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#18 クレオパトラの愛した色

utacoです。2020年12月から、毎週水・金の夜にYoutubeでライブ配信をしています。

1/29(金)19時からは、18回目「クレオパトラの愛した色」を配信しました。

この回は、新曲の曲解説回でした。そのため配信中に2回通して新曲を演奏しているのですが、回線の不良で、2回目が途中で途切れてしまっています‥‥。なので解説をご覧いただいてから、聴きなおしたい!という方は、最初の演奏に戻っていただければ幸いです。

Set List

1. 新曲
2. 日々 ( survive )
3. 朝へ ( For morning )
4.​ 新曲
5.​ Home Sweet Home / YUKI
Encore. ​ cover. ふたり / 長谷川健一

「朝と夜」

16の頃からギターでの作曲を始めたので、もう10年以上曲をつくって歌うということをしているのですが、当初から、夜、もしくは夜から朝へという情景が軸にある曲が多いのが私の作品の特徴だなということを思いました。

今回の新曲の解説にあたって、10代の一番精神的に苦しかったころに作った「日々 ( survive )」から、今のところ唯一のCDアルバムの表題曲にもなっている「朝へ ( For morning )」、そして新曲へと、美術館の特別展などで、一人のアーティストの作品を年代別に鑑賞していくことで見えてくるものがあるように、「朝と夜」というテーマ、また解説を通して一人の人間の価値観の変遷を見ていけたら面白いかなと思い今回の配信の内容を考えました。

それぞれの曲について、noteでは、このテーマに関わりが深い歌詞を抜粋していきます。全文読まれたい方は、引用中のタイトルより歌詞ページに飛べます。

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朝が来ない場所を探して
夢で終わる夜があるんじゃないかって
身勝手な妄想
―――「日々 ( survive )」より 

ギターを持って家を出た頃は、まさしく夜が、わたしの生きる世界でした。

10代は東京と京都を行ったり来たりして、京都にいる時には今のバンドのドラマーの奥さんの家に、居候させてもらっていました。団地で、窓から、大きな駐車場の向こうにくるくる回るファミレスの看板が見える部屋で。眠れないで、レイヤーが一枚一枚剥がれていくように朝になる、真っ青な光の中無機質に回り続けるその看板を、ぼーっと眺めるのが日課のようになっていたのを思い出します。

世界に取り残されていく感覚。

わたしには、可愛い可愛い年の離れた妹がて、いつも配信を見てくれる、本当に可愛い妹なのですが、この回はわざわざ「お姉ちゃん、わたしも同じこと思ってた、嬉しい」とラインをくれました。

今回比較する3曲の中では、一番主観的で、それこそ自分のことしか考える余裕がない頃の若さ溢れる曲なのですが、だからこそ、誰かの気持ちに寄り添えることもあるのかな、と思いました。

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遥か彼方 煌めく朝がやってくる
影のヴェールが燃えて露わになる瞳

夜を讃えて 朝へ捧ぐ
愛の宴 声をあげて
高らかに歌え 歌え 歌え!
―――「朝へ ( For morning )」より 

日々( survive ) から1~2年ほど経ってできた曲です。夜→夢→朝という情景の変化とともにストーリーが展開していきます。

この曲から、客観性及び、朝と夜の質的同一性への意識の萌芽が見られますが、未だに夜は呪いや悲しみ、傷、回顧、朝は祝宴、喜び、治癒、産声などという強固なイメージと結び付けられている様が伺えます。

女性性に対する束縛、過去、トラウマからの解放がテーマの曲です。

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千の夜を共に生きよう
千の夜明けを共に眺めよう
―――「新曲」より 

「朝へ ( For morning )」を描いてから、かれこれ7年以上経っての新曲です。 ”朝=善、夜=悪”のような感情的ジャッジをせず、どちらの世界に生きる人々も、対等にお互いの存在、またそれが表裏一体であることを認め、手を取り合って生きていけたら。

月並みですが、明暗あってこそ美しいものというのは存在するのだと思うのですね。わたしたちはどうしても、二極化の中でしか生きられない。それのちょうど中間で居続けるというのは不可能に近いです。偏り、揺らぐのが自然なことです。でも流され揺らぎ変わることを、恐れることはないです。なぜなら全て繋がっているから。朝も夜も地続きで、朝を怖がる必要も、夜を怖がる必要もないのです。バランスを取るようにできている。自分は、世界は、相手は、信じるに値する軸をきちんと持っています。

不思議な文章になってしまいました。こう、追いかけてみて、曲自体はどんどん柔らかく、様々な視点から映画を撮るような楽しさが滲み出てきているとは思うのですが、歌うことで、今何を伝えたいかというと、「ひとりじゃないよ、生きていていいんだよ」ということですかね。

肉体を持つ限り私たちは孤独を感じ続けてしまうのですが、同時に完全な孤独というものも存在しません。目を閉じて、呼吸をすれば、すぐにわかります。生きているのではなく、生かされています。そして、想像力がある限り、人は何にでもなれるし、どこまでもやさしくいられます。

夜、外で、寝る場所がないという経験をしたことが幾度かあります。歩道と車道の段差にしゃがみ込み、自分の人生を呪い泣きべそをかきながら、煌々と光る月に対して「くそくらえだ」と叫んだ夜のことを忘れられません。でも、大丈夫です。悲しいことはこれからもきっとたくさんあります。でも、大丈夫です。生きてさえいれば。自分をゆるしつづけてください。難しいかもしれないけど。あなたと、生きてゆきたいです。星々が奏でる音楽とリズムの中で、たくさん踊って歌って笑いましょう。うつくしいものをたくさん眺めましょう。みなさんの傷を癒して、魂を鼓舞して、大丈夫、そう思えるように、わたしの歌がお手伝いできれば、嬉しいな。

また脱線してしまいました。新曲は歌詞に古語を使っているので、響きだけだと意味のとれない単語があるかもしれません。そのあたりも短いパートごとに配信中は解説してるので、もし興味のある方はご覧になってみてください。

今日はもう次の配信の日の朝なので、このあたりで寝ることにします。配信の補足のつもりで書き始めた note が、いつの間にか生来長文を書きがちなわたしの癖を露呈し始めていますね‥‥。

最後まで読んでくださってありがとうございました。皆さんにとって素敵な一日になりますように。

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