞台にしたフィクションが少なすぎる問題がある

今回の展示会のみならず、『ゴールデンカムイ』のあれやこれやが直面しているのは、これだと思います。

イギリスを例に挙げますと、近代もののフィクションは定番です。シャーロック・ホームズは日本でも有名です。かつ、ナポレオン戦争時代の軍人ものも根強い一ジャンルとしてある。となると、どうしたって大英帝国の外道なやらかしをどう処理するか、ここがなかなか積み上げはありまして。
当時の価値観を描くけれど、差別的な要素はどうするか? ここが大事。

といっても世界的にみてまだまだ模索中です。あのカナダですら、『アンという名の少女』は手探りを感じるし。ディズニーの『モアナと伝説の海』や『アナと雪の女王2』もやっとスタートを切ったところですね。『モアナ』も、マウイの刺青で色々揉めているんだな。

近代とアイヌを扱った『ゴールデンカムイ』は、挑んだことそのものが課題と立ち向かう一歩だと思うし、努力は感じます。

とはいえ、同時に日本の近代史を扱ったフィクションの少なさは一体どういうことなのか、その積み重ねが響いてきているとは思ってしまう。
大河ドラマで北海道開拓をどうしてやらないのか。そういうツッコミは結構入ってます。北海道史に悪名を残している五代友厚を美化しているようでは、当分無理なんじゃないかと私は思いますが。

研究はなされているのだから、それを反映したフィクションを作り、かつ観光にまで結びつけるシステムがあればちがったんじゃないかと思います。近代大河失敗で懲りたせいか大河を幕末まで、近代以降は朝ドラ。こうしてしまった弊害はしみじみと大きいと思ってしまいます。

でも、もう時間切れ。あとは蛇足なので有料エリアで。

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449字
『ゴールデンカムイ』アニメ、本誌、単行本感想をまとめました。無料分が長いので投げ銭感覚でどうぞ。武将ジャパンに掲載していました。歴史ネタでより楽しめることをめざします。

『ゴールデンカムイ』アニメ、本誌、単行本感想をまとめました。無料分が長いので投げ銭感覚でどうぞ。武将ジャパンに掲載していました。歴史ネタで…

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