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いくぞ新作⁈ (19)

アナログ作家の創作・読書ノート  おおくぼ系

連載小説  はるかなるミンダナオ・ダバオの風   第19回

        〈いままでのあらすじ〉
中城紫織(なかじょう・しおり)は、中城設計工房を主催している。ある日、中年の制服警官が訪ねてきた。〈ダバオに行った長男タツヤが過激派に拉致された〉とのこと。彼女はダバオの天羽(あまばね)へ連絡を取る。
フィリピン・ダバオ支店長の天羽隆一(あまばね・りゅういち)はシオリからの電話にでた。拉致について総領事へ問い合わせると、人質事件で混乱しているが、拉致は聞いてないという。天羽はアンガスとジープを走らせ、アポ山裏の小屋にたどり着くが、タツヤは非番でいなかった。今おこなわれているダバオの市長選も現グスマンと前ドウタテイの戦いで、ねじれていた。
帰り道、天羽はダバオの運命にひたった。ここで、日本人の村長さんともいうべき総領事安東博史と出会い意気投合した。天羽は安東を衆議院議員上國料の政策秘書として紹介した。二人は共通項があり、天羽が、〈ダバオの日本国〉というノンフィクションで新人賞をとっていたこと。安東も、チエコスロバキアでの外交経験を書き綴った〈雪解けのプラハ〉という小説を上梓していた。ダバオの市長選はドウタテイの返り咲きとなった。天羽は施策が転換され、再び犯罪者や麻薬密売人の粛清がおこなわれると危惧する。タツヤが、天羽を訪ねてきて拳銃を買いたいという。天羽は、まずは銃の取り扱いを学べと、アンガスに訓練を託す。安東も国会議員事務所で半生を振り返り、チエコ大使館を訪問してチエコ時代のデモビラなどをあずける。シオリは警察庁から、またもや〈息子が、窃盗事件を起こしたので賠償してくれ〉というメールを受け取り、とり締まりのない時代へなったと嘆く。アンガスはタツヤに射撃訓練を行う。天羽は、ドウタテイ新市長を訪問してパトカーの寄付が欲しいと請われ、安東やシオリに相談をする。シオリは相談を受けるも、それは、国の安東秘書の仕事だという。天羽は、ダバオに国際大学を創設する計画の手助けもせねばならなかった。タツヤは銃扱いの訓練を続け、一方、安東は、よくぞ小説〈雪解けのプラハ〉を書いたと感慨深かった。シオリは、サツマ環境センターの事業参入でノリノリであったが、天羽は事業の資金繰りに窮していた。こういう状況に、突然アメリカで同時多発テロが起こり、ミンダナオのアル・カイダもイアスラム過激派の仲間だという。天羽は、事業の縮小をきめ、アンガスがその旨をタツヤに告げると、彼は、〈自由ダバオの風〉を立ち上げるという。アンガスは相談に乗り、タツヤの援助を約した。安東は、パトカーの寄贈について交渉を重ねていた。
シオリは目論み通りに、環境センターのコンペを勝ち取った。ダバオは、渡航困難区域となり、天羽は交流を模索していた。そんな中、タツヤとラルクが、タスクフォースに連行される。アンガスが、二人を救出せんと留置場へ急行し、無事に救出する。シオリにはタツヤの抑留ことを知らせなかった。


ヒートアイランド現象ということが話題となった。路面をコンクリートで覆われた都市は、照り返しによる熱気がたまり、周辺地域より気温が二、三度高くなるとのことだ。
そのために、県都サツマ市にも太陽光を吸収する緑、草木を植樹する必要性がいわれだした。 
 市街の中心道路を走る路面電車の軌道敷もけっこうな敷地面積を有する。ここを芝生によって緑化すると、景観だけではなくて日光を吸収しヒートアイランド現象の緩和につながる。現に緑を大切にするヨーロッパのトラムカーなどは、軌道敷に芝などを植えているところも多い。これは、グッドアイデアだ、タイミングもバッチリだ。
 で、どう行動する、ふたたびデザインを描き上げなければならない。
 サツマ市電は、サツマ軌道敷公社が経営しており、サツマ市の管轄のもとにある。
 サツマ市には、都市計画や建築確認申請の用件で頻繁に出入りしており、建築関係については統括する副市長がいる。市長を補佐する副市長が二人おり、一人は福祉をはじめとして民生事務一般を統括するものと、建設などの箱物に関する技術を担当するものに分かれていた。そして、民生担当は役所の生え抜きから選任されるが、建設などの技術に関する担当副市長は、市採用の生え抜きの技術職員と、国の建設省から課長級の技術官僚が出向して、三年ほどで交互に勤める慣習になっていた。
 今は、ちょうど建設省の技官が赴任してきたばかりであった。
とにかく、当の副市長に会って軌道敷の緑化を売り込んでみたいと、初動の方向がみえつつあった。再度、考え直しても妥当な線ではないかと思える。グリーンワークスの社長へ連絡電話をかけた。
 夕刻になり、社長からの折り返しがあった。
「芝ブロックを市電の軌道敷に設置するため、副市長にデモンストレーションを行いたいのですが、社長のご予定はいかがでしょうか」
 社長には異論はなかった。シオリにあわすので、よろしくとのことである。
「では、軌道敷に芝をはったときの、イメージパース図をパネルにして用意していただけますか? アポが取れたら連絡しますので、説明資料の準備もよろしく」
 社長との電話は要点のみで簡潔に終わった。次に出向官僚となれば、やはり国の人脈とかさなる。ここは安東へのお願いとなる。環境事業についての説明をさせていただきたいと、副市長へのアポをとっていただきたいとの依頼をした。
 翌日、来週の水曜日の昼過ぎなら、いくぶん時間が取れるとの折り返し電話があった。公務員にとって年明けは予算の最終つめ、議会などで超多忙の時期であったが、国の政策秘書を通じての依頼は、効果てきめんで後回しがしにくいのだろうと納得であった。
 当日になり午後一時過ぎ、シオリは社長と一緒に副市長面会者の待合室にいた。
「フジサキさま、どうぞ」と、秘書嬢が入室を促した。
 シオリは先に立ち、木製のドアを押した。失礼しますと声をかけて中に入ると、奥の執務室にメガネをかけたスリムな副市長がみえた。
 どうぞお掛けくださいとのすすめで、執務室の前のソファーに社長とともに腰をしずめる。向かいのソファーに副市長が歩いてきて腰かけた。
「座ったままで恐縮ですが、藤崎シオリと申します」名刺を差し出した。
「グリーンワークスを経営しております」社長もシオリにならって名刺を渡した。
「半年ほどまえから副市長になりました。よろしくお願いいたします。ところで、さっそくですが、本日のご用件は?」
 社長が、現在建築中のサツマ環境センターの屋上緑化の様子の写真を示して、実績をアピールしたのちに、電車の軌道敷を緑化した景観図のパネルを示した。
「これは、わが社の特許技術でして、地方から事業を起こしていけるものと、自負しています。日本で最初のモデルケースをサツマから発信したいのです」
「なるほど、テストケースとして、やってみる価値はあるかもしれませんね」
 意外にも副市長は乗り気の様子をみせた。シオリは、やはり、副市長はサツマで何らかの実績をあげて本庁へ帰ることを願っているのだと感じた。実績をあげられなければ、国交省九州地方局へ異動となり、そこでキャリア人生は終わるのだ。
「メリットは、ヒートアイランド現象の緩和、市電の軌道敷の景観の向上、さらに騒音も減少するかと考えて検証中です。事業の実現にお力添えをお願いします」
 シオリが、引き取って推進への協力を念押しをした。
「都市再生整備計画による、まちづくり交付金に乗せられれば、御の字ですね」
 さすがに、副市長はわかっている。社長の顔を見て目を合わせて、お互いにかすかにうなずいた。
「では、本日はこんなところで失礼します。何か不明な点などが御座いましたら、直接ご連絡ください」
 社長と二人、立ち上がると最敬礼のお辞儀をした。
「不思議なほど、前向きだったですね」シオリは、社長に声かけた。
「物事がうまく回るってときは、こんなものかもね」社長が返した。

        *    *     *

 アメリカのとった報復は迅速であった。
 テロ事件が勃発した約一週間後の九月二十日、米大統領はアフガニスタンが支援するビン・ラビンがテロ事件の首謀者であると断定した。また、アフガニスタンはビン・ラビンが指導するアルカイダなどの国際テロリズム勢力を擁護しているとして、国を支配していたタリバン政権を激しく非難した。翌月の七日、アメリカは、テロリズム対する世界戦争を訴えて、連合軍を形成しアフガニスタンへの空爆をはじめとし報復攻撃を開始した。
 〈自由への作戦〉とネーミングされたアフガニスタンへのアメリカ軍の侵攻作戦は、NATO(北大西洋条約機構)も参加した連合軍となり、フィリッピン、グルジア、エチオピアなどテロの起こっている世界各地でも展開された。侵攻の結果、アフガニスタンのタリバン政権は崩壊した。
 年が明け一月となった。
タリバン政権を倒したアメリカは、イラン、イラク、北朝鮮を世界の秩序を乱す〈悪の枢軸国〉と決めつけ、ことにイラクのフセイン政権は、核・化学兵器などの大量破壊兵器を開発して、世界制覇を目論んでいると危険視し、イラクにも武力行使をおこなった。
 もとをただせば、中東はメソポタピア文明が発生し高度のポテンシャルをもったところであったが、火薬庫と言われるほど紛争が絶えない地域となった。そこには石油が無尽蔵に眠っているということから、〈黄金の液体〉の利権をめぐって、激しい争いが起こっていた。
アフガニスタンは、人口四千万人弱のイスラム共和国であるが、大国にはさまれており、民生が安定せずに紛争が継続しており、多人種からなる国であるために内戦状態も継続していた。二十年ほど前に、ソ連軍が侵攻してきて社会主義政権を樹立したが、国内の治安は維持できずに、内戦が勃発して混戦状態に陥った。そのなかでの武装勢力の一つが、イスラム原理主義をつらぬくビン・ラビン率いる過激派武装集団のアルカイダであった。イスラム原理主義は、ソ連の権力による社会主義、アメリカの金儲けの自由主義を否定し厳格なイスラム教による独立国家をめざしている。そのためには、武力闘争も辞さずとしているのである。
フィリピンにおけるイスラム教は、インドネシア、マレーシアなどとの交易を通じて伝来し、沿岸部を中心に広がっていった。イスラム勢力がだんだんと北へ浸透していったところにマゼラン一行が世界一周の途中で訪れたが、マゼランはセブ島で殺された。その後にスペインが侵攻してきて、カトリック教を広め植民地化した。これに対し南部のイスラム勢力が抵抗したことにより、今まで三百年間も続く紛争の発端となったのである。
スペイン支配の後にアメリカの支配・統治にかわり、キリスト教徒は勢力を南部方面へも拡大してきた。
天羽のダバオへのかかわりは、カブト虫の生態を取材するためにフィリピンを訪れ、戦前、アメリカの統治の時代に日本人がダバオへ移住して来て、苦難の上にアカバ栽培などで富を成し、日本人街を創るように繁栄したのだが、日本軍の侵攻による四年の支配を受けたのだが、日本が敗戦国となったために、戦後、日本人や日系人は筆舌に尽くしがたい苦渋をなめたことを、知ったためであった。
日本人の歴史の悲哀を意気に感じたのが、ノンフィクション『ダバオの日本国』として結実した。それが、その時、通訳をつとめてもらったシンシアと深いなかになり、いっそう深くフィリッピンやダバオに係わるはめになってしまった。ここでともに生きる価値を見つけ出したのだ。

「ボス、アブ・サヤフせん滅作戦が、始まったようですぜ」
 二月に入ってアンガスが知らせにきた。彼はタツヤの拘留事件後、彼らの〈自由ダバオの風〉グループの顧問兼ボデイガードをしていたが、アメリカ・フィリッピン軍のアブ・サヤフのせん滅作戦を気にかけていて、自由に行動しては、二、三日行き先も告げずにいなくなることも多かった。確かに謎めいていて、エージェントじゃないかと疑われるのも、さもありなんか。
「村落に人影ばなくシンとしたなか、大砲の重苦しい響きに、カタカタという機銃の乾いた音がすべてで、外からは戦況はわからないとのことでっせ。アブ・サヤフは、潰滅されたとのとですが、どうして、それぞれで逃げのびて、いつものように一般の村民に紛れているはずだ。いわゆるゲリラですから、雑草のようにまたはびこってきますよ」
「ただ、誘拐などの活動がなくなるのは、ありがたいことではないか」
「ゲリラ戦の難しさは、住民すべてを敵にまわすことでさあー、住民の中に紛れ込んでも、あぶれ者は軍が去りほとぼりが冷めれば、またグループをつくって同じことをくりかえすんでさ」
 十年以上、ダバオにきて、いつもまったりとした温暖な季節が限りなく続く風土に順応してきた。季節という節目ふしがあり、区切りをつけて生きていかなければいけない日本の風土とは大きな違いで、生活する人々の考えも極端に違っていると思うようになった。
 コツコツと限りなく積み重ねることは、ダバオでは似合わないのだ。なるようにしかならない、運が良ければ裕福な暮らしができ、運が悪ければ、仕掛けをして裕福な階層に這い上がりたい。
 イスラム教は、灼熱の地に生まれた教えであり、過酷な中で生き抜くための厳格な戒律を生みだしたのだ。いまだに、スルタン(支配者)、ダトゥ(貴族)、普通民、奴隷との階層があり、さらにフィリッピンでは、これがマラナオ人、タウスグ人、サマ人などの十三言語部族ごとにわかれている。
「ボス、モロ民族解放戦線とフィリピン政府は、自治を容認する協定を結んだが、実施されなかったために反古となり、紛争にかえり、また新しい協定を模索することのくりかえしでさあー。協定が締結されても約束が実施されないとか、不満のあるものは、別グループをつくって過激な武力闘争に走る。この繰り返しでさあー、彼らにとって、イスラムを敵とみなすものとの戦いは、聖戦となるため余計に始末が悪い。過激派は、モスリム以外は人にあらずってなもんですぜ。最近は、協定の仲介をハポンに頼もうってことらしいですがね」
「なるほどだ。アンガスに教えてもらって、オレもおおらかなダバオ人になりつつあるぞ。話は変わって、混乱のなか来月にはサツマから交流団が二名ほど来る予定だ。そこで、考えたのだが、ご時勢ながら、ダバオ日本人商工会を設立し、俺は会長になろうと思う。どう考える?」
 アンガスは、いつものポーカーフェイスで厚い唇を動かした。
「いいんじゃないですか、ボス、ここはダバオだし、やりたいことをやれば」
 運が良ければ会長になれるだろうし、やりたいことは山ほどあるーーただ、今度サツマへ帰ったら、人間ドックで胃痛や体調を診てもらう必要がある。

         *    *   *

 安東は、インクのにおい立つような単行本『はるかなるミンダナオ』を手にしていた。
 奥付には、二週間後、来月の二月二十五日発行の記述がされている。
 ページをパラパラとめくってみて拾い読みをして、再度、表紙や背表紙などをなんとなくながめる。江夏和史の分身が手を離れていくのだ。もどかしいようなうれしさがあり、さらに初版二万部のゆくえはどうなるだろうか? いろいろな想いがめぐる。
 発行元のインターナショナル・プレス社が、事前に刷ったものを先日、新聞社などのメデイアに贈呈してくれているので、幾分、反響があった。さっそく〈ソフィア〉という評論週刊誌から、新作についての取材があった。事務所の執務机の隅に二十冊ほど積み上げてあるが、これを上國料議員、国際協力課長など親しい方に謹呈せねばならず、その作業も結構時間をとる。国会議員事務所に居ながらしばらくは、小説家の江夏和史になっている。これは不思議な感覚だ。

          ( つづく )

*夏はやはりあついですね。フウフウいいつつパソコンに向かっています。
 だんだんと終章へむかってますが、無事着陸できるか?
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