創作文・未知との遭遇、守護者編
昨日まではいつも通り、何一つ変わらない平凡な日常だった。
わたしは人目を引くような素敵な容姿でもなく、何か素晴らしい特技があるわけでもなく、学校での成績は中の上で帰宅部だった。
ひっそり片思いした相手はいたけど男子と話すのはちょっと苦手で、結局卒業するまで彼氏と呼べる存在はいなかったし、体育祭や学校祭はなぜか何かしらの役員をやる羽目になるという典型的どこにでもいる平凡モブ女子タイプだったのに。
『…守護者…?』
『そう、守護者』
『…しゅ守護者って…?どういう存在なの?』
口の中はもうカラカラで、舌がもつれそう。
『まぁ、今から詳しく説明するけどその前に何か飲みなよ。喉が乾きすぎると咳出るでしょ』
……彼氏かっ!
と、突っ込みたいところをぐっと我慢して、言われた通りにのろのろとお湯を沸かし始めるわたし。
『彼』はというと、まるでずっと前からここにいたと言わんばかりにこの部屋に馴染んでいて、ベッドの向かいに置いてあるイスに座っている。
『…え、あの…あなたもお茶、飲む…?』
一応気を遣ってそう言うと、彼ははははっと笑う。
『???』
『あ、ごめんごめん。とりあえず俺は大丈夫。未里はお茶飲みなよ。詳しい話はそれからしよう』
そう言われ、私はケトルの沸いたお湯をティーパックの入ったマグに注ぐと、紅茶の良い香りがふわりと鼻先を漂い、抜けていく。
良かった、どうやら紅茶はいつもと変わらなそう。
わたしは意を決して、幽霊なのかなんなのかよく分からない存在である『彼』の前に座った。
(ダイニングテーブルセットだから、当然といえば当然なんだけど)
『俺、こう見えて肉体無いからさ。お茶とか飲まないの。でもありがとうね』
……な、なるほど。
つまり私が聞いた質問自体が意味が無いから笑ったのね。
『守護霊って聞いたことはあるよね?』
『…っあ、芸人の霊が見える人!守護霊のおばーちゃんとよく話してる…自分を護ってくれる霊…ですよね…?』
『んー細かな修正は後からするとして、そう、生きてる人を見守ってる霊ね』
「ああああなたは、その、守護霊なんですか…?…わたし、に着いてる?」
『んー俺はもう少し立場が上かな』
『…ししし守護霊より、上…??え、そんないろいろポジションがある、ってこと?』
すると彼は、うーん、と少し首をかしげる。
『…未里はさ、よく心霊系のテレビ番組やYouTube見てるじゃん』
『は、はい…』
『ああやっていろんな人間がいろんな情報をたくさん流してるけどさ、実際本当の話はほとんどないに等しいんだよ。守護霊のことだってそうさ。未里は今、守護霊は自分を護ってくれる存在って言ってたけど、毎日たくさんの事故や事件についてニュースで流れてるよね。護ってくれてるならそういうのが世の中から無くなると思わない?実際どのレベルで護ってるとか、そもそもなんで護ってるとか聞いたことないでしょ?』
『た、たしかに…』
たしかに彼の言う通り、あなたの守護霊はおばぁちゃんで後ろからいつも見守ってますよ、とか心配してます、とか言ってる人は見たことはあるけれど、改めてそう言われればそういうの聞いたことがないかもしれない。
『そもそも守護霊といっても、まだまだ修行中の身なんだよね。俺がいる霊界で言えば、ようやく会社に新入社員で入社した感じかな』
『え、守護霊さまが新入社員なら、生きてるわたしたちって…』
『高校生くらいかな』
『…高校生……。あなたは…?その、守護者、でしたっけ?は…、新入社員、ではない…?』
『そう。じゃまずはそこから勉強していこうか!ノートとペンを持ってきて、三角形を書いてみて』
断ることができないくらい完璧な笑顔だ…。
ていうか、この状況に少しずつ慣れてきてみると、この目の前の彼って…なんていうか、とても…イケメンじゃない…?
こんなイケメンとこんなふうに顔を突き合わせて会話をしたことが、わたしの人生内で今まであっただろうか?
いや、ない。
………たとえそれが生きている人じゃないとしても、だ。
そんなことをぼんやり考えながら、クローゼットの奥にしまっていてまだ使っていなかったノートとボールペンを取り出し、テーブルに戻る。
『じゃ、そこに三角を書いてー。』
あ、そうか実態がないからわたしが書くわけね。
そりゃそっか。
わたしは言われるままに、ノートに三角形書く。
『そうそう。その三角をだいたいでいいから三等分にしてー』
かきかき…
『一番下の欄が守護霊、』
『はい』
『真ん中が指導霊、』
『一番上が、守護者、って並びなんだよ。あ、ちなみにその三角が霊界ね』
『えっ!じゃ一番偉いポジションじゃないですか!』
『まぁ、その上にいわゆる神様って存在はいるけどね。その三角の中では一番いろんな権限を持たせてもらってるね』
わたしはまじまじとその表を見つめる。
『あの…この表で言うと、数が一番多いのが守護霊で、一番少ないのが…その、アナタさんがいる、守護者ってことですか?』
『そう、そして一番数が多いのが守護霊ね』
『それは、生きてる人間がたくさんいるから?』
『あー、なるほど。未里は守護霊の数=生きてる人の数って思ったのかな?』
わたしはこくりとうなづく。
だって生きてる人を守護してるから守護霊って呼ばれるわけでしょ?
『よし、じゃまずは守護霊について基本的なことから話していくね。これもちゃんとノートにメモしてね。ではまず、守護霊は生きている人ひとりに対して4人ひとチームが基本スタイルなんだよ。だから単純に生きてる人の4倍の数が守護霊の数になるわけだね』
『えっそんなにいるの!?』
『そう。ひとりがチームリーダーで、残り3人がサポートメンバー。ついでに言っておくと、守護霊って全然親族とかじゃないから。めっちゃ他人だから』
『ええええー!だって、YouTubeのひととか、自分のおばあちゃんと会話してて…』
『守護霊になるには、少なくともだいたい300年くらい修行が必要なんだよね。守護霊以外の霊は、いわゆる悪霊と呼ばれる霊か、浮遊霊ー、霊界に行くべきはずの魂が霊界に行かずに人間界、つまりこの世、と言われるところにいちゃってる状態のか、行きたい気持ちはあったんだけど何らかの理由で行かないことを選択した地縛霊の三種類。それに、その三角の中間に書いた指導霊がいるんだよ』
ふんふんなるほど……って、あれ?
このヒト、守護者で霊界に普段いるのよね?あれ?でもこの4つに入ってない…っていうのはどういうこと??
ノートを書きながらちらりと視線を向けるとばっちり目が合い、わたしは慌ててノートに顔を向ける。
『あ、今俺のこと霊界にいるのに霊じゃないってどゆこと?って思ったでしょ』
ば、ばれてる…。
『だって、体はないから人じゃないし…霊界にいるなら霊じゃないんですか?』
『まず、人間とは電池で動くぬいぐるみのような感じと思ってもらいたんだけど。ぬいぐるみ本体が人で言う肉体で、電池が魂ね。で、その電池は工場で作られてる、充電式でリサイクルできるタイプ。ここまでは大丈夫?』
彼の話を聞いて、電池で歩く犬のぬいぐるみが私の頭の中をわんわん言いながら動き回る。
『うん』
『で、電池が切れたので動かなくなりました。電池を抜いて、ぬいぐるみもリサイクルに出しましょう。ただし、実は電池にはぬいぐるみを動かすだけの電力はないけどもう少しだけ残りがあります。そうねー3%くらいとか?』
『うんうん』
『その電池はまた工場に戻って残り3%をチェックされ、その後新しく充電されて、また別のぬいぐるみに入る。この電池にあたるのが魂、霊体ね。』
『で、俺たち守護者はまず肉体を持ったことがない。そしてなにより電池の作られたところ―魂が作られたところが工場ではなくて、開発者から直接作られてるのが大きな違いかな』
『工場…と開発者…』
『宇宙と神様、とも言えるよ』
えっ!かかかかかかか神様………って、ホントにいるの!?
わたしはマグに半分くらい残っていた、ぬるくなったお茶を動揺をかき消すように一気に飲み干した。
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