英語の上達法

帰りの通学電車は空いていた。イスに座ってスマホをながめていると母からメッセージが届いた。帰るついでに、駅のそばのパン屋で食パンを買ってきてほしいらしい。
『了解です』
ぼくは送信ボタンを押した。

電車が駅に着いた。電車を降り、駅からパン屋に向かって歩いていると、後ろから声をかけられた。
「ハーイ!」
ぼくが振り向くとそこには金髪の外人の女の子がいた。白い肌に青い瞳の彼女は、同じ年代くらいだろうか。たどたどしい日本語で、ぼくに話しかけてくる。
どうも駅の近くのパン屋を探しているようだ。
彼女にパン屋さんの名前を聞く。ちょうど今から行く予定のパン屋さんだった。苦手な英語で、なんとか一緒に連れて行くことを伝える。彼女は満面の笑顔でぼくに抱きついてきた。彼女の胸が腕にあたる。ぼくは自分の顔が赤くなっているのを感じた。彼女はそのまま腕をぼくの腕に絡めて歩きはじめた。
恥ずかしいが、きっと彼女の国では普通のことなんだろう。腕を組んで歩きながらぼくのカタコトの英語と彼女のカタコトの日本語で話す。
うまく伝わらなくてもどかしい。彼女が同じ市内に住んでいて、ぼくよりひとつ年上ということだけはわかった。
ぼくの英語の成績はいつも赤点だった。こんなことならもっと勉強しておけばよかった。

パン屋での買い物がすんだ。彼女は明るく笑顔がヒマワリみたいだ。また会いたい。
彼女もぼくに興味が出たのか、ぼくが自分のスマホを取り出し、連絡先を交換しようと言うと、彼女も自分のスマホを取り出した。彼女の顔が近い。スマホを操作するぼくの手は震えていた。
彼女と別れ、母に頼まれた食パンをぶら下げて家に向かう。足取りは軽かった。

キッチンのドアを開け、晩御飯を作っている母に、頼まれた食パンを手渡す。そのままキッチンから出ようとしたが、もう一度母の方に向きなおった。
「母さん、あのさあ、英会話教室、行かせてくれない?」
母は料理の手を止め、振り返った。目を丸くしてぼくの顔を見つめる。
「あんたが英会話?塾とかあんなに嫌がってたのに、どういう風の吹き回し?」
ぼくは母の視線から目をそらした。
「いや、やっぱ英語、受験でも大事だしさ」
母が目を細めた。
「そう。やっと受験生の自覚が出たみたいね。いいわよ」
母は答えると、レンジに向かい料理の続きに取りかかった。
うまくいった。自分の顔がにやけているのがわかる。ぼくはキッチンを出、うしろ手にドアを閉めた。

息子がキッチンのドアを閉めた。足音が遠ざかるのが聞こえる。わたしはポケットからスマホを取り出した。画面にメッセージを打ち込む。
『うまくいったわ。これで息子も真剣に英語を勉強すると思う。ありがとう。お礼は振り込まさせてもらうわね』
鼻歌がでた。わたしはもういちどメッセージを読みなおすと、送信ボタンを押した。

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