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いくぞ新作⁈ (12)

アナログ作家の創作・読書ノート    おおくぼ系

*長編連載小説の12回目です。〈 はるかなるミンダナオ・ダバオの風〉といったところでしょうか。ハードボイルド・サスペンを意識しております。引かないで読んでくだっせ~


            〈あらすじ〉
中城紫織(なかじょう・しおり)は、中城設計工房を主催している。ある日、中年の制服警官が訪ねてきた。〈ダバオに行った長男タツヤが過激派に拉致された〉とのこと。彼女はダバオの天羽(あまばね)へ連絡を取る。
フィリピン・ダバオ支店長の天羽隆一(あまばね・りゅういち)はシオリからの電話にでた。拉致について総領事へ問い合わせると、人質事件で混乱しているが、拉致は聞いてないという。天羽はアンガスとジープを走らせ、アポ山裏の小屋にたどり着くが、タツヤは非番でいなかった。今おこなわれているダバオの市長選も現グスマンと前ドウタテイの戦いで、ねじれていた。
帰り道、天羽はダバオにたどり着いた運命にひたった。ここで、日本人の村長さんともいうべき総領事安東博史と出会い意気投合した。天羽は安東を衆議院議員上國料の政策秘書として紹介した。二人は共通項があり、天羽が、〈ダバオの日本人たち〉というノンフィクションで新人賞をとっていたこと。安東も、チエコスロバキアでの外交経験を書き綴った〈雪解けのプラハ〉という小説を上梓して互いに文士であった。ダバオの市長選は、ドウタテイの返り咲きとなった。天羽は施策が転換され、再び犯罪者や麻薬密売人の粛清がおこなわれると危惧する。タツヤが、天羽を訪ねてきて拳銃を買いたいという。天羽は、まずは銃の取り扱いになれる必要があると、部下のアンガスに訓練を託す。安東も国会議員事務所で半生を振り返っていた。午後に、チエコ大使館を訪問してチエコ時代のデモビラなどを書記官にあずける。シオリは警察庁から、またもや〈息子が、窃盗事件を起こしたので賠償してくれ〉というメールを受け取り、偽メールに対し締まりのない時代へなったと嘆く。アンガスは、タツヤに射撃訓練を行う。天羽は、ドウタテイ新市長を訪問してパトカーの寄付が欲しいと請われ、安東やシオリに相談をする。シオリはパトカーの相談を天羽から受けるも、それは、国の安東の仕事だという。天羽は、ダバオに国際大学を創設する事業計画の手助けもせねばならなかった。タツヤは銃扱いの訓練を続け、安東は、よくぞ〈雪解けのプラハ〉を書いたと感慨深かった。


*    *   *

 シオリは、事務所の二階で窓口にむかい、パソコンのキーボードをたたいていた。
ガラス越しに斜め向こうの大通りを覗いている。メインの通りには、三階建てのひょろ長い法律事務所とその横に駐車場が見える。昼過ぎから二階へ上がって、ラフデザインをしながら、ときどきそのビルディングに注意を払っている。法律事務所は、正式には祝井法律事務所と言い、自社から近いので顧問弁護士ではないものの懇意にしており、法律問題が起こったときは、度々相談に乗ってもらっていた。事務所を主宰している祝井は、西都大学の法律教授であったが、五十代になり学部長選挙に敗れ、サツマに下野してきたのだった。だが、法律学の権威であったために、サツマ法曹界のドンとなった。
祝井豊(いわいゆたか)弁護士は、弁は立つのだが、無為自然・天真爛漫といった古武士スタイルで、事務所から裁判所も近いので、夏場になるとノーネクタイの普段着にサンダルと言った軽装で弁護に立つこともしばしばあった。さらに、サツマの著名な会社の顧問も引き受けており、地元、政財界の人脈がすごかった。なかでも、現、時任県知事のメインスポンサーであるとして地元紙がすっぱ抜いた。その後、知事は世間に対して自治省審議官から県知事選に出るために、祝井氏から一億数千万を借りたと公表した。
事務所の駐車場に、黒塗りセダンが入ってきて停止した。ん、あれは、知事車に違いないとシオリは確信した。助手席からスーツを着た者が出てきて岩井事務所へ入っていったが、二、三分して出てきた。彼は開いた車の窓から何かを伝えている。彼はそのままセダンの横に待機していると、後ろのドアがゆっくり開いて、一人紺のスーツ姿のオトコが降り立った。顔立ち体系からして、それは時任知事その人であった。
シオリは微笑んで、下界の成り行きを見守っている。
知事は、セダンに寄りかかり、腕時計をのぞいて所在なげにタバコを取り出した。秘書が、どうぞとばかりにライターを差し出し、火を点ける。タバコをふかす様子は、、時間つぶしに思えた。
まさか、祝井弁護士こと、イワベンが、知事を呼びつけるとは思わなかった。さらに、先客があるのか、知事を待たしているようである。そう思えると、フフ、と笑いが漏れた。
ビッグスポンサーである祝井から、たまには顔を出さんかといわれれば、即、応じなければならない間柄なのだろう、さすがイワベンだ。
二階の窓からこれからどうなるのかと、見守っていると、知事はタバコを一本吸い終わると、秘書の持つ携帯灰皿でもみ消すと、腕時計を見て、軽く頷きながら付き添いの秘書と事務所のドアの中に消えていった。ここまで見届けると、その後は結果を待つのみである。パソコンをたたんで一階のいつものデスクへ降りていった。

建築の世界も地球温暖化への取り組みが加速しだした。二酸化炭素や、産業廃棄物、家庭ゴミの削減対策など、大量消費社会へのツケへの対応がはじまってきた。サツマ県でも環境問題を中心施策として推進していくために、拠点センターとしてサツマ環境センターの建設を打ちあげた。環境センターの基本構想については、コンペ方式で一般募集をするとなった。シオリは、自身のマンション建設を計画中であったが、補助金もつくことから屋上緑化を導入しようと考えていた。それで、県内の緑化業者とのコンタクトをとっていたのだが、その中で、グリーンワークスという地方の会社が、地元のシラス土からブロックを作製し、そこに芝生を植えこむという技術を開発し、特許を取ったという記事に行き当たった。
さっそく、同社と連絡を取ったところ、この技術をいかして屋上緑化を全面に打ち出した環境センターの基本構想コンペに、参加したいということであった。
「中城さんは、県の入札などのノウハウは、ご存じでしょう。今回は、私どもと、ぜひ組ませてください。シラスブロックは、耐水性も良く屋上緑化には最適です」
「ですが、これだけの規模となると、地元企業単独では担いきれるかどうか、県も中央とのジョイント・ベンチャーを考えているようですが」
高校跡地全部を利用して、あらたに環境活動の中心センターを造るビッグプロジェクトは、環境新技術の展示場にもしなければならないのだが、技術開発では、地方は東都の会社には及ばない。
「社長さん、新東都設計にシラスブロックの技術を売り込んでみるっていうのは、どうですか」シオリは提案をした。
「そうなるとありがたいのですが、新東都設計にいかにコネをつけるかが、なんら見当がつかないんですよ。地方の業者ですからね」
 んん、しばらく考え込んだが、案が浮かんだ。
「ボク、いや私に考えがありますので、何とか窓口が開ける様にあたってみましょうか」
「そうですが、やはり中央の大学を卒業した強みですね。よろしくお願いします」
グリーンワークスと、こういう経緯(いきさつ)があって、シオリは、安東秘書に窓口設定の電話をしたのだった。上国料代議士は、サツマ県のドンと言われつつあり、さらに中央政界でも大臣をこなし、国会対策委員長を務めるまでになっていた。ために、新東都設計もサツマ県への基本構想の売り込みについて、地元の情報を欲しがっており、安東秘書からの申し出はすんなりと進んだ。 
そこでシオリは、さらに、真っ先に、イワベンから時任知事に屋上緑化の事前プレゼンを行っておこう考えて、お願いをしていたのである。
女性は得だ、とシオリは信じていたし、オトコどもの建設・設計の世界にはいり込んだ女性は珍しがられてもてた。事実、二十以上離れたイワベンからも可愛がられていた。

二階の窓から成り行きを眺めて執務机に戻り、三十分経った時であった。
固定電話が、鳴り出したので三回を目途に受話器を取った。
「ああ、シオリさん、祝井だが、無事に終わったよ。ドーム型の施設の屋根と敷地いっぱいに、芝を張り付けるデザインは目をひくだろうし、地元のシラスを生かす技術が開発されて特許を取った、地場産業の育成としては見逃すことはできないとね。さらに、地下にピットを設けるなど、地熱を冷暖房に利用する画期的な技術なども乗せ込む構想を描いて、コンペに参加するつもりだと、説明すると、彼、知事は聞き置くということだったので、多分うまくいくだろう。これでいいかね」
「イワイ先生、ありがとうございました。多分大丈夫でしょう。お世話になりました。お礼と言っては何ですが、どうしましょうか」
イワベンは、しばし考えていたようだが、
「今度、デートをしようか。来週あたり、昼メシにムラサキラーメンてのは、どうだい、もちろんそっち持ちだ」ハハハと、笑い出した。
「先生、それは楽しそうですね。では、来週早々に日にちを決めましょう。本日はありがとうございました。それでは失礼します」
 受話器を下ろしながら、深々と頭を下げ、にんまりとしてしまった。
ことがうまく回り出すと、つぎつぎと新しい構想が浮かんでくる。昔、建築ゼミの教授から、留学はどうかと打診されてドイツを二十日ほど旅したことがあったが、ジュッセルドルフのコミュニテイ・トレイン――サツマの路面電車のようなものであるが、軌道敷きは、芝が張られて青々としていたことが思い出された。路面電車の緑化もいけるのではないか。
つぎつぎとアイデアが膨らんでくる。案外コンサルタントとしてもやって行けるのかもしれない、めぐり合う運といおうか、ヒトとの出会いに恵まれている。女性でも時代を切り開いていけると、波に乗っていた。

        *    *    *
 
いろんなものが積み重なってくる。それが、事業を行うということでもあろうが、先に必要となるもの、資金がお構いなしで出ていく。その先行投資をいかに回収していくかが、事業の成功だとは理解しているが、ここまで膨大になると大変だ。一千万円単位である。天羽は頭を悩ませていた。
三輝建設が提案した、ゴミ収集車の寄贈については、寄付合意書の不備と市長交代の人事異動で、引き継ぎが円満に行われずに宙に浮いたままになっていた。寄贈が関係者の懐を直接うるおせれば、もっとスムーズに事は運ぶだろうが。日本人の習慣では考えられないほど、ダバオはいい加減である。
提案の内容はゴミのターミナルとなるコンテナを十台設置し、寄贈した収集車でコンテナと処分場まで十往復して、ゴミ回収のシステムを形づくっていく、というものであるが、コンテナだけは寄贈ではなく、サツマで製作してリースにして貸与するものとしていた。前政権時の合意だったので、ダバオの検査官が、来鹿して輸出する収集車などを点検した。結構な量の書類も用意して検査を受けた結果、ハンドルを左に変えてくれとのことだった。
そうやこうやで半年以上を経ていたし、現ドウタテイ政権となり再度、一から説明をし直さねばならなかった。
サツマの企業としては、ダバオ市に対して、維持コストは多少かかるが、無償で不足しているゴミ収集車が得られ、いくばくかでも街がモデル地区として清潔になれば、良いことではないか、その延長で企業に仕事が舞い込むと考えたのだが、そんなにストレートにはいかないのが、ダバオなのだ。
ドウタテイ市長に変わってから、ゴミのことは後回しになって、パトカーをはやくしてくれとの要望が強い。われわれも魔法の打ち出の木槌をもっているわけではないので、ハイわかりました、すぐにとはいかないのだ。対応には時間も資金もがかかる。しかし、ドウタテイ新市長の歓心を得て、政権とのパイプを強くするためには、善処しなくてはいけない。難問にストレスがたまる。
「天羽さん、バブルはおわったのだよ。無尽蔵に資金を貸してくれて、資金を回して濡れ手に粟と言う時代は、収束したんですよ」
 本社への要請に対して、級友の副社長の言葉は、つれないものであった。
「それに、支店と言ってもダバオでの合弁会社なんだから、独立採算が当然でしょう。本社もけっこう投資してきたし、稼がなければ企業はつぶれてしまう。無償援助もビジネスに繋がらなければやってけないでしょう」
「おっしゃる通りですたしかに……」
後は言葉が出なくなった。サツマでもバブル崩壊とともに金融機関から手のひら返しの回収がきびしくなっていた。
「援助のために日本フィリピン協会の存在もあるのだし、そう、今度、国際大学を建てるのでしょう。財源豊かなところから回してもらわなきゃ。低開発国、フィリピンを助けたいなら、まずは余裕のある篤志家に仰ぐしかない」
全くその通りだと天羽も思ったが、声には出せない。今の難局をどう乗り越えていくかだ。わかりました、いろいろと考えてみますと、電話を切った。
今まではさして気にならなかったのだが、過重労働のストレスからか、このところ胃の調子が悪くなってきたようだった。毎晩、飲み過ぎてしまい胃も荒れているようだった。いや、より荒れているのは気持ち、心のほうか。滅入ったためか、胃に軽い痛みを覚えので、錠剤を取り出して水なしで飲みこんだ。
気分転換せねばやっていけないと、いざというときの頼みであるシオリに電話をかけてみる。ストレスの緩和? サツマとは時差がそんなに無いのがありがたい。
呼び出し音が切れて、タイミングよく、いや運よくシオリが出た。
「シオリさん、ご機嫌いかが。サツマの方はどう、こちらは雨季にはいるのでムシムシ感がはじまり、なんとなくうっとおしいし、気分も晴れないよ」
「そうなんだ、こっちはファインってとこ。気分も上昇、ところで、タツヤは元気かしら。病気やケガはないかしら? 」
「彼も、けっこうなじんできて、たくましくなり元気で生活している。ただ、まえ言ったように、金が欲しいと言ったから、今回の車一台分四十万の支払いから、彼に渡した。残りは寄付にしてもらえないか。事業を抱えていると、湯水のように金も吸い込まれていく」
「資金がいるってのはわかるけど、寄付ではなく貸しってことよ。未払い金、未収金で計上しているの。前職のグスマン市長への選挙献金は、結局はどうなったの」
「ああ、お世話になった。シオリさんからの五十万を合わせて、三百万円集まったから、献金として彼に渡した」
「市長も落ちればただの人でしょうけど、返してって言いたいところだけどね、ハハ、今は、どうしているの? 」
「近い人から聞いたところ、日々、ゴルフ三昧とのことだ。下町の合同法律事務所に一室を構えて弁護士活動を再開したらしい。選挙の立候補者は、一年間は公職に着けない決まりがあるので一年を過ぎたらマカラニアン(中央政府)にポストが用意されるそうだ。日本の皆様によろしくとのことだ」
「まつりごとに生きる人種は、それなりに生き抜く道があるんだね。集まった献金も、そのようなことにつかわれているのでしょうね」
「ああ、政治家というのは錬金術師だ。 ポストが金を生みだす」
 天羽は、新規に事業を起こし動き回るには、莫大な準備資金が必要だということをいまさらに、思い知らされている。
「ボクの考えだけど、土地柄もあるかも。まず新たな人間関係を創り出すことに膨大なお金がかかるでしょう。一番必要なものは交際費でしょ。信頼関係は、長年付き合ってみてはじめて得られるからね。日ごろの付き合いのたまものだけど、先日だけど、仕事のことで弁護士さんにお願いしたのだけど、お礼はラーメン一杯でいいってなった。確かに女性は得だっておもえるわ。美人は特に、フフフ」 
「ノリノリってとこだね。うらやましいがぎりだ、グアンバッて稼いで、こちらに融通してよ。ところで、こちらの未払い金については、前、話したかと思うけど、たまったらサツマ市の母が暮らしている土地を担保にするって。安く見積もっても四千万以上の価値はある」
「うん分かってる。これから中古車を一台ずつ送るけど、売買代金は、即振り込んでちょうだい。今、マンションというかアパートだけど、建てる計画で資金が必要なの」
「できるだけ早めに送金するよ。こちらも即、利益が出るようになればいいのだけどね。どちらかと言えば、採算を無視した、支援活動だからぬかるみだよ」
ハポンは金持ちだと思われてせびられる。金があれば施すのがこの土地柄だし、ハポンは大戦でのヒール(悪役)だから、むしり取ってゼロになっても当然という感情も残っている。ジャパユキ感覚などがマイナスでしかない。
考えれば考えるほど、ぬかるみにはまる。
とりあえずは、記事を書いて売り込むことだ。原稿用紙一枚で五千円ほどになるし、五枚も書けば二万五千円、ペソでは六万五千ペソほどにはなり、二人分の給料にはなる。
今まで漠然とは理解していたはずだが認識を新たにした。戦争だ、政治だ、なんだ、といってもそれらのベースには経済が絡んでいる。資金がなければ何事もなしえない。我がサツマが幕末に主導権をとれたことも、潤沢な藩の財政があればこそだ。
まことに単純至極な論理であるが、資金がふんだんに有って、事業を始めるということは、現実にはありえない。資金不足の中、四苦八苦して成長する事業に育てることが、能力となる。もともと矛盾したものであり、矛盾のなかをどうしぶとく生き残っていくか? 
 
スクラップの切り抜きを見直してみた。いままでの記事を見るとはなくめくっている。
今年三月の記事であった。駐日フィリピン大使が上國領議員の招待によりサツマを来訪し、サツマとダバオの交流ついて述べたものがあった。〈民間主導の模範〉との見出しにはじまり、
――ODA(政府開発援助)とは違う、民間主導型の経済協力のニューモデルと言える、一例が、アスファルト製造プラントのプロジェクトで、サツマの民間企業団とダバオ市でつくる合弁企業がプラントを現地で操業し、採算が取れた時点で、ダバオ市に引き渡す計画が進んでいるようだーーとの実績を紹介している。
天羽は、妙な面持ちになった。殿上人のお墨付きがあろうとなかろうと、事業を成立させるのは、現場のたゆまない努力のたまものなのだ。さらに、交流協会の信念は、〈ダバオ日系人の社会的地位の向上、生活の自立を目指す〉にあり、見捨てられた日本人と日系人の誇りを取り戻す一大事業なのだ、そうなんだ……。

                                     (   つづく )

*だんだん、クライマックスに近づきます。ヨロピクです!



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