創作文・未知との遭遇・霊界、守護者編1
今、わたしは、夢を見ているに違いない。
たぶん、きっと、いや絶対に、これが夢でなければなんだっていうのだろう?
『もしもーし。おーい』
ゆゆゆゆゆゆゆ夢よ、そう、これは夢。
とにかく今週は仕事が忙しすぎた。
登録したまましばらく見る暇のなかった、大好きな都市伝説系や心霊物のYouTubeをこの週末にまとめて見ることだけが今週のわたしの心支えだった。
誰にも言ったことのない、そんなとってもささやかな楽しみを胸に、膨大な日々の業務をなんとかやり過ごし、金曜の夜からは誰にも会わないのはもちろん、SNSやLINEからも姿を消し、引きこもって自分の世界に浸ろうとウキウキしていたのに。
…それとも、ウキウキし過ぎて一気に動画を見過ぎたのかもしれない。
わたしが自分で感じるよりもずっと、脳には情報過多だったのかも。
もしそうなら、ごめん、わたしの脳みそ。
もともと容量がそんなにないことは気づいてはいたけど、思った以上に劣化が激しくてストレージがなかったのね。
わかった、これからはもうそんな無理はしないで情報は適量ずつ入れるようにするから。
だから、ね、そろそろこの変な夢から目を覚まそう。
夢から覚めたらバスタブに熱いお湯を張って入り、そして淹れたてのブラックコーヒーでも飲めば、きっと私の部屋にいるこの目の前の『奇妙な存在』はきっとすっかり消えてしまうはず。
………はず!
『…で、落ち着いた?未里(みり)』
『ひゃっ!消えてない…夢なのに…今何時?』
『もう朝だよ。ってか今は11時過ぎたからほぼ昼だけど』
『……!てか、なんでわたしの名前知ってんの!?もうヤダ、も一回寝よう!そっか、夢の中で夢を見てるパターンなんだわ。今度こそ現実に戻ろうわたしの脳みそ!』
ベッドに飛び込もうとするわたしに更にその存在は話しかけてくる。
『何度ベッドから出てきても同じだよ。コレ、夢じゃないから』
夢じゃない⁉
夢じゃないって言った⁉今。
え、じゃナニコレ霊!?
幽霊ってヤツ!?
え、待ってハタチまで霊を見なかったら一生見ないって言い伝えはウソだったの!?
これこそまさに都市伝説!?
信じる信じないはアナタ次第!?
『あ、今俺のこと幽霊かと思ったでしょ。傷つくなぁ、そんな俺怖い顔してる?足だってあるよ?ホラ』
そう言われて、うつむいて固く目を閉じていたのにわたしの中の好奇心がほんの少しくすぐられる。
足がある…
ホントに?
霊じゃないってこと?
…………。
いやいやいや待って、霊じゃなくて実際にここに知らない男がいるってことのが現実的にヤバくない!?
もしかしてストーカーが勝手に部屋に入ったとか…?
ストーカーの中ではわたしたちは一緒に住んでる設定だとしたら…?
そう考えた瞬間私の心臓は痛いくらいに跳ね上がり、一気に全身に汗が噴き出す。
ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ…
頭が真っ白になって、うるさいくらい心臓の音だけが聞こえる。
落ち着け、落ち着けわたし。
まず、相手を逆上させないように振舞おう。
『……あ、あぁ、なんか、わたし寝ぼけてたみたいだよね?なんか、全然違う世界にいる夢見てたからごっちゃになっちゃって焦っちゃった』
今こそ笑え、わたしの頬の筋肉。
口角を上げて、自然に。
会社で毎日あれだけつまらない上司の昭和ギャグにだって愛想笑いしてるんだ、出来ないわけがない!
わたしはにっこりと笑顔を張り付けると、ようやくじっくりその存在を見つめた。
『ようやくちゃんと見てくれた~。これでやっと未里と話ができるよ。会話ってのはちゃんと顔を合わせてするもんだからね!』
わたしと同じ、いやそれ以上ににっこりと『彼』は笑ってそう言った。
…見た目は、たしかに怖くはない。
意外に、言ってることもまともっぽいな。
とりあえず機嫌は悪くなさそう。
今のところ〇されることはない、かな。
そう確信できると心臓は少し落ち着きを取り戻し、浅かった呼吸も少しずつ普通になって肺に酸素が流れ込む。
わたしは深呼吸をひとつして、ゆっくりと言葉を選びながら『彼』に話しかける。
『それで…ええと…わたし、YouTubeを見ながら寝落ちしたみたいであなたが夢の中で幽霊になってて…それでビックリしちゃって…』
『未里、ほんと好きだもんね都市伝説とか心霊系。でもああいうのあまり見ないほうがいいよ』
『え?なんで?』
『ほとんどどれも真実じゃないから。それに感情は電波に乗って伝染する。嬉しいとか楽しいとかプラスの感情ならまだしも、マイナスでしかない恐怖心が広まることは少なくとも良いことではないよね』
『…それは…たしかに』
『それに、最初は架空のものだったとしても、たくさんの人の中に広がって行くうちにそれに呼び名が付き、そして力を持つこともある』
『どういうこと?』
『名前が付くことによって、それはその存在が明確になるんだ。たとえば君は未里って名前だから未里でいられる。石は石という名前が無ければ石ではない。この世のもの全て、名前があることによって存在できるんだよ』
『???』
『うーん、たとえば君以外の全世界の人が、君は未里じゃなくてサトコって名前だって言ったとする。サトコはこんな趣味でこんなひとで…とみんなの中でイメージが一致している。一致してないのは自分が未里だと思っている君本人だけだ。そんな中にずっといたら、君は『自分が未里だ』ということを保ち続けられると思う?』
『…ちょっと、難しいかも…?』
『だよね?だから名前ってすごい力があるんだよ。ちなみにそうやって生まれる妖怪もいる。最近の新しめのはこのパターンが多いね。ま、話は少しずれたけど、感情は伝染するから不安になりそうな動画や会話とかも、あまり思考には入れないほうがいいってこと。わかった?』
『…ええ~…でも、面白いのに…』
『興味本位は危険のもと!特に未里は根がネガティブだから、何か起こればその情報が浮かんできて、ああなったらどうしよう、こうなったらどうしよう…ってどんどんセルフ落ち込みするでしょ』
ぴしゃりと図星を『彼』に言われてしまい、返す言葉を失くすわたし。
『…ずいぶん、わたしのこと知ってるように話すんですね』
さっき張り付けた笑顔のせいで若干筋肉がぴくぴくしそうな口角を感じながら、ぼそぼそと呟く。
『そりゃ知ってるさ!いつも見てたからね!』
『!!!???(げっ!やっぱりコイツストーカーなんだ!!ヤバイどうしたら…)』
『俺、未里担当の守護者だからね!俺に気付いてくれてようやくこれで話しやすくなったよ!未里ってさ、心霊系とかよく見るのに俺には全然目を向けないし…けっこう待ったんだよ~?あ、守護者って守護霊よりずっと上の存在のことだから』
『!!!???え?なに?守護霊!?…じゃなくて守護者!?は???え?ヒト…じゃない…???幽霊???!!!』
『未里がそんなに見えない世界の話が好きなら、俺が本当の話を伝えようと思ってね。っていうことで、これからよろしくね、未里』
…週明け、どこでもいいから心療内科に行こう。
会社は休みを取って、とにかく病院で診てもらわなくては。
この症状って、きっと統合失調症とかいうやつに違いない。
仕事が忙しすぎて、きっとどこかおかしくなっちゃったんだ。
病院に行って薬を飲めばきっと、この『彼』も消えるはず。
わたしは笑顔が固まったまま、背中で携帯電話を汗ばんだ手でぎっちりと握りしめた。
続く。
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