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いくぞ新作⁈  (5)

アナログ作家の創作・読書ノート  おおくぼ系

*長編連載小説の5回目です。〈 ミンダナオの情念・ダバオからの風 〉といったところでしょうか。ハードボイルド・サスペンを意識しております。引かないで読んでくだっせ~

            〈あらすじ〉
中城紫織(なかじょう・しおり)は、一級建築士で中城設計工房を主催していて、裁判所書記官の女史とイタリアンの夕食をし、指摘事項などの対案を考えてもらう。翌日、事務所に中年の制服警官が訪ねてきた。〈ダバオに行った長男タツヤが過激派に拉致された〉とのこと。シオリは暗雲につつまれて、ダバオの天羽(あまばね)へ連絡を取る。
アイ・コーポレション、フィリピン・ダバオ支店長の天羽隆一(あまばね・りゅういち)はシオリからの国際電話にでた。拉致について総領事へ問い合わせると、人質事件で情報が混乱しているが、日本人の拉致は聞いてないという。天羽は現場で直接に確認せねばと、アンガスとジープを走らせる。
天羽には、いまだ活動家の残り火がくすぶっていた。アポ山裏の密林を抜けて、小屋にたどり着くが、タツヤは非番でいなかった。伝言を残して引き返すが、今、おこなわれているダバオの市長選も現グスマンと前ドウタテイの戦いで、ねじれていた。

帰り道、天羽は、ダバオにたどり着いた数奇な運命の思いにひたった。ここで、日本人の村長さんでもあった総領事安東博史と出会い意気投合した。
二人とも文士の顔をもち、安東は、天羽の薦めにより衆議院議員の政策秘書となった。


さらにもう一つ、天羽とは共通項がある。それは、彼がジャーナリストとして、〈ダバオの日本人たち〉というノンフィクションをものし、新人賞をとっていたこと。対して私も一昨年、チエコスロバキアでの外交経験を書き綴った〈雪解けのプラハ〉という小説を上梓しており、これがけっこう読まれて十版を重ねている。互いに文士仲間であるというものだった。

安東が、〈雪解けのプラハ〉を発表した時のペンネームは、江夏和史である。これを使い分けることにより、政策秘書から作家へと華麗に変身できる。
さらに、ダバオの村長さんの現場から中央政界への転身は、明らかに景色が変わった。今までを通して、人には脱皮する時期があり、生まれ変わる様な機会が、何度かおとずれる。
そして、やはりと言おうか、国家の構造は、行政の上に〈まつりごと〉が厳然と坐して支配しているのだ。国家機構の頂点とも言える、まつりごとのパワーは底知れない。見えない風というべきものが、ときに激風となり、押しつぶされそうな重すぎる気圧を感じる。突然に吹き上げられたり、反対に圧に押しつぶされ、奈落の底まで落とされてしまう。
一月末からはじまった国会は、さいわいに今のところ大きな混乱もなく、今月末で閉会を迎える。与野党がぶつかり合い政局となる大きな争点がなかったのだ。
……ところで、ダバオ市長選の現状はどうなっているのだろうか、天羽に連絡をとってみたくなった。時刻は午後四時半、自身の秘書デスクに座って直通受話器をとる。短縮ボタンを押すと即、回線がつながり呼び出し音が響いた。六度ほどののち、ガチャッと受話器か音を発しつながった。
「天羽さん、そちらはどうですか、けっこう暑いでしょう。また、選挙の情勢はどのような具合ですか」と、切り出した。
「ごぶさたでした。何かと野暮用が多くてバタバタしてますがね、選挙はやはり開票待ちで何とも言えませんね。サン・ダバオによると、現職グスマン氏が有利とはいってますが、パラワン島の人質事件が起こり、穏健派のグスマンよりも治安第一のドウタテイに帰ってきてほしいという声も大きいようですね」
「でも、われわれとしては、サツマの訪問を実施した親交の深いグスマンでしょう?」
選挙戦では現役が有利であるのが普通である。
「いま、ダバオ通信の原稿をまとめつつあるんですが、ご存じでしょうが、ドウタテイは前市長であり、グスマンはその時の助役で子分だったのですから、一期だけ市長を代行させたという認識のようで、しかし実際に市長となると、力を蓄えて、言いなりにはならんぞと、お互いに怨念の交差する激しい戦いとなってます」
「なるほどね、わからんもんですね」
「それにこちらの選挙というのは、日本の常識では、はかれませんね。市民が、乱世の英雄と政策立案の行政官とどちらを選ぶのか、もちろんこちらとしては、今までの経過もあり現職に力を入れてはいますが」
「そうですか、とにかく結果待ちですね」
「ダバオとの交流会議の発足式にグスマン市長にきてもらったし、現在進行中のごみ処理事業をうまく軌道に乗せねばなりませんからね。グスマン政権と協議していますから、その方がスムーズに運ぶと思ってます。ぜひ競い勝ってほしいですね」
 なるほどと、うなずいた。と、事務所のドア口からこちらをのぞき込む人影が見えた。
「天羽さん、来週には結果がわかりますね。では、朗報をお待ちしてますよ」
そう簡潔に述べ、切り上げると、受話器をおいて人影の方を向いた。
失礼しますと、頭を下げて職員が入ってきた。
「今、よろしいでしょうか、お呼びだそうで」
外務省経済協力課の課長である。
となりの面談室へ席を移した。課長は椅子に腰かけると、
「早速ですが、アルゼンチンのデフォルトがほぼ確実になり、七十パーセントほど債権カットとなる見込みです。それで、日本の投資家から苦情が殺到している状況です。また、大蔵省は、来季のODAを十六から十七兆円ベースで削減する予定ということです。このような状況をご理解いただき、フィリッピンへの援助については、あげさせてはいるんですが、やはり困難をともなうかと考えています」
「なるほどね、課長も最初から問題なくうまくいきますとは、答えられないだろうが、鉱山開発事業はシャットアウトされたままで、再開のメドはついていない。各国ともどうでるかだが、コンプライアンスを遵守するだけでは、競争におくれをとるからなあ。資源獲得は国策だから、先行投資としての試掘などの膨大な調査費の面倒をみてくれないと、と、総合商社から上國料先生への請願や陳情がひっきりなしだ」
「そのことにつきましては、まとまったもの、考えができましたら、連絡いただければ国際協力機構の方へ伝えさせていただきますので」
「ところで、今、ダバオで市長選があるが、終わったらプロジェクトが作動し、ボーキサイト採掘や山岳をつらぬくダバオ・バイパス工事などが動き出すと思う。支援の順番をトップのほうへあげてくれ」
「ああ、安東先輩、それが本題ですか。ですが、フィリピンのダバオは、まだまだ治安が良くなくて、先ほど申し上げましたように、アルゼンチンの二の舞になりませんかね」
 と、課長が慎重意見を述べたので一瞬の空白が生じ、ひろがった。んむ、と口をつぐんだ後、ドアを開け隣りの執務室の若い女性秘書に、コーヒーを入れてくれないかと頼んだ。
 コーヒーメーカーからいれられた、湯気の立つホットがふたつ、ソーサーに乗せられて運ばれてきた。喉をうるおしながら、しばし考えを整理して述べるつもりである……大陸から圧をかけられる島国は、どこも狙われていると。
「課長、日本とフィリッピンはともに島国で、どちらも大陸に近い。尖閣諸島や南沙諸島など中国からの進出におびえている。フィリピンは、戦後独立を果たしたが、アメさんは、日本と同じように親米政権をたてて、対中国への防衛線にしたがっている。わかるだろう?
我が国は、このスキマを上手く生きていかねばならない」
 経済協力課長は、無言のまま耳を傾けている。
「戦前、日本は、武力でもって海外へ進出したが、それとは別に戦前から施策として海外移民を奨励してきた経過がある。ダバオはそういう日本人移民の築いた橋頭堡(きょうとうほ)で、苦労して住民と共存の繁栄をかちとった。それが、戦争によって奈落の底におとされ、苦汁をなめた二世三世が、あらたな繁栄を築こうとしている……日本としては応援せざるを得ないではないか」
 課長は、コーヒーを半分ほど飲み終わり、そうですねと、椅子から立ち上がった。
「コーヒーをありがとうございました」
彼は一礼すると、また何かあったらご連絡くださいと、事務所を出ていった。
 自席に戻ると決裁箱の中に書類が積んであった。担当する施策は、外交、防衛、国際問題と広範囲にわたっており、ダバオ時代からすると極端に幅広くなってきて、次から次へと案件や支持が上がってくる。さらに責任も重くなってくる。
 アルゼンチンがデフォルトか……インドネシアの借款のこともある……中央にいると、おしなべて世界全体を見わたし、総論にならざるを得ない。ダバオの現場は、各論に思える。が、天羽に協力せねばならない。
……政権が変わると、前提条件が変わるのだ……と感じた。

*    *   *

シオリは、応接室のソファーに腰かけて、年配の依頼人に向かいあっていた。
「結局、確認申請の許可条件は、取り付け道路幅をニメートル確保してくださいから、かわらないのですよ。それで、こちらも考えましたが、基本構造をそのままにしてリフォームということではいかがかと」
「建ててから四十年は経って、だいぶ傷んでいるんですよ。それで、新築して間取りも新しくしてバリアフリーの住みやすい家にしたいのですが」
 依頼主は五十半ばの会社員で、数年すれば定年を迎えるという。
「確認申請ができなければ、撤去して新築するわけにはいかないので……こちらも建築士という免許をもらっているので、違法物件を堂々と建てるわけにはいかないんですよ」
 主は、グレーのスーツに濃紺のネクタイを着用して、地味で、いかにも堅実な銀行員であると思わせる。
「固定資産税課税のための新築家屋の調査は、いまでは、航空写真にたよっていますので、屋根の形状さえ変わらなければ、新築とは分かりませんし、その範囲で間取りも自由にできます。また、ウッドデッキを出すぐらいなら問題はないでしょう」
「……落ち着くところは、そんなところですかね。では、こちらの希望した間取りを図面にしてもらえますかね」
「やってみましょう。それに、リフォームの方が新築よりは費用を抑えられると思いますよ。ただ、設計料は三パーセントいただきますけどね」
「わかりました。気になったから昼時間をもらって出て来たので、これで失礼します。なにとぞよろしく、何かありましたお電話ください」
 依頼人はたちあがって頭を下げた。と、デスクの電話が鳴りだした。シオリはこちらこそよろしく、とお辞儀をすると、失礼と声をかけてデスクへむかった。依頼人が玄関を出ていくのを目で追いながら、受話器をつかんだ。
「いまいいですか、ちょっと長くなりますよ」
「ああ天羽さん、その後はどうなったのですか」
 シオリは受話器をもったままデスクの椅子に腰かけた。
「前、話したように、タツヤ君が顔を出してね、特に困ったことはないようだが、色も黒くなりたくましくなった。一緒に働いているバゴボ族のラルクという少年と気が合ってつるんでいるようです。何か言いたいことがあるか、と問うと小遣いがほしいとのことでした。給料は二万円ほど払っており十分だと思っているのですが、ハポン(日本人)は、金持ちと思われているので、自由になる金が欲しいと。そうか、それならお母さんに言っとくと、こういうことでした」
「そういうことなら、また、中古車を三台ほど送るから、その代金の一部をタツヤにまわしてくれれば、どうかしら。しかし、何に使うのでしょうかね」
「使いみちについては何も言わなかったが、買いたいものがあるらしい」
「その辺は天羽さんに任せてあるので、うまく指導してね」
「次に、昨日の市長選の結果だけど、あにはからんや、午後十一時時点でドウタテイ十九万四千七百三十二票、グスマン十六万五千三十七票で、約三万票の差がついた。まだ、勝利宣言はなされていないですが、現地報道によると、大量の票買いやコンピュータの不正が指摘されグスマン陣営から十件以上の選挙違反が選管に対してなされていそうだけど、ドウタテイが返り咲くことになるようだ。しこりは残るだろうが」
「ドウタテイ政権になると、また、正義を掲げた、悪との戦いになるのかしら?」
「その可能性は、十分にあり得ると思う。まだまだ、ダバオは覚せい剤や誘拐犯などが蔓延しているので、新たな騒乱が起こる可能性がある」
「でも、四年ほど前に、給水設備を寄贈した時の市長がドウタテイだったし、窓口であったボンゴヤン議長もいるから、パイプはつながってるのでは?」
「それについては、ラッキーだった。さらに、ミスダバオが決まったので、この秋、日本そしてサツマを親善として訪問する予定で、受け入れ態勢についてもお願いしたい。もうひとつ、安東秘書が理事に就任した日比ボランティア協会から、ミンダナオ国際大学の維持管理にサツマの交流会が協力できることを出してくれとのことだ。おおまかこんなところで、ダバオ通信の第一号にまとめて、早急に会員に知らせたいと考えていますよ」
「結構大変な仕事が多いですね。でもタツヤのことは一番に考えてね。それだけだわ」
「わかってます。では、本日はこんなところで」
 シオリは、電話を置いた。タツヤがたくましくなったことは喜ばしいが、なんとなくスッキリしないものも残る。日本とは環境が違いすぎるし、長男が成長して自立していくのがさみしい様な気もする。ダバオで事業を起こし成功してほしい気持ちもあるが、でも、ゆくゆくは、帰ってきて中城家をになってほしいのだ。

*     *    *  

 天羽は電話をおくと、いくぶんホッとした。タツヤがなぜ金が欲しいかという理由はだまっていたが、彼は拳銃が欲しいと言い出したのだ。ラルクとつるんでいるうちに、ダバオでは安全は自分自身で守らなければならないと確信したようだ。それに、武器を持つと自然と男は強くなれる。銃器を使える警官や軍人への夢を持つようになる。これは恐怖の裏返しかもしれないが……。
 ダバオの歴史は、マギンダナ王国というイスラム国があり、スペインのあとを継いだアメリカと果敢に戦い、今なお南部にはイスラム解放戦線が潜んでおり、しばらく前には、革命税として略奪する、新人民軍もダバオの三分の二を支配していた。軍や取り締まりの警官も腐敗がはなはだしかった。まだ混乱にあるなかで、ドウタテイが再び帰ってくるとどんなことになるのか……想像もつかない。

                                    ( つづく )

*読むのも大変でしょうが、まだまだ続きます。応援ヨロピク!!



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