オトメゴコロ Boy's Side(2196字)

朝、ぼくはゆっくり歩いて学校に着いた。
足が重い。校門に立っている先生に挨拶をして校舎に入る。あくびをしながら下駄箱の前に立った。昨日図書室で借りた本が面白すぎ、深夜まで読んでしまった。まだ眠い。
下駄箱を開け上靴を取ろうとした。そこには、ハートの絵のピンク色の包み紙があった。
いっぺんで眠気まなこが覚めた。
心臓の鼓動が大きくなっているのを感じる。
下駄箱を閉じ、あわてて周りを見回す。誰もこっちを見ていない。大急ぎで包みをカバンにつっこんだ。
「そうか」
思い出した。今日は2月14日、バレンタインだ。

だれかクラスメイトだろうか。
今まで、お母さん以外にバレンタインにチョコレートをもらったことはない。女の子からは初めてだ。
友だちに知られたらきっと冷やかされるだろう。もう一度カバンの一番底に押し込む。
誰かの手がぼくの背中を叩いた。
「よう!」
ぼくは動転してよろけてしまった。
振り向いてにらみつける。同じクラスのお調子者だ。
彼は笑いながら言った。
「なんだよ大げさだな!」
にやにやしながら走っていった。
まずい。気づかれただろうか。

廊下を歩いて、教室のドアを開ける。
自分の席に座る。おしりの下がふわふわと落ちつかない。授業中も上の空で、包み紙の中が気になる。家に帰って早く開けたかった。先生に当てられても、全然答えられなかった。笑顔になるのをおさえるのに必死だ。
最後の授業が終わると同時に家に向かった。ニヤける顔を見られないように早足で歩く。
歩く足に力が入らず、頭と体がバラバラみたいだ。

やっと家に着いた。
ドアを開け玄関に入る。靴も脱がずにカバンの底からチョコレートを取り出す。
お母さんの声が聞こえた。
「帰ってきたの?おかえり」
こっちにやってくる気配がした。あわてて包みをもう一度カバンに入れ靴を脱いだ。
「た、ただいま」
お母さんと顔も合わせないように、大急ぎで自分の部屋に入りドアを閉めた。
カバンの中から例の包みを取り出し、ベッドの上に大事に置く。
震える手で、ていねいにリボンをはずし包み紙を取る。中からハート型の手づくりらしいチョコレートと、小さな、女の子っぽい柄付きの便箋に書かれた手紙が出てきた。
「やった!」
名前を見て、ぼくは思わず叫んだ。
チョコレートをくれたのはいつも気になってるあの子だ。
鼻は少し低いけど、大きな目が目立つ。
勉強もスポーツもできる上に、飾らず誰とでもすぐ仲良くなる、クラスの中でも人気ナンバーワンの女の子だ。
手紙にはきれいな文字で、「大好きです。よかったら付き合ってください。」と書かれていた。
読んだ瞬間、ぼくの周りの温度が少し上がったような気がした。
何度も読み直したが間違いなかった。
「なぜぼく?」
ぼくは不安になった。あらためて考えてみる。ぼくはスポーツも出来ない。成績も特に良くはない。背も低いし社交的でもない。
なんの取り柄もないぼくを、彼女が好きになる理由は思いつかなかった。もう一度手紙を確認する。宛名は、間違いなくぼくの名前だ。
ぼくは、自分が自分でなくなったような気分だった。
「理由なんてどうでもいいんだ」
ぼくは頭を振り、キッパリとつぶやいた。
チョコレートは机の引き出しを開け、誰にも見つからないように奥の方に置いた。手で触って確認したあと、音を立てないようそっと閉めた。
手紙のことは、明日返事しよう。もちろん、返事はオーケーだ。

目覚ましが鳴った。あまり眠れなかった。
いつもなら二度寝してしまいお母さんに起こされるのだが、今日はさっと起き、顔を洗う。
ぼくは、朝ごはんを食べないで学校に向かおうと決めていた。
彼女が、いつもクラスの誰よりも早く登校しているのをぼくは知っていた。
お母さんの不思議そうな顔を背にして、ぼくはいつもよりも30分早く家を出た。
家を出てドアを閉めてスタートを切った。
行く先をにらみつける。前のめりになりながら走り続けた。
彼女の笑顔が目の前にあるような気がした。

どの道を通ったのかも分からず、気がつくと教室にたどり着いていた。
息を切らしながら扉の前に立った。
教室の扉を開ける前に息を整え、深呼吸する。
取っ手に右手を掛け力強く右へ開いた。
もう彼女は来ていた。 ぼくを見ると、笑顔で声をかけてきた。
「おはよう!早いね!」
ぼくは、もう一度軽く深呼吸して挨拶を返した。彼女の顔はまともに見られなかった。
窓から朝の光が差し込んでいる。
まごまごしているヒマはない。もう少ししたらクラスのみんなが登校してくるだろう。ぼくは昨日から心の中で何度も練習したセリフを思いきって口に出した。
「つきあうってはなしだけど」
言いながら、やっとぼくは彼女と目を合わせた。
彼女が浮かべた表情はぼくの想像とは違っていた。彼女は少し眉を寄せ、戸惑った表情を浮かべた。
答えるまで間があった。ぼくにはそれが1時間にも感じられた。
彼女が口を開いた。
「そのはなしね。わたし、なんかチョコあげたら満足しちゃったみたい」
ぼくは彼女が何を言っているのか理解できなかった。
「え?」
彼女はさらに続けた。
「だから、つきあうとかはもういいの。ごめんね」
彼女は笑顔をこちらに向けたあと、後ろをふり向き、そのまま教室から出ていった。

ぼくはどうしていいか分からず、そのまま立ちつくしていた。背中をたたかれた。
ふりむくと、そいつは満面の笑みで昨日と同じセリフを告げた。
「よう!」
ぼくは、そいつの背中を、思い切り叩き返した。

#小説
#ショートショート
#バレンタイン

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