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こころの桃源郷

私の母方の祖母の家は昔大地主だったらしい。祖母は1人で大きな屋敷と庭に住んでいた。私は特に祖母の管理する広大な庭が大好きだった。この庭への入り口はなく電信柱の高さまではある大きなツタのような植物の壁をかき分けて入るのだった。着ている服に虫やらツタがくっつくなんて考えもせずに無心でかき分けて進むのだった。通り抜けるとさまざまな季節の花々や、祖母が飼っていた大家族のうさぎたちが迎え入れてくれた。1番奥には大きな栗の木がありその幹の根元で絵本を読んだりお昼寝をしたり、歌を歌ったり、ごはんを食べたりなど、のんびりと過ごすのが大好きだった。つい時間を忘れて母に怒られたことも何度もあった。それくらいあの場所はどこまでも自由でいて良い楽園だったのだ。

私の大好きな祖母は5年前に交通事故で他界した。雪が降りしきり寒さが厳しい日だった。最期に見た祖母の顔は美しく穏やかに眠っているようだった。そして今あの楽園は亡くなった。今年の春に帰郷した際に目にしたのは閑散とした荒地だった。木々は切り倒され、花々は除草剤が撒かれて枯れ果てていた。うさぎたちはいつの間にかどこかへ引き取られていたが生きているかは分からないそうだ。私はあの光景を目にした瞬間に祖母と楽園は1つであったことに気付かされた。あの楽園は祖母が丁寧に作り上げたものであり、誰も手入れをしなくなった楽園は荒地と化したのだ。そして2度と祖母と楽園に会えないことを今さらながらに実感したのだ。

もしも過去に戻れるなら今の私はあの楽園時代を願うと思う。あのどこまでも自由でいられて誰にも邪魔されない時間を過ごしたい。それは忙しなく目まぐるしく進む日々にしがみつくのが必死で自分を見失なうことが怖いからかもしれない。あるいは息も詰まるような四角い箱が立ち並ぶ都会の街に疲れを感じているからかもしれない。いずれにせよ今の私はどこかへ逃げ出したいと思っているのだろう。しかし、そんなことは簡単にはできないし勇気もない。帰郷したところであの楽園はもう存在しない。だからこそ私の記憶となり桃源郷となった楽園をいつまでも忘れたくないし大切にしたい。祖母と一緒に楽園は今も私のこころの中で生きている。

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