ハメハメハ大王のうちの子になりたい

37度の壁、あるいはハメハメハ大王の家の子になりたい

ハメハメハ大王のうちの子になりたい

「南の島のハメハメハ大王」がNHKの「みんなのうた」で流れ始めたのは1976年で、当時私は小学5年生だった。
歌は当時大人気のイラストレーターで女優の水森亜土さんと「青春時代」でお馴染みのトップギャランで、たしか黒い黒板の上に、麻ひもで踊っている人物を表す実写アニメーションだった。今思うとチェコアニメーションのティールロヴァーなどと同じ時代かもしれない。

その頃私は扁桃腺が弱く、しょっちゅう喉を腫らしていた。
朝、布団の中で脇に挟んだ体温計をそっと見る。

…36.5度だ。
ビミョーだ。

母が救急箱の中を探って私に渡した水銀体温計は、
どうしても目標の37度に達してくれない。

こんなに目の前がぐるぐるするのに。
わたし基準ではマジ具合が悪いのに。
37度の目盛りを銀色の線が超えれば
「微熱がある」という理由で学校を休めるのに。

そうだ、客間の本棚にある「家庭の医学」には
「体温計を舌の下に入れて体温を測ると、脇の下よりも温度が高くなる」
って書いてあった気がする。

藁にもすがる思いで口にくわえてみる。
3分経過した。

母が戻ってきた。
「何度?」と尋ねられたので体温計を渡す。
「36.8度?熱はないわね。がんばって学校へ行こうね」

え、無理だよー。目の前がふらふらしているよ。
「…お母さん」「何?」「ううん、なんでもない」

あの、わたし、みんなより体温が低いみたいなの。
だから、36.8度は普通の人にとっては平熱でも
わたしにとっては「熱がある」状態なの。と言おうとしても
母からビンビンに出ている
「この程度のことで休むな」という雰囲気に気圧されて口ごもる。

どうして私は体温が低いんだろう。
変な体質のせいでふらふらなのに休めない。
もうだめだ。残りの人生積んだ。と思い詰めて家を出た。

学校から帰ってきてテレビをつける。
NHKの人形劇の「真田十勇士」の後に
みんなのうたで「南の島のハメハメハ大王」が流れた。

歌の中のハメハメハさんのうちはめちゃくちゃユルい。

奥さんの女王様が目が醒めているのは太陽が出ている間で
日が沈む前におやすみになる。

子どもたちは学校があまり好きじゃなくて
風が吹くと遅刻して雨が降ると休む。

ハメハメハさんの島にいる人の名前は全員ハメハメハさんだ。
みんなそれでオッケーだ。

いいなあ。そういうフリーダムなところにいってみたい。
ハメハメハさんのうちの子供になりたいなあ。
「具合悪いの?ユー、休んじゃいなよ!」
「ありがとう!パパ」

妄想しているうちに亜土ちゃんの愛らしい歌声のバックに流れるウクレレの軽快な音で心は南国の島に飛んで行って、かなり楽になった。

大人になってからは自分の体質がよく言うところの「低体温」というものだということ、そして女性ではそういう人は結構多いのだと分かった。

子どものころに「自分だけが変だ」と悩んでいたことでも、
実はそれは平凡でありふれた苦しみであることって結構多いみたいだ。
そして、それは大勢の人が悩んでいることだから、たいてい対応策がある。
だから大丈夫だよと、小学生の頃の自分に言ってあげたい。

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