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大河『花燃ゆ』総評再録・後 兼厄除祈願(武者)

 2015年末、武将ジャパンに掲載したものです。あちらでは非公開となりましたので、再掲します。

 前編を書き終えた直後に、このドラマの吉田松陰役の大麻所持による逮捕ニュースが飛び込んできました。驚きました。もう『花燃ゆ』がお蔵入りする可能性がある中、どれだけ見返す価値があるのか、考え直すよい機会になればとは思います。

 もはや『草燃ゆ』だとか。
 松下村塾は、日本古来の「大麻文化」を取り戻したい志士たちで、幕府はそれを理解しなかったのだとか。
 やんごとなきとある婦人が大麻を非合法にまでこぎつけていれば、れっきとした長州大河がこんなことにはならなかっただろうに、とか。
 いろいろな思いは去来しましたが、しょうもないそんな話はさておき、ここでリストを公開します。だんだんと私も流石に、恐怖を覚えてきたので。

 自分なりに検討した、お蔵入りになりかねない大河と朝ドラリストです。

◆大河ドラマ
2015
2016
2018
2019
2021

◆朝ドラ
2013大阪
2014大阪
2015大阪
2017大阪
2018大阪
2020東京

 決してそうなって欲しいわけではない。根拠はあるので、後日、やる気があれば考えたいところではあります。この記事の追記にも、ちょっと書きますけど。

 大麻の毒性、社会的な問題については、意見を差し控えます。こういうかたちでのお蔵入りの問題点は、基準が不明瞭なことです。
 被害者がいる事件なのか。そうでないのか。
 悪質性。
 そうした要素をふまえ、なんでも一律に止めるのではなく、ガイドラインを決めていくべきかとは思います。社会のルールは変動するもの。十年前は問題がなかったのに、そうではなくなって見られなくなる作品も出てくることは想像できます。ガイドラインを徹底したところで、社会通念が変わるからには、対応は必要です。

 現在は、不幸な過渡期ではあるのでしょう。
 と、長い前置きはここまでにしまして。

追記:
 本当にまずいことになってきました。

◆伊勢谷友介「大麻暴走」の陰に〝アッキー人脈〟 https://www.tokyo-sports.co.jp/entame/news/2188344/

 2020年9月17日発売『週刊文春』9月24日号には、『花燃ゆ』について彼女が言及している SNS投稿について書かれております。

 この件で、大河は無関係であるとはもはや言えなくなってきました。詳しくは『週刊文春』で!

 大河枠そのものが、危急存亡の時を迎えそうです。

『花燃ゆ』総評八大地獄 後編

 前編は書いている間、ずっと隔靴掻痒感がありました。末端を叩いても仕方ない。ラスボスを倒さねば! やっと後編で、吐き気を催す邪悪と向き合うことができます。

◆第3次安部内閣誕生を記念して晋ちゃん饅頭の第10弾を山口限定発売 ~「覚悟燃ゆまんじゅう」で晋ちゃんも覚悟を決めました~ https://www.atpress.ne.jp/news/55388

 覚悟ではなく大麻を決めました……だと思うと、なんとも、せわぁない。いやいや、そうでなくて。受信料で作ったコンテンツが、こういう政治利用をできることに、もっと本格的に突っ込まなくてどうするんですか!

 ディズニーの『ムーラン』以前に。日本の、しかも公共放送で、こういう露骨な政治利用をされること。そこから目を逸らさない、それが今やるべきことではありませんか? オリンピック宣伝大河だの朝ドラなんて、誰が望んだことだったんでしょうね?

 ジャパンライフと大麻俳優逮捕のタイミングが重なるのは、偶然ですか、必然ですか? 関連性に疑念を感じるのは無理がありますか?

◆安倍時代の「桜を見る会」疑惑が菅政権に直撃 ジャパンライフ摘発で加藤官房長官、麻生副総理の名前も  (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット) https://dot.asahi.com/wa/2020091800029.html

大叫喚地獄「パソコンフォントからピアノカバードレスまで。受信料をドブに捨てたはりぼて考証ドラマ」

 本作の考証面については、要するにパソコンフォントで始まり、ピアノカバードレスで終わった一年だと言えると思います。
◆NHK大河ドラマ『花燃ゆ』に日本語学者がツッコミ「幕末の書物にパソコンの明朝体フォント?」 - AOLニュース http://news.aol.jp/2015/01/14/nhkhanamoyu/

 これでフォントには厳しくなるのかと思ったら、後半でもパソコンフォントにしか見えない名刺が出て来たんですよね……。
(※加筆:他のダメな大河や朝ドラもやらかすミス)

 要するに、スタッフのやる気がない。それに尽きます。突っ込みをいちいち入れたらきりがありません。富岡製糸場と前橋を歩くような脚本時点でおかしい部分はのぞいても、その時代にありえない銃を装備している、幕末と明治時代の軍装が同じであるとか、そういうことばかりでした。それっぽく見えればよい、考証についてはは30〜40年くらいズレていてもよいという大雑把な意識なのでしょうか。考証的には「奥御殿」だけど、話題性だけで「大奥」と言い張るような作品です。カニのかわりにカニかまぼこを盛りつけて平然とするような、そんな意識で作っているのでしょう。
(※加筆:『麒麟がくる』の女性立て膝のように、むしろ正しくして炎上しかける場合もある。見る側にも問題があるのでしょう)

 しかしこれも不可解なのです。予算がないから考証が甘くなるようなことは、どうしてもあります。役者さんをより魅力的に見せるために、ブローしたての髪にリップグロスがつやつやしている時代劇ヒロイン、というのも時折見かけます。そういったやむを得ない事情ではなく、本作はただ単に手抜きしたいがために考証をまともにしていないのではないか、という印象を受けました。
(※加筆:他のダメな大河や朝ドラもやらかすミス)

 役者さんを魅力的に見せるために、敢えて考証を軽視することはわかる、と先ほど書きました。本作がおかしいのは、この「役者さんをより魅力的に見せる努力をしたのか?」という点でも疑問符がつくところです。

 最終回でお披露目されたピアノカバードレスがいかに無残であるかは、もう何度も書きました。『八重の桜』のドレスを使い回しした津田梅子の方がよほど洗練されていました。このドレスといい、中盤での緑色の打ち掛けといい、井上真央さんに似合っていたものとは到底思えないのです。井上さんだけではなく、大沢たかおさんの前髪がぴょろりとした初期カツラ、高良健吾さんのマッシュルームカット、黒島結菜さんの似合っていない和服……どれもこれも、似合う格好を吟味したとは思えないスタイリングでした。

 時代にも合わせようとしなければ、役者にもあわせようとしない。女性に見て欲しいといいながら、安っぽい衣装ばかりを用意する。プロ意識の欠如。まさに猛省を促したい。時代劇ならばNHK、そんな信頼感を裏切った。そう言いたいところですが……担当者を責めたところで、どうにもならないのではないかと私は思っております。

 というのも、歴史考証の方は、公式サイトの歴史解説コーナーで行間から「こんなでたらめドラマを信じるな!」と言いたげな解説をしておりました。熱血教室というよりも、「怒りのデス解説ロード」と言いたいほど熱いものがありました。衣装や小道具担当者も、あれが本気であったとは思えません。トップの誰かが「いいんだよ、考証なんて。どうせ視聴者には凝ってもわからないんだし。予算や時間使わないでそれっぽく見えればいいから」とでも指示を出していたのではないか、と推測せざるを得ません。まあ、そう思う気持ちもわかりますよ。一昨年の『八重の桜』は考証が凝っていて、特に銃器に関してはマニアックな再現していましたけど、それで視聴率が高くなったりはしませんでしたからね。でもだからといって、視聴者を舐めたらあかんということは、今年よくわかったのではないでしょうかね?

 そして誰よりも、NHK自身が「こんな恥ずかしい考証をしていてはあかん!」と奮起したのではないか? その答えが、今年一月に制作発表された『あさが来た』ではないか、と思うのです。『あさが来た』では安心の手書き書状や看板が使われ、いかにして出演者を魅力的に見せるか、細心の気配りが感じられます。濃いファンデーションに野良着になった宮崎あおいさんをごらんください。ボロは着ていても、頭巾のかぶりかたひとつとってみても、可憐な美を見いだすような気遣いを感じます。調度品も大阪随一の大店が舞台とあって、豪華で目の保養になるものばかりです。「どや! NHKはまだまだ時代劇をちゃんと作れるんやで」と胸を張って言えるような、そんな気迫を感じます。

 そうそう。以前、なぜやたらと『花燃ゆ』と『あさが来た』を比較するのかとつっこまれましたが、どう考えても『あさが来た』が『花燃ゆ』の失点を補うような作りになっているとしか思えないんですよね。さらに言えば『花燃ゆ』『花燃ゆ』は、『八重の桜』にぶつけて挑発するような制作意図を感じます。そもそも三作品とも、幕末から明治に生きた、生没年が比較的近く、知名度がさほど高くない女性が主人公です。短期間にそんな題材でぶつけて作れば、比較されるのは宿命です。そして、そうやってぶつけて作ったからには、先行作品をダブルスコアでくだすくらいの成果をあげなければはっきり言ってみっともないのです。『花燃ゆ』はこの点でも最悪です。ぶつけて作って、結果的に負かすはずの相手の、再評価となる機会を作ったんですから、まるでおとぎ話に出てくる「よいおばあさんのまねをして失敗する悪いおばあさん」みたいですね。
(※加筆:『あさが来た』は、後半の年明け以降、かなり質が落ちました。開拓使事件関連は極めて悪質)

 と、『花燃ゆ』の考証面での仇を『あさが来た』がとった、『花燃ゆ』の数少ない長所は『あさが来た』誕生につながった、ということでこの話を終わらせてもよいのですが。最後にもうひとつ、言いたいことがあります。
 本作は受信料を本当に無駄にした、ということです。そんなのわかってるよ、作ったこと自体が間違いだよ、と思われるかもしれませんが、もう少しおつきあいください。

 前述の通り、手抜きがまかり通った本作において、予算を潤沢に使った局面があったとはあまり思えません。本作における数少ないドンパチである高杉晋作の活躍にしても、重点を置かれていたのはいかにして予算を安くあげるか、という部分であったとしか思えませんでした。昨年の『軍師官兵衛』もあまりやる気が感じられない作品でしたが、それでも土塁を積み上げた水攻め場面は「予算使っているぞ!」という感じがしたものです。今作で予算使っています感があったのは……そうですね、前橋に楫取らが到着する馬車に乗った場面。楫取が前橋の町並みを歩くロケ場面くらい、でしょうか。
(※加筆:そりゃ群馬も、露骨に『真田丸』を推しますよ。小栗上野介大河も遠くなるし)

 本当にどこまで予算の使い方が間違ったドラマなんでしょうね。また『八重の桜』を持ち出しますが、あの作品は予算をどこに重点を置いて使ったかと言いますと、メイキングまで公開していたVFXや、会津戦争に惜しみなく注ぎ込んだと推察されます。前述の通り、『八重の桜』は考証面が大変しっかりしていました。VFXを多用しハイビジョン対策もしておりますので、『葵』の関ヶ原の場面のように、今後も大河はじめ歴史番組で使い回せる映像ストックが作れたことでしょう。費用対効果で考えたらば『八重の桜』は優等生です。『花燃ゆ』のような考証も見た目もお粗末な映像というのは、いくら安く作っても使い回しができないからです。お粗末な上に受信料をドブに捨てた、まさに一年通して虚無への供物、それが本作ではないでしょうか。
(※加筆:『八重の桜』のストック映像は、NHKの歴史番組ではよく使っています。不可解なのが、2015年と2018年大河では使っていないと思われること)

 そしてその責任の所在を問うとき、末端のスタッフを叩いても意味はありません。そう、こんな出鱈目な考証と予算の使い方にゴーサインを出した奴がいる。敵はそいつです。

まとめ
● それっぽく見えればいいんだという手抜きが毎回のように出てきた今年。やる気とプロ根性はどこへ消えた?
● しかしおそらく、スタッフ自身もそんな体たらくに怒りのデスロードであったはず……そして生まれたリベンジ作品が『あさが来た』
● 費用対効果最低。使い回せる映像なし! 受信料をドブに捨てたとはこのことだ!
● 炎上度:★★★☆☆(英国公使館放火レベル)

炎熱地獄「迷走また迷走……今年の大河はまるで地図なき旅」

 ついに本丸まで突き進んだという思いです。脚本。そう、脚本。脚本が悪いということはもはや検証の必要もないと思います。『花燃ゆ』の脚本で悪かったところは何かって? そう、何もかもですよ。

 しかし、脚本家を責めたところで仕方ないのではないか、という気がします。
・ 幕末最高難易度長州舞台だけど、準備期間は例年より短いよ
・ 吉田松陰ではなく、史料が乏しい妹が主人公。その妹三人の中でも一番地味な文が主役ね
・ 実質的主役は文じゃなくて楫取なんで、そこのところよろしく
・ 思想家吉田松陰を描くけれども、このご時世でありのままの松陰はキツイので思想は極力ぼかして! 佐久間象山は出さないでね、殺したのが長州藩士ってバレたらまずいから
・ 幕末だからって人が死に過ぎるとまずいから、そういうのは極力省いて! 暗くしないで明るくして!
・ 長州は常に正義だからね! 都合が悪いことは絶対に描くなよ!
・ 薩摩と会津は極力出さないでね。孝明天皇は絶対に出しちゃ駄目だよ、いいね! 幕府も出さなくていいや
・ 殺伐とした松下村塾舞台だけど、甘ったるい少女漫画風味にして。話題の壁ドンとかも入れてね
・ 史実では特に仲がよいとは思えない文と久坂玄瑞だけど、ラブラブにして
・ あ、ついでに文を高杉晋作とか他の塾生ともイチャつかせて
・ あ、でも、文の運命の相手は久坂でも熟成でもなく、あくまで楫取だから
・ 原作はないけど、楫取の活躍部分についてはとある人物が書いたドリーム小説みたいなのを参照して

 ……この条件を突きつけられて、それでもおもしろく書ける脚本家がいるのでしょうか? 全盛期のジェームス三木さんと中島丈博さんと橋田壽賀子さんでチームを組んだとしても、これでは無理じゃあないでしょうか。嗅覚が鋭いとか、キャリアを大切にする脚本家なら逃げたと思うんですよね。初期脚本家と追加された方は何か弱みでも握られたのか、悪魔と取引してしまったのか。そんな中で良心のうずきと精神的疲労で燃え尽きて降板となったのか。そんな舞台裏を想像してしまいます。『花燃ゆ』そのものより『花燃ゆ制作秘話』をドラマにした方が劇的になりそうです。
(※加筆:『アシガール』で、宮村優子さんはちゃんと書ける人だと証明されてめでたいことです)

 そんな中、途中登板して投げきり、視聴率を上げた小松先生は本当にすごい方だと思います。それまでの脚本家の方からは葛藤といいますか、何か苦しみややるせなさを感じました。しかし、小松先生はまっとうな神経の持ち主ならば書いている最中で憤死しそうな展開でも、仕事だからと割り切って書いていたように思えます。『天地人』の時点でもう小松先生の大河はノーモアであるという気持ちで一杯だったのですが、再登板ありだと思います……無茶ぶりを引き受けここまで器用に仕事をこなせるプロ中のプロではないですか。便利屋そのものです。

 脚本の皆様については、今後キャリアにおいて高い代償を支払うことになるかもしれません。ある意味被害者です。そんな中でも器用な立ち回りを見せた小松先生とは、今後もまた大河で再会がある気がしてなりません。個人的には遠慮したいところではありますが。
 要するに、脚本家を責めてもらちがあきません。脚本家をすげ替えたことを「当初の計算通り! よくできたでしょう!」とドヤ顔している奴を討て、ということです。

 最後にひとつ。本作の脚本批判でよく見られた「複数脚本制」が悪いとは個人的には思いません。海外ドラマでは複数脚本家はよくあることですし、大河のような長丁場ではむしろ分業制度の方が安定するのではないかと思います。問題は、脚本家が複数いることではなく、きっちりと束ね整合性を持たせる責任者がいなかったことでしょう。
(※加筆:2020年『麒麟がくる』は、複数脚本化制度を明かしています。朝ドラでも2019年下半期『スカーレット』からそうなりました)

まとめ
● こんな条件が提示されていて面白く書けるとは思えない。強いられているんだ!
● 鋼の神経を持つ小松プロ。我々の懇望も虚しく、彼女はきっとそう遠くない未来、再登板するだろう……
● 複数脚本家制度が悪いのではない。悪いのは統率が無茶苦茶なアイツだよ!
● 炎上度:★★★★☆(攘夷の反撃をくらい燃やされる下関)

大炎熱地獄「大河を私物化! 愚かな政治利用が大河を貶め、血税までをも無駄にする悲劇!」

 分厚い壁を乗り越えて、ついにここまで来ました。
 本作を貶めた敵、最後の敵まであと一歩。噂にと私の推測によれば、彼らの正体はこんな人たちになります。
・ 『八重の桜』の松陰や久坂はまるでテロリスト! 今度は長州大河でもっとちゃんと書いてよ、と言ったとか言わないとか(そして今作ではまるでどころかどうみてもテロリストな松陰と久坂に)
・ 山口で「今年の大河はおもしろい!」とふんぞり返ってドヤ顔をしていた有力者とか
・ なんでも彼の支援者子息が本作にも出ているとか
・ 長州藩が砲撃した船がアメリカ籍ではまずいから、フランス籍に修正させるような圧力をかけたとか
・ そんな彼も長州大河になった時点で飽きてしまったのか、後半の群馬プッシュだらけの状況は完全スルーとか
 と、このあたりまでは別の報道でもチラホラ出ていました。しかしさらなる敵がいるのです。前編でも指摘しましたが、なぜか彼らについてはマスコミも沈黙しています。
・ 彼は2011年の時点で、自分のブログに「王家呼ばわりする大河なんぞより、楫取の方がよほど大河にふさわしい」と書いていたとか
・ 彼は某新聞に楫取が大活躍するドリーム小説もどきを連載していて、その内容が大河と一致する部分が多いとか
・ 『楫取素彦物語』とかいう楫取礼賛映画を作り、イオンド大学学士号映画版みたいな海外の賞を取らせたとか
・ 彼は楫取の子孫で某政治団体幹部である人物を招き、よくランチを食べたりしているとか
・ 彼はありとあらゆる場面で自分が楫取を大河にしたと吹聴しており、それを自らのブログやSNSにも書いているとか
・ 彼はしまいには本作で繰り返し出てきた「至誠」を自身の後援会名にもしようとしているとか
 と、群馬関連の政治家が暗躍しまくっていました。しかもそれを隠そうともせず、堂々とブログやSNSで吹聴しまくっているのだからおめでたい限りです。これについて群馬、特に前橋の有権者の皆さんは厳しく追及した方がよろしいのではないでしょうか? 大河の私物化だなんて、自分の写真ラベルのワインを有権者に配るより悪質ですよ。

 そんなコソコソと大河を私物化していた群馬の楫取プッシャーズですが、ついに尻尾をつかまれました。
◆花燃ゆ 銅像建設計画がピンチ | 2015年12月23日(水) - Yahoo!ニュース http://news.yahoo.co.jp/pickup/6185156

(引用)
 前橋市はドラマに合わせて楫取らの銅像を今年度中に寄付金で建てようと、費用2500万円を目標に5月に募金を開始。チラシ作製や事務費用の500万円 は市が公費から別に支出した。像の制作も既に彫刻家に依頼済みだが、関係者によると、集まった寄付は1300万円程度。前橋市は「更に賛同が集まるよう努 力中。年明け以降も寄付を募る」と説明しているが、市内の主婦(45)は「建立しないという選択肢はないのかしら」と首をかしげる。

 前橋市が約1億円をかけて県庁の旧庁舎を改装し、撮影セットを再現した「大河ドラマ館」も盛り上がりに欠けた。「自治体の人口と同じくらいは入る」とい う過去の大河ドラマの実績を元に目標を30万人と設定して1月にオープンしたが、来月末の閉館が近づく中、来場者は約13万人にとどまっている。
(引用ここまで)

◆花燃ゆ:寄付での銅像計画 前橋市長「不足分は税金投入」 - 毎日新聞 http://mainichi.jp/articles/20151225/k00/00e/040/226000c 

(引用)
NHK大河ドラマ「花燃ゆ」放映に絡む楫取素彦(かとり・もとひこ)らの銅像建立計画で、寄付金が目標額に届いていない問題について、前橋市の山本龍市長は24日、定例記者会見で「元々官民協働の観点でやっている。民間の浄財で足りない分は市として予算化していかないといけない」と述べ、不足分は税金を投入する考えを示した。
(引用ここまで)
(※加筆:大河ドラマ館の大赤字は、2019年にまたまた問題化。情熱的にファンがプッシュしようと、舞台の損失は考えた方がよろしいかと)

 ちなみに山本八重の像も、今回と同じく寄付を募っていましたが、放映中の秋には無事完成しておりました。
 それにしてもこの銅像、無駄に四体セット。RPGのパーティを組んでいるみたいですね。予算オーバーしているのであれば、寿一体か、せいぜい寿と担当を受け取っている新井の二体で十分ではありませんか? この四人の中で楫取の優先順位が一番低いですよねえ。集まらない寄付金というのは、要するに前橋市民の「こんなものはいらん!」という民意の表れでしょう。それでよいのではありませんか? 防府市は頑張って楫取と美和の像を建てましたが、観光客が全然来なかったそうですし。受信料だけでは飽き足らず、舞台になった土地の血税までドブに捨てさせようとするのだから、まさしく本作は伝説にふさわしい最低大河です。

 それでも発揮人の山本市長が、この銅像が絶対に作らねばならないほど貴重なものだとお考えなのであれば、自腹を切って作り、自宅の裏庭にでも飾ったらいかがでしょうか。

 銅像から話を戻しますと、大河では政治の影響を完全に断ち切れるまで、もう長州は扱うべきではないと思います。主人公を実績がある男にしようが、変な圧力でロンダリングされまくるとなれば、はっきり言ってそんなものはもう歴史ドラマでも何でもないからです。低品質のプロパガンダドラマです。
(※加筆:懲りたと思ったのに、2018年、2019年と2021年、そして朝ドラまで延焼中。もう、NHKから変えないとダメですか?)

まとめ
● 大河の私物化は最低愛悪の罪。ここで私が吼えても埒が明かないのでBPOや地方議会に踏み込んで欲しい
● 前橋の皆さん、黒歴史銅像建設は断固阻止して下さい! 応援しています!!
● 炎上度:★★★★★(御所に砲撃だと!? 京都が燃えている……これが京都大火!)

無間地獄「大河の魂を売り払った疫病神はおまえらやーーーッ!!」

 ついに……ここまで。
 今まで本作がいかにして何かを強いられていたか、分析してきました。
 しかしどんな圧力があろうと、悪魔が何をささやきかけようと、断る権限のある人がいたはずなのです。

 そう、籾井会長、あなただ。(※加筆:会長だけじゃなかったんだなぁ)
 彼がNHKにおいて様々な圧力を掛けていることは、既にリークされた本まで出て、世間で周知のことと思います。主に政治番組、ニュースがそうだと言われていますが、大河もそうであろうことは記者会見での発言からも明らかです。そして彼が日本史の基礎知識すら危うい、歴史ドラマ、大河ドラマの知識すらほとんどないことも「人が死ぬから視聴率が伸びない」といった失笑ものの発言からうかがえます。

 そして土屋勝裕プロデューサー。あなたもです。(※加筆:ここまでやらかしておいて、よくも2020年上半期朝ドラ『エール』に復帰できたものです。案の定、脚本家はじめ複数名が逃げたんじゃないですか?)
 どんなに上司が無体を言おうと、あなたには大河の誇りを守る責任があったのではないでしょうか。何を餌に釣られたんだかわかりませんが、あなたは大変なものを売り飛ばしました。

 と、ここまで書いて何ですが、土屋Pは決してただの無能な人ではないと思うのです。彼のインタビューを読むと、本作がもの凄い感動大作に仕上がっているかのような錯覚すらありました。もっともよく読んでみると、美辞麗句を並べていても中身が空っぽ、まるで詐欺師の口上のようではあるのですが。おそらく彼は、プレゼンテーションや企画は抜群にうまいのだと思います。他のスタッフが無茶ぶりに苦い顔をしている中、土屋Pがいきいきと持ち前の話術で私なら素晴らしい作品を作ってみせると大見得を切って見せたとしたら、引っかかる人はいるでしょう。ましてや大河をろくに見たこともなさそうな上司ならば、イチコロでしょう。中身はたいしたことが無いビッグマウスなのに、自己プロデュースと上に取り入ることがうまいというだけで、出世できる人って世の中にはいますよね。よもや何作も大河を手がけたプロデューサーがそんな獅子身中の虫、奸臣のような人物だなんて邪推したくはありませんが……そう思える何よりの証拠が本作です。そして本作についてあることないことを並べ立て、主演女優のように殊勝な反省なんてせず、自画自賛しまくっていたあなたの言葉もまた、立派な証拠なんですよ。

 大河の誇りを安く売り払った歳月を過ごしてみて、一体今どんな気持ちですか? 事前番宣では存在すら臥せられていた楫取を実質主役に据えるという詐欺に等しい行為をして、どんな見返りがあったんですか? 主演女優や防府市の皆さんに申し訳ないという気持ちはありますか? なくても結構です。私の願いは、あなたが二度と大河に触れないでいただきたい、ということに尽きます。

まとめ
● 何も付け加えることはありません。疫病神はおまえらやーーーーーッ!
● 炎上度:★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★(燃え尽きたぜ、真っ白にな……)

エピローグ、そして不吉な予言

 201X年、NHK本社会議室。
会長「2018年の大河だが、明治維新から100年という節目の年だ」
A「会長、150年の間違いでは」
会長「ええい、100年だろうが150年だろうがいい。ともかく、節目の年だから長州を題材にして欲しいと頼まれた。二年連続戦国だったし、そろそろいいだろ」
B「150周年ならば薩摩がよいと思います。『篤姫』は大奥中心でしたし、久々に西郷隆盛、大久保利通、小松帯刀、それに朝ドラで知名度アップした五代友厚もいますし、今の有力政治家にもご子孫の方がいますし」
会長「長州も薩摩も大して変わらんだろうが」
C「お言葉ですが会長、長州は幕末題材でも難易度が高い割に人気がないんですよ。『花神』も『花燃ゆ』も、視聴率では苦戦しました。特にテロリストに視聴者が敏感なご時世ですから、松下村塾について描くとややこしいことになりかねませんよ」
会長「ならそんなものは飛ばせばいい。長州が人気ないだと? どうせ会津とかそういうのがネチネチ言っているだけだろ。確かに『花燃ゆ』は女主人公だから地味だったけど、今度は若者にも人気がある俳優Xを抑えているんだ。大丈夫だろ」
C「一地方に過ぎない、別に多くもない会津の人が、そんなに影響力持っているわけがないじゃないですか。長州は一番人気の高杉晋作が短命ですし、藩内抗争は陰惨ですし、御所砲撃とかありますし。明治の元勲は何かと政治関連で難しいですし。坂本龍馬は言うまでもありませんし、新選組の人気にも到底及ばない題材なんですよ」
会長「おまえなあ、長州はともかく偉いのに失礼なこと言うなよ!」
A「Cさんの言い方が悪かったようですね。じゃあこう言い換えましょう。長州は一杯人が死にますよ」
会長「うーん、そういえば『花燃ゆ』でもそうだったなあ」
B「……人死にが嫌なら幕末をやること自体間違いだよなあ……」
会長「B、今何か言ったか?」
B「い、いえ。まあ、私は、幕末なら薩摩イチオシなんで、長州はちょっと自信がないかなー、って」
会長「じゃあおまえはやらなくていい。小難しいことを言っていたC、お前もいいわ」
B・C「ほっ……」
会長「A、おまえはどうだ?」
A「準備期間が短すぎてちょっと。よいものを作るならばそれなりの時間がいりますし、私のお気に入りの脚本家のYさんは、幕末ものなら佐幕側がいいと仰っていまして」
会長「なんだなんだ、雁首揃えて誰もできないのか!」
土屋P「皆さんちょっと悲観的過ぎます。私は会長の意見は素晴らしいと思います。維新の節目の年こそ、長州をやるべきなんです。長州の若者のさわやかで理想を目指した姿が、日本の未来を示すものとして、きっとブームになると思いますね」
会長「おおっ、流石土屋君は頼りがいがあるなあ!」
C「土屋さん、随分自信がありますね。ところで脚本家は誰かあてがあるんですか?」
土屋P「小松江里子先生ならばきっとこのチャレンジを歓迎してくれるでしょう。『天地人』と『花燃ゆ』という実績もありますし」
会長「おお、『花燃ゆ』の視聴率を劇的にあげた小松さんだね。こりゃいい、これならうまくいくぞ!」
土屋P「ええ、大船に乗った気分で、どーんと構えていてくださいよ!」

 散々二度と土屋Pと小松氏には大河に触れて欲しくないと書いておいて何ですが。大河を政治利用をしようと目論む人がいて、さらにNHK上層部がその誘いにホイホイ乗り、まともな神経の周囲が逃げ散るという状況になりますと、あの器用な二人が再登板することは大いにありえると思います。あれだけの大失敗をしておいたのだからもう繰り返さないだろう、というのは楽観的な見通しで、また胡散臭い状況が重なると何度でも同じことが繰り返されると思うのです。

 そしてその悲劇が再度起こりうる最初のピンチは、明治維新150周年であり、二年連続の戦国大河のあとにあたる2018年です。
 もう『花燃ゆ』のことなんて忘れたい。『真田丸』のことだけ考えたい。そんな思いを抱きつつ、しつこくこの原稿を書き上げたのは、2018年に悪夢を繰り返さないためです。この予言がどうか当たりませんように!!

 一年間伝説の駄作を見続けた皆さん、よくがんばりましたね。こんな作品のことを、「せわぁなあい」という言葉ごともう忘れたいですね。でも忘れてはいけません。黒歴史として記憶に刻み込み、もう悲劇を繰り返してはならないと声にならない叫びをあげ続けねばなりません。
ノーモア花燃ゆ! 土屋Pを心の奥に埋めて、2015年を終えましょう。

追記:2018年大河

「明治維新150周年です。ここは薩摩の西郷隆盛ならバッチリですよ。『花燃ゆ』は女マイナー主人公でしたが、なんといっても維新三傑です!」
「へえ。なるほど。脚本家はどうするんです?」
「『花子とアン』の方ですよ!」
「でもあの朝ドラ、歴史考証面で批判されてなかったっけ。遺族からすら批判があったっていう話が……」
「だからこそ、彼女なんですよ! 女性心理をつかめるんだから。原作はあの女性作家にします」
「彼女は実力がある作家だけども。歴史物はそこまで実績ないし、詳しいかわからないし、どちらかというと現代を生きる等身大の女性心理が得意というか……」
「あのね、世間ってのはね。原作者のブランドしか見ないの! そういうもんなの! 『花燃ゆ』の時はネットニュースだの、弱小サイトのあのクソレビュアーが小煩かったけど。今回はそこのところ対策バッチリするから!」 
「で、でも、出演者でも嗅覚ある人は逃げるんじゃないですかね」
「NHKに恩義があって、親孝行で、律儀で、先を見通せる。そういう人に声をかける。ちゃんともう固めてあるから」
「そうですか。じゃあ、例えばXさんとかどうです?」
「彼がその鼻が効く奴なんだよ。人気もあるし、演技力もあるし、過去大河だって出ているのに、別の歳なら考えるって。使いにくいんだよな。まあいいよ、律儀な役者のスケジュールは抑えたし!」

追記:2019年大河と2020年上半期朝ドラ

「2019年はオリンピック大河です! 2020年の朝ドラも!」
「NHK東京朝ドラ班として申し上げます。そんなテーマはやりませんよ」
「意欲作を任せてあげたし、2019年は記念作だから、予算つけますって! 大阪はさんざん苦労してきたんです、たまには東京も痛い目にあいましょう。視聴率は保てるように配慮しますから」
「痛い目に合うこと前提なんですか?」
「だからこその土屋Pじゃないですか!」
「げえっ! も、もう別のことだけ考えよう、うん、そうしよう、うん……」
「はいはい、話をオリンピック大河に戻しますよ〜。そんな難題を誰が引き受けるのか? NHK朝ドラチーム! ちゃんと聞いてますか? 話題作『あまちゃん』の再結集です!」
「あの脚本家さんって、スポーツに興味ないと思いますが」
「『あまちゃん』を再現するのに、彼抜きでどうするんですか! 朝ドラから大河! あの女優ファン、あまロスに踊った人が応援するから失敗はありえないんですッ!」
「主演女優の彼女はどうするんですか? NHKが救うべきだとは思いますけど」
「あー……なんとかなるんじゃないかな。楽しければいいじゃんね!」

追記:2021年大河**

「新札の顔の渋沢栄一です。イケメンを起用すればバッチリ。確かに女性関係、国際的な問題はあるかもしれませんが、イケメンで、大丈夫です。イケメン五代友厚は開拓使事件をバッチリ印象操作できました。いいですか、奇跡は二度、起こるんです!」
「なんか2019年もそう言ってませんでしたっけ。私は、2022年大河をがんばりたいかな。はは……」
「2019年大河の話は禁句だと言っているでしょ!!」

おわりに

 よく言われます。大河好きでしょ、朝ドラもでしょ? なくなったら困らないか、って。
 どうでしょうね。VODおもしろいですからね。今はやっぱり、『ザ・ボーイズ』シーズン2かな。

 別に煽りでもなく、そういう時代だと言いたい。
 SNSでは、自分がいかに忠実な大河ファンであるか、そういうアピールが目白押しです。だからこそ、天災でやむを得ない放送休止でも、惜しむ声があるのでしょうけど。

 でも、私はそれを種に口を糊しているからこそ言いたい。
 ドラマは、ドラマです。
 必須の要素ではない。好きな作品が見られなくなったところで、別の何かを探せるのだと。
 いつだって見る側は割り切れる。そういう危機感が、今こそ作る側にも、観る側にも必要ではありませんか。
 大河ブランドに頼り切って、手を抜く時代はもう終わったのです。大河枠だけでも守っていただきたいところですが、それもどうなのでしょうか。

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