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『おちょやん』86 空襲で亡くなったおよそ四千人にはそれぞれの人生があった

 昭和20年(1945年)3月13日――第一次大阪大空襲が道頓堀を襲いました。京都にいた千代、一平、寛治は道頓堀に駆けつけます。
 メラメラと燃える中、スローガンを貼り付けた家屋が見える。アメリカ軍は日本の家屋をいかにして焼き尽くすか研究していました。圧倒的な軍事力と科学力の前ではあまりに無力であったのです。

遺体の安置所では

 千代が目にしたものは焼けた蓄音器です。今回はきっちりと燃えたことがわかるセットと小道具で、相当気合が入っております。まだ火が残り、足元も危ういところを千代は踏み越えてゆく。
「御寮人さん!」
 そう叫び歩き回る千代を一平は止めます。ここで千代が眼球が動く演技をセリフがなくてもしていて、演技力がすごいことになっております。通りがかった男性に尋ねると、町外れにできた遺体の安置所にいると言います。
 このおっちゃんの声がハキハキとして明るい。これが怖い。遺体なんて平時はひとつでもあれば大騒ぎです。それをこう淡々と言えるほどおっちゃんの感覚は麻痺しているのでしょう。

 啜り泣く声がする遺体安置所。担架でまた一人運ばれてゆきます。そこには宗助がおりました。無事を確認しあっています。死亡したのは菊と福松でした。みつえが呆然としてそこに座り込んでいます。シズは菊の遺体に寄り添っています。
 菊はシズに何度も疎開を勧めていました。間一髪でシズと宗助は疎開していたものの、菊本人は犠牲となったのです。みつえは暖簾のせいだと言い出します。ここでみつえは感極まってその場をさり、うつむき自分に言い聞かせます。
「だんない。一福もいてるし、うちがしっかりせな」
 みつえは暖簾のせいだと言い出します。疎開先で、菊は暖簾を忘れたことに気づきました。この場面で福松が一升瓶に入れた米を突いて精米しています。当時らしい描き方です。細かいなぁ、ほんまようやっとるわ。
 福富が芝居茶屋をやめても、暖簾だけは守ってきた。その暖簾を取りに戻り、二人は犠牲になったのです。福松は菊を庇うようにして亡くなっていたそうです。

芝居茶屋が道頓堀にあったこと

 シズは菊に語りかけます。死んだらしまいや。そう言っておいて死んでしまうなんて……シズは暖簾を握りしめ、道頓堀に福富と岡安という芝居茶屋があったことを忘れさせはしません。いつまでも語り継いでいきますさかい――そう誓うのでした。
 実は岡安って、浪花千栄子さんの奉公先とは設定が変わっているんですね。
 だいぶよい人になっておりますし、そもそもが料理屋であって芝居茶屋ではない。その設定を変えたのは、おもしろくするためでしょうし、道頓堀の芸能史への敬意もあるのでしょう。
 芝居茶屋が道頓堀にあったこと――そのことを朝ドラが伝えてくれます。
 数年前のある朝ドラでは、小林一三をモデルとした実業家を出しながら宝塚を出さなかった。ああいう上方芸能を侮辱することをNHK大阪はもうしないと決めたのでしょう。

 みつえは義理の父と母を守れなかったことを、福助に謝りながら泣いています。出征兵士は祖国と家族を守ると言っていた。それが今や銃後にいたはずのその妻が、守れなかったと謝るようになった。これが戦局の悪化です。
 そんなみつえと千代を少し距離を置いて見て、目を伏せる一平。一平はちょっと距離を置いて何かを観察することができます。賢いと言えばそうですし、創作者なら才能でもあるけれども。冷たいと思われる可能性はありますし、くせのある性格ではあります。ここで近寄って抱きついたりできないと。ここ、今日大事やで。

この戦争は負ける

 数日後、みつえと一福はリヤカーを引いて、天海家へやって来ました。難を逃れて居候です。まあ、この一家はそういうことはないと思いますけれども、物資のない戦争末期です。食料の奪い合いで恨みつらみが生じたこともままありました。一平がシズたちと疎開した方がよかったのではないかというと、みつえは福富の後始末のことと、福助が戻った時早く会えるからと返すのでした。
 家庭劇の面々は京都から戻り、連絡がつかなくなっています。焼けた稽古場を見て千代は「しぶとい連中やしな。きっとだんない」と言います。シズが菊に「アホ」と呼びかけたり。ここでも「しぶとい」と言ったり。大阪らしいセリフ回しです。焼け跡の背景に真っ白い頭のおばあちゃんなんか座り込んでますけれども、こういう背景まで気合を入れているとわかります。

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2020年度下半期NHK大阪朝の連続テレビ小説『おちょやん』をレビューするで!週刊や!(前身はこちら https://asadrama.com/

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