調べればすぐに見つかった。

なにをどうして、見つけられなかったのかさっぱり分からなかったけれど、ちょっと調べたらずっと知りたかった、誰が陵墓を選定していったのかすぐに調べがついた。何となく、予想を付けていたけれど、面倒そうな人たちというのがあったせいかもしれない。

行ってしまえば国学者の人たちだ。

明治になる前、江戸時代終盤のころからその動きは始まっていた。尊王攘夷とかとも連動する思想からの動き。

・・・単に面倒で見て見ぬふりをしていたとしか思えない。

国学者といえば、一番有名なのが本居宣長かな?あと、塙保己一も比較的耳にするかも。本を読んでいて今のところ、谷森善臣とかも出てくる。

このあまり聞いたことのない谷森さんという名前は、私が卒論を書くときにお世話になった書籍の著者の黒板伸夫先生の叔父・黒板勝美が主に校訂した『国史大系』にもつながってくる。いってしまえば、現代における日本史学の基礎といえる研究をしたひと、というのが簡単に調べてて発覚したこと。

そのほかにも調べれば、古代史を勉強している時に飽きるほど参考文献に名前がでてきた坂本太郎という名前も。もちろん、論文もかなり読んだ、はず。

偉い人すぎて、すべての人に敬称をつけてないけれど。

なにより『国史大系』なんて、常に調べまくっていた辞典だ。

こうなってくるとやっぱり、現在の『日本の歴史』ができた背景、を調べることになってくる。歴史は、事実と思われる人も多いけれど、ニュースのとらえ方が人によって異なるように、あった出来事をどうとらえるかによって変わる。だから、歴史なんて時代によって変わるんだ。

そして、本居宣長。なぜか、ずっと私の中で平賀源内とごちゃごちゃしちゃう人だけど、時代もほぼ同年代のひと。本居宣長のほうがずっと長く生きたけれど。

つまりは、その若かりし頃、幕末の前。江戸後期。社会は成熟してどこか浮かれ気味だけれど、何かそわそわしているような時代。

何かをせかされるように必死で学んでいた人たちだ。

そんな人たちを調べるなんて、大変すぎる。と気がついてしまった。

それでもやっぱり気になるし、歴史ができた背景がわかれば、今日本人が知るべき歴史との差異も見えてくるし、今後、時代が変わった時に歴史の見直し方もわかるのではないか。

そんな大きな野望を持ってしまった。

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