個人的に好きな一ページ創作詰め合わせセット

ポイ捨てタバコ
なんで私が○○にという看板の横の川の一角に俺はうずくまる。寒さをしのごうとするためだが、それによって自分の体臭の酷さを余計に感じる。
「なんで俺が」
なんて俺は、働いていた時の口癖を未だに連呼する。雲行きは怪しく今にも雨が降りそうだ、二月の東京には相応しくない。
「君、もう来なくて良いから」
さらっと言われた上司からの一言がイヤホンを付けているときのように自分の耳にだけ何度も反響する。友達に学生時代もらったお気に入りのイヤホンも売ってしまった。自分の貯金を切り崩して生活していたが、働く気にはなれずにいた。そして、いつの間にかゴミを処理する立場だった俺が、人としてのゴミになっていた。ミイラ取りがミイラになるなんて慣用句を思い出す、意味は全く関係ないけど。
苛立ちが増して立ち上がって地団駄を踏むも何やってるんだと虚しさが増すだけだった。それでも踏み続ける自分は周りから滑稽に見えるのだろうか?それともただのイカれた人間に見えるのだろうか?
しばらくの間、踏み続けた地面には何の変化もない。息があがり、地面への八つ当たりをやめる。
「分かってるよ、なんで俺かは」
いつの間にか呟くその声はひどく震えていて、自分のゴツゴツとした外見とはかけ離れていたが、いつまでもふがいないままで何も成長できてない子供のまんまの自分を的確に、鮮明に表していた。
黙って雲行く先は誰も知らず、太陽の燦々としているのが今の俺には相応しくない。

渋滞
「これ、あと何分かかるんだ」
チクチクと時計の針が進む音がやけに耳につく。
「あんた、そんな焦ったところで仕方ないでしょ」
おっとりとした口調で助手席の妻は俺を宥める。
「まだまだこれから時間はあるんだから」
そういう言葉は運転してこの冷戦時のようなストレスを感じてから言うもんだ、と口に出しそうになるのを慌てて止める。彼女に一度運転を任せてみたが、生きた心地がしなかった。少し間を空けた後、
「そうだ、思い出話でも一つ」
前もって決めていたことを思い出したかのような感じに近かったが、決めていたのか咄嗟の思いつきかは30年を越えた付き合いの俺でも分からない。
「大学時代に出会った時からあんたは不思議な人だったねぇ、雰囲気というか何というか表現出来ないけど。それをあんたに、生きてる次元が違うなんて表現をして伝えた女の子にあんたはなんて返したか覚えてる?」
髪の毛だけでなく記憶も抜け落ちた俺はさぁなんて生返事しか返せなかった。
「『生きてる次元は同じだよ、ドーナツは甘いし』よ。本当に変な人だったけど、そうじゃなきゃ私もこんなに一緒に人生を歩めなかったよね」
途中からケラケラと笑う声は鼻につくことはなく自然に俺の心の中に馴染んでくる。中々楽しい運転時間になりそうだ。
一人の若い独身男性が高速道路の渋滞中に居眠り運転をし、脱線して亡くなった。知り合いは皆、彼を極めて平凡な人間だったと話した。

オルゴール
私の家には埃を被ったオルゴールがある。母親は祖父が高値で買い取った誇りあるオルゴールと言うが、私だって小6だ。そんな嘘はすぐ分かる。安っぽい音を鳴らすオルゴールはやはり安っぽいし、そもそもそんなオルゴールが本当に高値ならとっくに質屋に出してこんな貧しい暮らしを少しでも緩和させようとするだろう。それでも私は言及しない。まだ子供だと可愛がってくれる母親を可愛いと思っているからだ。父親に捨てられた母親は仕事に追われながらも、きちんと私に愛情を注いでくれる。でも、本当の気持ちなんて言えるはずがない。
ある日、そのオルゴールを買った祖父が死んだ。死因は聞いても誰も答えてくれない。母親も祖母もいなくなった父もいなくなった祖父も医者さえも教えてくれない。でも、まだ子どもの私にとって死因なんてものは気を紛らすためのものにしか過ぎなくて、結局は死んだという事実が全てだったのだ。
私は泣いた。祖父の死はもちろんだが、人間の死を目の当たりにした私は人生の八分の一を真面目に生きなかったことを後悔した。加えて、私もいつかは行く死後の世界への不安で胸をしぼませていた。その言葉の文字通り私の心臓は誰かに握られているようだった。枕は触れていると気持ち悪く感じるくらいに濡れていて、それでも止まらぬ涙を流し続けて何で泣いてるのかすら分からなくなっていった。
その時、誰も弄ってない私の部屋のオルゴールが今までの何倍も美しく精密な音を奏でた。繊細なのに温かく包み込むそれは私を温めるのだった。
「おじいちゃん、ありがとう」
意識はいつの間にか途切れていた。


雨の映る窓に気持ち悪いほど、鮮やかな赤が付着する。だんだんとその赤は、重力によって下がっていく。そして、それが畳に染み込んでいくのを、腰を抜かしていた俺は見ることすら出来なかった。
「ど、どうしよう。やっちまった」
慌てる俺は、手にもったナイフを投げ捨て、人の字を書いて落ち着こうとする。しかし、両手にもまんべんなく赤があり、余計パニックに陥る。手袋を付け忘れていたのだ。あいつの計画性が足りないという言葉は本当かもしれないと今になって思った。
人のことをさんざんケラケラと嘲笑っておきながらリストラしてきたあいつを俺は許せなかった。だから、頸動脈を切ってやった。あいつの趣向にあった派手な最期だったように思う。
でも、随分前から悪魔に売ったはずの魂に何故か愛着が湧いて離したくない思いが芽生えた。断捨離のできない俺は情報の整理も下手だとやつから職場で罵られていた。服の赤をどうごまかすか?偽造工作は行うべきか?するならどうやって偽造する? 早く逃げた方がいいんじゃないか?俺の頭の中をぐるぐると疑問が巡って、上手く思考がまとまらない。
そんな思考と二項対比を描くように、俺の目線は嫌でもナイフに行く。 そのナイフを見ていると不思議と心が穏やかになっていくのだ。次第に
「ハハッ、ハハハッ」
自分で狂っていると思うような笑い声を発する。ナイフを取ってフラフラとした足取りで外に出る。
その日は、ある地方で血の火曜日と呼ばれるようになった。犯人は笑顔で壁に寄りかかりながら動かなくなっていたらしい。

磨り減る
カツカツと8万のヒールを音を立てながら歩く。靴をはじめとしたファッションにお金を回しすぎるから毎月カツカツの生活を送るハメになるのだ。分かっていてもいつの間にかファッション誌に手が伸びる私は、ファッション依存症なんじゃないか?
ただでさえ歩きづらいヒールで、無駄な距離を過ごしてしまった。校則に縛られなくなって自由になるはずが、周りの女子は皆化粧とかオシャレをするもんだからやめるにやめられなくて、ああ大学生ってこんなに縛られてるんだなと少し期待はずれを感じる。ヒールなんて買うんじゃなかった。歩きづらいし何しろ疲れる。だから、今日の無駄な距離は何の意味もないどころか苦行だったのだ。ではなぜそんな苦行をしたのか問われれば一人でいるのがなぜか酷く惨めだと感じたからだ。友達がいないか部室に行くも、そこはもぬけの殻でそんなことのために無駄な距離を過ごす私が一番惨めだと気づく。
本当はなぜ独りが惨めに思うか分かっていた。私は午後からの授業の前に彼氏と会う約束をしていたが出会うとすぐに彼は氷柱のような冷たく鋭い声で
「別れよう」
どうして?その疑問はコーヒーに入れた砂糖のように溶けてなくなる。少し冷めてきた恋に活性剤を入れようと今まで置いた無駄な距離は何の意味も持たなかったのだ。つまりは自然消滅というやつである。彼の方からまた愛してくれると信じていたのに、それは信じるわけではなくただの妄想でしかなかった。化粧は落ちても落ちきらなくてまさに私の心を顔で表現していた。脱ぎ捨てたくなる衝動を抑え、カツカツとまたヒールを鳴らす。

藁人形、連なる
こんなに世界が鮮明に色づいたのはいつぶりだろうか。勿論、僕は後天性の色盲ではない。ただ、むやみやたらに恐怖に怯える日々から抜け出せることが嬉しくて仕方ないのだ。隣で手を繋ぐ妻も笑みが止まらない。きっと、僕も似たような顔をしているのだろう。周囲の人々は少々気味悪がっているようだが、そんなことももう知ったことではないのだ。
久々のショッピングモールでは色んな贅沢をした。節約しなくては、と必要以上に固執していた僕達では考えられないほどに。何が良いのか僕にはさっぱりだけど、妻はブランドものの鞄や靴を可愛くねだり、僕はそれを全部買ってやった。その代わり、僕のわがままで高級料理店で飯を食べては、
「僕達の料理の方が美味しいね」
と笑う。妻もそれに応えるように笑い返す。店の少し黄ばんだ光がその笑みを太陽のように見せて、幸せな一日を確信する。こんな日に涙は要らないのに、意識しておかないと嬉し涙を流しそうになる。
ラブホテルなんて入ったのは初めてのことで、想像以上の絢爛さに戸惑いを覚えながらも、少し薄暗い灯りのもとベッドに身を重ねた。僕は自分が生物であることを分からせてくるその行為が好きではないが、妻も僕のためを思って好きでもないことをやっていることを考えると、前向きに生物になれた。汗一滴さえズームして写真にしたいほど彼女は画になっていた。
「行こうか」
と妻と次に身を重ねたのはラブホテルを出てしばらくした道路上のことである。この世界の理不尽をゲシュタルトに呪うようにして服を赤く染める。

平成最後の陽
平成最後の日に太陽は姿を見せない。それで、平成最後なんて言っても自然にとってはただの日で4月30日ですらないと気づく。それなのに、バカみたいに騒ぐ人々をいみじく滑稽だと感じる。
俺にとってこの日は意味を持つ。平成最後なんて意味を裸眼で見る砂の小ささに感じるくらい、その意味は重要だ。
「元気の使いどころを間違えやがって」
と、月三万のオンボロアパートの角部屋で呟く。壁は薄いが、隣の部屋も借りているため誰かに聞こえる心配はない。結局言葉を無駄遣いしている分あいつらの浪費癖を批判できる立場ではないのかもしれない。誰もいない壁からノックの音だけが響く。
俺とあいつはアパートの隣人で、彼女は生まれつき体が弱いが気は強く、誰にでも好かれるような性分だった。ただ、両方恋やら愛やらを意味不明だと感じていて酒に溺れながらその真似事をする関係になった。ただの真似事だったものが、次第に日々を輝かせて、本当の愛を知った気になっていた。
三年前の4月30日、俺達はありあまる活力を浪費して喧嘩した。理由は思い出せないほど下らないことだったが、彼女は俺の家を出ていき、自分の家ではなく、ただ外を当てもなく走った。人通りの多い道で、彼女の体は唐突にそして猛烈に悲鳴を上げた。
誰かがすぐ救助でなくても119に電話を掛ければ助かる状態だった。しかし、誰もが他人事で救急車が来ることはなかく、彼女の命は儚く散った。
「元気の使いどころを間違えやがって」
太陽の位置と反復した言葉が、どこに向けられたかは彼女しか知らない。

残り香
今年の夏は嫌なことばっかりだ。そんな夏は相対性理論的には、長く感じられるんだっけ?あれが、アインシュタインから少年へのジョークなのか、それとも本当なのかは物理が嫌な僕には分からないことだ。僕は嫌なことばっかりだ。
感傷に浸っていたいけれど、そんな暇はない。少し力強く、古びたドアを開けると、追い風が僕を急かす。やめてくれ、すぐに出ていくから。そんな思いと裏腹に僕はまだ数歩しか動いてない現実を知る。これじゃ、運動会の足の遅いやつみたいに急かされても当然だ。
急かされても、動かない僕の足はメデューサが石に変えたとしか思えない。メデューサなんてものは言い訳の道具に生み出されたのかもしれない、今の僕のように。何とか動かす足はきごちなく、つられて手先まで不器用に動く。ロボットと何もかわらない人間がそこにはいた。
やっとの思いで、ドアを閉めて、鍵をかけようと左手のポケットから取り出す。右のポケットにはイヤホンを繋いである携帯電話を入れていた。急かされるものだから、未だに耳には接続していない。
鍵をかけようとする手元は震えている。足は、動いてないのに。そこでやっと、自分の視界が揺らいでいることを知る。ハンカチを左ポケットから取り出し、顔を震えた手で拭うと、震えた手をもう片方の手で支えて何とか固定しながら鍵をかけた。
エレベーターのボタンを押す。早く来てくれと貧乏揺すりをしていると、数珠を忘れていたことを思い出す。また君が薄くなっていくことを憂いながらドアを開ける。エレベーター内には無が広がる。

山手線
「はあ」
鉤括弧で括るくらい大きなため息を一つ。今日は嫌なことばかりだった。会社ではミスをして上司に怒られ、なにか同棲中の彼女の様子もおかしい。危ないので黄色い線の内側までお下がりくださいのアナウンスに線じゃなくてエリアだろなんて言いたくなる。自分が上手くいってないからって、こうやって文句言って、本当にクソだなと思って頭をかく。下を向いたらガムがあって気分が悪くなった。はあ、と自分にしか聞こえないため息を一つ。
ガタンゴトンと電車は進む。俺は揺られるばかりで何も進めちゃいない。満員の車内で息苦しい。痴漢に間違われないように手を必死にあげてバカみたいだな。ていうかバカなのか。電車にも職場にも家にも居場所がない。ガタンゴトンと電車は巡る。
一歩一歩が重くて、心身二元論はやはり嘘なんだなと思いながら帰路を歩く。猫背になって下を向いてゾンビみたいな自分を、夕暮れが嘲笑うように射す。部屋まであともう少しと思っても、部屋も自分の居場所じゃないのかと思って疲れているのにコンビニで寄り道をしてしまった。買いたいものもないので五分ほど不審者みたいに徘徊したら外に出た。心にもないありがとうございましたが心に刺さる。
いつもより時間をかけてアパート205号室に着く。狭苦しくて暑苦しい部屋には愛くるしいはずの彼女が苦しい笑顔を浮かべているのだろうか。そう思いながら開けたドアは重い。
「いつもお疲れ様。最近寝てるときにうなされてたからあなたのために内緒で新しく枕買ってきたの」
唐突の告白に、彼女を腕に内包する幻覚を見た。

2%
令和元年十月一日の六時頃、私は橋の上で彼を待つ。約束から五分ほど過ぎたというのに何の連絡もない彼はやはり身勝手な男だった。七分経ってやっと私のもとに着いた彼は悪びれる様子もなく、
「じゃあ行こっか」
なんて手をつかんで強めに私を引っ張る。再三、
「ちょっとそんなに引っ張らなくて良いから」
と注意するも聞き入れてはくれない。結局、そんな彼の強引さにも惹かれてしまっている私は、ほとんど何も自分では決められないんだろう。人口の減りを感じさせない都会を、ゆっくりと進む。
彼の連れてきた場所は、待ち合わせ場所から九町ほど離れた、今まで行ったことのないオシャレなバーだった。そこを選んだことに彼は私のことなんて何も分かっていないんだなと思う。私の頭の八割は彼のことを考えているのに。何でずっと自分勝手なの?その言葉を口に出すことはなかった。
まずいアルコール独特の味をちびちびと味わう。たった四%が味を台無しにする。酔うことのない私にとって、酒を飲むのはただの拷問なのだ。彼はそんな私に目もくれず
「美味い」
と笑みを浮かべる。店を出たあと、人目のつかない路上で久しぶりにキスをした。ちょうど消費税増税分くらいいつもより長い時間で。彼は
「今までありがとう、もうさよなら」
と私のもとを離れて小さくなっていく。もうキスを交わすことのない彼を殺したいほど憎んでいて、殺せないほど愛してる私はただただ立ち尽くすしかなかった。

浸酔
乱雑に冷蔵庫を開いた。ドアは壁に当たりゆっくり跳ね返ってくる。それを無視して俺はロングの缶チューハイを二本、上段から取り出した。空気抵抗で動かなくなっていたドアを勢いよく閉めた。
床はところどころ剥げていて、全体的に汚れていた。机に缶を置き、つまみを手に届く範囲から引き寄せる。今日はあたりめ、賞味期限はまだ先のようだ。こんなに汚くても招く客なんていやしないんだから安心だ。誰も俺のところになんて来やしないんだから安心だ。プシュッと、缶の空く音が響く。
イライラする。今日も営業をとってこれず上司から叱られた。何をどうすれば良いのか聞いても自分で考えろの一点張り。後から入ってきたやつらにも置いてかれお荷物でしかなくなっている。情けなさも一緒に白い壁へ何かを投げた。何を投げたかは分からなかったけど、そんなことはどうでも良かった。オンボロな壁は黄ばんでいるから白いとは言えないんじゃないかという批判と同じくらいに。
いつの間にか酒は缶の半分ほどになっていた。まだそんなに時間は経っていないのに。見ると皮膚が真っ赤になっている。何も笑えないようなこんな状況で不思議と笑い声が発された。自分のことを自分で制御できない。そんなんだからいつまで経っても下の下なんだ。気づいてもやめられず右手に缶を持ち、左手のあたりめを怒りをこめながら噛みちぎったあと、ろくに噛みもせずに流し込む。こんな美味さは知りたくもなかった。
空になった缶にむしゃくしゃして誰かの首を絞めるような強さで潰してやった。その缶が自分のように見えてしばらく捨てられずにいた。

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