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ハチ公前浪漫飛行

これは僕が体験した、たった数分の浪漫飛行
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とぅるるる、とぅるるる
無機質な呼び出し音が、右耳に流れる。 
「こいつ…」
何コールしても応答がない。俺は諦めて、ハチ公の背後ある段差に腰を下ろした。

時刻は21時を越え、渋谷の賑わいはもうひと段階、ギアを上げる。
トイレに行くと駅の方に消えた周大とは、連絡がつかない。あいつのことだ、今日の相手を見つけたのだろう。
「俺、帰るぞ」
そうLINEを送って、携帯電話を閉じた。
寒さが身体に染みてくる。俺の隣に、ギラギラとした奇抜な格好の女が座ってきた。顔は見えない、でもいい匂いがした。彼女に比べて圧倒的に地味に見える俺は、奇妙な孤独感に襲われることになった。

別にナンパが嫌いなわけではなかった。男なら誰でもそういうことに興味はあるし、経験はないよりもある方がいい。そう思っている。
でも俺はどちらかと言うと、少女漫画のような出会いの方が好きだった。
「それは、ナンパができないやつの言い訳だな」
周大はいつもそう言うけれど、俺はそういう癖がついてしまうよりはいいと思った。

「あの」
前から男の声が聞こえて、顔を上げる。俺かと思ったけど、違った。男は、俺の隣にいる女に話しかけていた。
「すいません、あの…」
腰低く、遠慮がちな男は、何かを言い籠っていたが、ようやく口を開いた。

「お姉さん…昨日僕の夢に出てきた人ですよね…」

まさかの言葉に、驚きを隠せなくなる。
この男はとんでもないナンパ師だった。彼の顔を見ると、さっきの彼とは打って変わって、自信に満ち溢れた表情をしている。

「俺のこと覚えてます?昨日、次あったら声かけてって言ってましたよね?」

男はさらに強く押す。敵ながらあっぱれだと思った。加えて彼は、かなり二枚目だと言うことにも気づく。
俺はすかさず、LINEニュースを開いた。もちろん、ダミーだ。全神経は2人の会話に集中させている。
息を殺し、静かに女の解答を待つ。彼女はこの男の前で何を言うのだろうか

「夢に一回出てきただけ?」

「え?」
殺していた息が、声になって出てしまう。驚きを隠しきれなかった。それは無論、男も同じだ。

「夢に一回出てきただけで、私のことを好きになったのなら、やめた方がいいわ。きっと損するわよ」

女の言葉だけが、槍のように耳に突き刺さる。俺にとって、あまりにも衝撃的な言葉だった。

「それに私、彼氏いるからね」

俺の腕に誰かの手がかかる。周大だろうか。まぁいい、今はそんなことを気にしている場合じゃない。

「あんたより、十分いい男よ」

女が俺の腕を掴んでいることに気づいたのは、その言葉の少し後だった。

…は?

「彼なんて、私が夢に100回以上でてきてるんだから、ね?」

…は?

「だから残念だけど、出直してくれる?」

何が起こっているのか、理解に苦しむ。それはまるで、微睡の中にいるかのような感覚だった。

「彼氏いるなら、無理だな…」
男は悔しそうにそう言って、でもどこか清々しそうに帰っていった。俺はまだ言葉が出ない。
男が去ると、女は俺の腕から手を離して立ち上がった。
彼女の顔がようやく見える。彼女は、とんでもなく綺麗な顔立ちだった。

「ありがと。助かった」
彼女は俺に笑いかけ、去っていく。
少女漫画的な出会いとは、このことじゃないのか。俺の体は、勝手に動いた。
「あの、」
彼女が振り向く。その上品さに、またやられそうになる。
「この後…予定って…」
「…ないけど」
「な、なら…ちょっと歩きませんか…」 
こういう時に限って、周大に教わったナンパテクニックは意味を成さない。

女は、俺の言葉にふっと笑う。

「不合格ね」

振り返って彼女は、渋谷の人混みに消えていった。
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彼女が国民的大女優だと知ったのは、次の日だった。
「昨日、ハチ公前に○○いたらしいぜ…」
周大が落胆してそう言っているのを聞いて、ピンときた。あの後も何回かハチ公前にいたけど、彼女がくることはなかった。

そして3年後、彼女は同じく国民的な大俳優と結婚した。

あの時俺が……なんてことは思わない。
あの時の俺が何を言っても、彼女はびくとも動かないだろう。

彼女は今日も変わらず、自分の見出した魅力の中で生きているのだろう。
俺ができるのは、こうやって歌を作って歌うことぐらいだ。

これはたった数分の、夢のようなお話。

踊り子/Vaundy

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