治療とその効果 第3話

気がつくと、ぼくは自室のベッドの上に寝ていた。天井の照明の光が目に入った。スーツのまま寝ていることに気づき慌てて上半身を起こす。自分と同じ顔の男との対面を思い出した。ベッドの左の窓はカーテン越しに暗い。夜は明けていないようだ。部屋を見まわした。男は床でベッドの横にもたれていた。先程は気がつかなかったが男は部屋に干して有ったスエットの上下を身につけていた。
男はぼくが起きたのに気がついたのか顔を上げた。ぼくと同じ顔が笑顔を作っていた。薄い眉に一重の目。薄い唇、天然パーマ。面長な顔。確かにぼくと同じだったが、ぼくはこんなに自信たっぷりに笑ったことなど無い。
「今度は気絶しないでくれよ」
ぼくの声と同じ声が耳に入り、心臓が高鳴りだした。ぼくは男を指さしたが指先は定まらなかった。
「お前は誰だ?どうやってここに入った?」
男は座ったまま両手のひらをこちらに向けてぼくを制した。
「まあ待て。質問はひとつずつだ」
男は冷静に見えた。
「部屋は管理人に開けてもらったよ。同じ顔なんだから簡単さ。もっとも管理人はお前の顔なんて覚えてなかったようだけどな」
男は小さく笑い声を上げた。
「次だ。おれが誰だって?分かってんだろ?おれはお前だよ。未来のお前だけどな」
そうだ。ぼくは男が本当に自分であるのではないかと感じていた。ぼくは叫んだ。
「本当にお前がぼくだというなら、なんか証明してくれよ!」
半分怒鳴るようにして男に告げた。男は溜息をつき腕組みをして目を閉じた。何かを思い出しているようだ。
男は口を開いた。
「右の太ももの傷。それはお前が中一のときにつけた傷だ」
頭の中にそのときのことが甦ってきた。
「おれは、まあお前なんだが。父に外出禁止をくらってたのに自転車で本屋に出かけたろう。帰り道、曲がりきれず転んだ。自転車にカゴが無く本のせいで片手運転だったからだ。ズボンが破れたよな」
ぼくは道路脇につっこんだのだ。結局ケガで外出がばれ外出禁止は長引いた。こんな情けない話、誰にもしたことはない。
男は目を開けてぼくを見つめていた。
「こんな話ならいくらでもあるぜ、なんだったらその歳で誰とも付き合ったことないことを窓から叫んでやろうか?」
声が大きさを増していく。男の言葉に間違いはなかった。
「本当にぼくなのか?」
「そう言ってるだろ。正確には未来のお前だよ」
男は続けた。
「この時代に結構時間旅行者は来てるんだぜ。ドッペルゲンガーって聞いたことあるだろ?」
「ドッペル、ゲンガー」
ぼくはオウム返しに返した。上手く言葉が出なかった。男は更に続けた。
「そう、ドッペルゲンガーさ。もうひとりの自分をみるっていうアレだよ。あれはな、俺のように未来から来た自分を見たのさ」
ぼくは頭の中で整理がつかなかった。
「お前の時代の人間は時間旅行っていうとそのままの自分が行けるって考えるだろ?肉体は時間の影響を受けるんだ。時間を遡れば肉体も時間を遡る。時間旅行中の自分に会うと、同じ姿を見ちまうってことだ」
男はぼくの目を見た。
「反対に言うと自分の肉体が存在しない生まれる前の過去には行けないってことだけどな」
やっと頭の中が追いついてきた。ぼくはさっきから疑問に思っていたことを尋ねた。
「過去に行く話しばかりするけど未来には行けないの?未来の方が賭け事や投資で役に立つような気がするんだけど」
男は目を細めて語気を強めた。
「未来?行けるのは行ける。政府が禁止してるんだ。行ったらその分自分も年取るんだぜ。行った先で自分が死んじゃってたら終わり。一寸先は闇、分かるだろ?」
彼は笑顔で指を3本立てた。
「時間旅行は3日間だけだ。世話になるぜ」
ぼくは彼の言い分全てを認めた訳ではなかった。彼が嘘をついているようにも思えなかった。
ぼくの頭は話を聞きながら彼との繋がりを肯定していた。
「本当のおまえはいったい何歳なんだ?」 
彼は口の端を少し上げてウインクした。
「いくつに見える?」

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