匿名の声たち(800字)
委員長が黒板に何か書いている。悪代官役と読めた。
劇の配役を立候補と投票で決めていた。僕はうつろに黒板を眺めていた。
委員長がこちらを向いた。
「立候補はいませんか?」
誰も手をあげなかった。彼は続けた。
「では推薦は?」
静まり返っていた。
その役は尊大でわがままな悪役だ。
格好悪い。いつもの目立ちたがりも手をあげなかった。
「いませんか!?」
彼は叫んだ。
その後、困ったような顔で左前の担任を見た。
担任は腕を組み、大柄な体をイスにもたれかからせていた。
ブルドッグに似た顔。目はサングラスの下で表情は読めない。
彼は委員長を見た。
「全員候補者にして投票したらどうや」
委員長はこちらに向き直った。
安堵しているようだった。
開票が始まった。
票が入った名が黒板に書かれその下に正の字が増えていく。僕の名もあった。嫌な予感がする。
終わった。僕の票は断トツで多かった。
前の席のイケメンがバカにしたような顔を向けた。
毎年僕が大役をやっていたことを全員が知っていた。
「嫌だ」
僕は低い声で静かに言った。
思ったより大きな声が響いた。
「そんな嫌な役なんでやらなあかんねん」
下を向いた。
沈黙の後、担任が立ち上がった。
「前に出てこい」
僕はうつむいたまま立ち前に歩いていった。足が重かった。
担任の目の前に立った。顔はふせていた。
担任が口を開く。
「顔をあげろ」
顔を見上げた。
サングラスではっきりは分からなかったが彼は少し笑ったようだった。
顔に衝撃が走った。頰が熱くなる。殴られたと理解するのに数瞬かかった。
その時には胸ぐらを掴まれ引き倒されていた。蹴られた。
頭を抱えお腹を丸めた。背中を蹴られ続けた。
担任は蹴りながら繰り返した。
「お前はな!みんなで決めたのになんでできへんねん!」
何度も蹴られた背中は棒をつっこまれたようだ。
教室は静まり返っていた。
担任が教室から出ていった。
僕はイスにしがみつき立ち上がった。教室を見渡したが誰とも目は合わなかった。
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