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コウラン伝2回、ザ・ボーイズ、アンという名の少女感想と考察(武者)

 コウラン伝――始皇帝の母・趙姫の生涯を描くドラマ。

 『キングダム』で関心が高まるこの時代。彼女はどう生きたのか? 気になるとはいえ、駄作臭が半端ない。でも、謎の義務感から見てみましょう!

『コウラン伝』E2 オーパーツ傘をさすイケメン

 はい、第二回ではイケメン枠の異人が出てくる。早い話が、始皇帝の父だ。この父が、家出してずぶ濡れになった美人プリンセスを助けたそうですが。

 お? ここで異人が差し出す傘、ちらっと映ったけれどビニールでできてません? オーパーツが出てくるとはたまげたなぁ。これだからトンデモ時代劇はやめられないぜ!(いや、本当はやめたいんだが……)

 もう、作り手には何も言わない。問題はこれに受信料を突っ込んだNHKだ。
 そのイケメンは、ともかくヒロインとくっつけばいいだけなので、正直どうでもいいです。ヒロインのコウランが、なんだか琴を弾くようですが。

 こういう楽器考証ともなればかなり難しいはず……まあ、オーパーツ傘が出てくると思えばどうでもええわ。説明セリフ、説明セリフ、考証ミス、説明セリフ……そういうドラマですね。照明装置もLED感が常に出ています。真面目な古装片はもっと蝋燭を使うんだよなぁ。でも、まあ、もうそこは笑うところなのでどうでもいい。

 そう思いつつ見ていると、なんだかライバルぽい女性が出てくるようです。どうせドロドロレディースコミックじみた展開する気でしょう?

 そして舞がショボい。古代中国の長袖の舞はすごく気になる。気合の入ったドラマだと、一流のダンサーを起用したりする。武侠ものの『射鵰英雄伝』の梅超風なんか、そこはもう……って、現実逃避したくなるくらい、お粗末。何がしたいドラマ? 知ってる、手抜きでしょ? 

 そういえば美男美女が「約束だ」とハイタッチしていましたけど、ああいうのってありでしたっけ? 

 今週もツッコミどころしかない。恋愛ものとして面白くても、だから何だという話です。この時代、この題材でやる意味、なし!! 二番煎じ狙いで手抜き仕事をした。そういう作り手にいうことはもう何もありません。

 どうしてこれを買い付けましたか? そこが問題だ。

 これが中国時代劇代表作だと思わないでください。これ以下はむしろないのです。なんでこれを買い付けて吹き替えまでした……。

『ザ・ボーイズ』メイク・枢軸国・グレート・アゲイン?

 今一番好きなドラマがこれかもしれない。とはいえ、日本版レビューは荒れています。日本人からすれば、キミコの弟であるケンジの日本語がおかしいと思えてしまう。ちゃんとそこは話せる人を起用して欲しい。

 あれ? もしかして、Amazonプライムは日本人を舐めているの?

 はい、そこに引っかかちゃうとね。もやもやしますよね。枢軸国勝利世界が地獄であると描いた『高い城の男』もドラマにしたし、そこは諦めたらよいかも。いやいや、そうはいっても『MAGI』は力作ですよ。シーズン2は作られるのかな。

 けれども、大日本帝国的な意味で「反日だ!」となるのだとすれば、そこはむしろストームフロントがケンジを拷問惨殺するところですね。

 ストームフロントは白人至上主義者であり、かつ、ナチスをリアルで見てきた設定です。ナチスドイツは、枢軸国として大日本帝国と同盟を……それはそうなのですが。

 とはいえ、ヒトラーはアジア人、もちろん日本人も、列島人種としてモロに差別していたんですよね。ただ、プロパガンダに長けていたので、ヒトラーユーゲントを日本に送り込んで、うまくたらし込むことに成功したりはしているのですが。

 そういう【ナチスはそもそも、日本人も見下している】という原点回帰を見せつけてきていて、大変意地悪なことをやらかしているという印象です。

 かつて、枢軸国ジョークがありました。日本人とドイツ人が、
「次はイタリア抜きでやろうぜ」
 と語り合うというもの。現実を見ましょう。むしろこうなりますよね。
「次は日本抜きでやろうぜ」

 コロナの時代、日本人や日系人も「中国人め」と罵倒される差別が相次いでいます。そんな時代に、バナナと揶揄される名誉白人思想に浸っている日本人は、危険極まりない。そう教えてくれる、このドラマはすごいことをしやがるなと思います。最終話も楽しみです。

『アンという名の少女』S1E4まで

 NHKの朝ドラには、『赤毛のアン』をモチーフとした作品がありましたが、それではなく『なつぞら』を彷彿とされるところが興味深いと思えました。
 あのドラマでも、本作でも、孤児に対して周囲がともかく冷たい。犬呼ばわりは、国を問わないのだと思いました。

◆赤毛が醜いのはどうして?

 そもそもアンは「赤毛とそばかす」をどうしてあそこまで恥ずかしがっているのか? そこには人種差別があります。赤毛で色白でそばかすができる。それはケルト系の特徴とされました。ケルト系であるスコットランド人やアイルランド人は、アングロ・サクソン系の人々に敗北した歴史があります。負け組の人種的特徴として、劣るとみなされたのです。赤毛への劣等感は、人種差別とも関係があると。

 イギリスのフィクションを読んでいると、頭髪や目の色にもイメージがあります。

 金髪碧眼は美形とされるようでいて、特に女性の場合はあまり賢くないイメージも付与されやすい。冷戦の影響のためか、冷酷なロシア系と結び付けられた時代も。

 茶色は、よくも悪くも平均的。特に特徴がない。

 ダイアナのような黒髪は、知的で冷静なイメージがあります。漆黒の髪は、知性派の探偵にふさわしいかも。BBC『SHERLOCK』は黒く染めています。

 ジェームズ・ボンドも黒髪が条件とされていて、それがダニエル・クレイグで金髪碧眼になった時は、ちょっとした衝撃がありました。007を黒人女性にするか否かで異論がありますが、金髪碧眼の時点で原作からイメージを変えていますからね。

 ともあれ、赤毛は差別的な理由で劣等とされていると。

◆フランス系とカトリック

 『アンという名の少女』では、主役周辺ですらフランス系移民を「怠け者」と見做していると思われます。下働きのジェリーへの目線は、なかなか見ていて辛いものがある。

 カナダでは、英仏でどちらが領土とするかで争い、フランス系が敗北しました。敗戦国の劣等国民として、軽蔑されています。フランスがカトリック教国ということも、見下す要素になると。

 プロテスタント国は、カトリックを美食とセクシーさに溺れる惰弱な連中だとみなすことがありまして。イギリスのスラングは、フランスをつけたひどい言い回しがたくさんあるものです。

◆北米と北海道と

 そんなカナダの人々を見ていると、北海道開拓のことも思い出しました。
 開拓民も、一致団結しているわけではない。第一弾としてやってきた戊辰戦争の東北諸藩が、開拓者の祖として格付け上位になるような要素がある。アメリカのWASP(白人、アングロサクソン、プロテスタント)と似ております。

 この屯田兵にしても、藩の規模が関わってくる。仙台藩のような大藩はコミュニティとして大きいため、他のルーツの人々からすれば反発を感じることも出てくると。

 北米と北海道開拓には、似た要素があると思いました。開拓する側にも上下がある。そしてその秩序の中で、先住民はどうなるのか?

 開拓する側も、本国では“負け組”とされている。差別される苦しみを知っている側が、先住民を搾取し迫害する。そういういびつな構造を思い出してしまいます。

 開拓者だけの、健気な姿だけ追い求めることは、やはり違う。これからの歴史を描くフィクションという意味でも、素晴らしい意欲作だと思いました。

 あと細かいところですが。アンの携帯用黒板がちゃんと黒い。昔の黒板は黒い。緑色の黒板は、もっとあとになって出てきています。NHKでそこを間違えているドラマを見たことがあるのです。なかなか、そういうところって難しいです。

 ではこのあたりで。

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